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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
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GO,GO,親睦遠足会!~前編~

食事中の人には不適切な表現があります、要注意!

「大丈ブイ!」という寛大な方のみどうぞ。

「皆さま、おはようございます!」


 バスガイトさんがお辞儀をしながら元気よく挨拶すると、1年8組の生徒は騒ぎ声を上げながら「おはようございま~す」という気の抜けた挨拶をバスの中に響き渡らせた。


「当キジバスをご利用頂きありがとうございます。今回ガイドをさせてもらいます、私は坂本、運転手は岸田、最後まで安全運転で参ります。どうぞよろしくお願い致します」

「ハイ、ハ~イ! バスガイドさんは独身なんですか?」

「彼氏いんの?」

「先生なんてどう?」


 ガイドさんが笑顔で挨拶を終わらせた途端、次々飛び交うお約束な質問。もちろん先陣切った奴は一番前に座っているチビ猿だ。先生の「黙って座ってろ!」という言葉も、ガイドさんの苦笑いも、浮き立つ生徒達の前には何の効果もない。

 今は梅雨に入る前の6月上旬。中間テストが終わって身も心も解放され、空を見上げるとまさに「親睦遠足会」に相応しい快晴日。

 山野中学校の1年生を乗せた10台のバスは、ビーチに向かって渋滞もなくスムーズに進んでいた。


*******


「遠足実行委員」のミーティングの2日後、和子ちゃんが登校して来たので、会議の内容をキッチリ引き継ぎした。

 和子ちゃんは申し訳なさそうに「本当、ゴメン」を繰り返した。私としても思いがけない出会いがあったのと、まんざら悪い仕事でもなかったので、「気にしないで」と安心させた。……と思いきや。


『ドテチン休むからな~。おかげでこっちはとんだトバッチリだったぜ。な、チュウ?』

『…………』

『ちょっと、アンタ! 会議に出ておいて、なんで引き継ぎするのが代理のミっちゃんなのよ?!』


 私たちの会話を聞いて横から口を出す類人猿約一匹に、アンタは何もやっとらんだろうがと冷ややかな視線を送る私と凄む和子ちゃん。


『お~怖い、怖い! 君達、そんな顔していると男が寄りつかないぜ? いや、違うな。それ以前の問題だな!』


 ハッハッハ~と尾島の大きい笑い声に和子ちゃんは「もう話すのも億劫だわ」とあからさまに机を離して、私に引き継ぎの続きを促した。私も和子ちゃんに習い、尾島を無視して何事もなかったかのように淡々と説明を続けた。

 その後も、実行委員の仕事でこの2人は揉めに揉めた。

 ケンカするほど仲が良いと周囲に冷やかされてはいたが、両者曰く「相手がコイツに限ってそれは死んでもあり得ない」とのことだった。

 一番問題になったのは、「バスの席順」を決める方法だった。

 仲の良い者同士で座ればいいという和子ちゃんの意見に対抗するように、いつもは面倒なことはゴメンという尾島が、「せっかくの親睦遠足会にそれじゃ意味ネェだろ!」と珍しくやる気マンマンな意見をぶつけてきたのだ。

 梨本先生リポーターには、尾島の態度は好意的に映ったらしい。


『そうだよな? やる気の出た尾島の言うとおりだ。男女仲良くペアで座ったらいいじゃないか! せっかくの親睦会だしな!』

『『えぇっ?!』』


 尾島は「親睦を広める為に仲の良い者同士で座わらない」と言っただけで、「いっそのこと男女ペアで仲良く座っちゃおうぜ、ホゥッ!」とまで話は飛んでいない。「や、そういうわけではなくてですね」と2人が否定するのも聞かず先生は、


『そーか、そーか! そんならまたクジで決めるか! 再びトランプの出番だな』

『『…………』』


 なんとなくそのまま話が進んでしまい、2人のフォロー役として命名された私は彼らの横で静かに溜息を吐いた。


 そんな訳で、我がクラスでは本来の目的を果たしていないトランプのクジ引きで席を決めることになり、クラス全員から「え~!」と複雑な反応をいただいた。それはそうだろう。まだ中学生活が始まって間もないというのに、浮かれるイベントでいきなり男女の急接近。「そんなぁ~」「やだぁ」と文句を言いながらなんとなく嬉しいけど恥ずかしいと思う複雑なお年頃。

 席順が決まるたびに悲鳴が上がり、思春期の甘酸っぱさが教室に漂う。しかも尾島がここぞとばかりに教壇の上から焦らすように発表し、更に照れ臭さを煽った。

 たかだかバスの席順でこの盛り上がり。その様子はさながら数年後に合コンで流行る「殿様ゲーム」並みだと言えばおわかりいただけよう。

 男子は密かにクラス1、いやおそらく学年でも1、2位を争うぐらい守ってあげたいような美少女、「島崎由美しまざきゆみ」の隣を誰がゲットするかで盛り上がりをみせていた。


『か~っ! アダモちゃんの隣はグリコかよ!』


 特等席をもぎ取った勝利者は、控えめな江崎君。

 悔しそうに言ったチビ猿も密かに「島崎さん」狙いだったらしいが、残念なことに彼と和子ちゃんは実行委員仲良く揃って一番前の座席と決まっていた。

 アダモちゃんと呼ばれた島崎さんは「もう、その呼び方やめてよねぇ」と可愛く尾島に抗議をしている。これがまた厭味でなくマジな可愛さなもんだから、尾島も「『ハ~イ』って答えろよ! それにちゃんと『ちゃん』付けしてるだろぅ?」とシャレも交えながら鼻の下を伸ばしていた。

(……他の人と態度が違うぞ、オイ)

 私を含め女子全員はそういう視線でチビ猿を一瞥していただろう。

 何故可愛い島崎さんまであだ名をつけるのかと問いかけたところ、「うるせぇな、だから特別に『チャン付け』だろうが。丁寧だからいいんだよ!」とにべもなく吐き捨てられた。

 もともと「アダモちゃん」はそれで1つの固有名詞ではないのかと思ったが、あえて訂正はしなかった。


*******


「道路を進むよ、どこまでも~」


……と替え歌よろしく、バスは今のところ問題なく目的地に向って走っていた。が、人生というのは思わぬところで落とし穴が存在するのである。それはバスが発進して1時間弱の時だった。


「え~テステス! マイクのテスト中、マイクのテスト中! あ~皆さま、これからお待ちかねの『おやつタイム』に突入したいと思います! 皆様ふるって御参加……じゃない、この時間を使ってますます隣同士の親睦を深め、さらにこの中から将来結婚まで続くカップリングが誕生することを願って終わりの挨拶に返させていただきたいと……あ、こら! ドテチン、マイク取るな!」


 最後の方はマイクで放送されなかったが、生徒の高揚した気分を盛り上げる「おやつタイム」の号令が実行委委員から発せられると、笑いと共にバスの中は湧いた。みんな「待ってました!」と言わんばかりに、カバンの中からおやつの袋を取り出す音と菓子独特のイイ匂いが辺りに充満する。


「るっせぇな、わ~ってるよ! ……あ~オホン。え~失礼しました。では改めまして、おやつの時間は今から30分、時間厳守とさせていただきます。ゴミは各自お持ち帰りです、こちらもあわせてお願いします。ちなみにバナナはおやつに入りませんので持ってきた方は食べれません、ご了承ください。みなさん持ってきてないですね?! ……って言っても、男子全員前にバナナがぶらさがってい」


 キィィィ~ン!


 和子ちゃんが真っ赤な顔をして再びマイクを取り上げると、弾みにマイクがスピーカーに近づいた為、派手なノイズが響き渡った。おかげでチビ猿の独断演説は強制的に終了したが、突然降ってわいた下ネタに男子は異常な盛り上がりを見せ、女子は顔を赤らめながら「やぁねぇ?」恥ずかしそうに文句を言い、益々バスの中が騒がしくなった。

(……なによ、実行委員の仕事ノリノリじゃないのさ)

 面倒だ、チュウ代わりにやれよとあれだけ散々人に愚痴っておきながらあのノリの良さ。アホらしと思いながら大好きなチョコポッキーに視線を落とし、隣の野口君に「いる?」とポッキーを差しだすと「……いらない」と小さい声で言われた。あれ? と野口君の顔を良く見ると真っ青である。

(これはもしかして……)

 まさに「オレ、バスに酔っちゃってます」の見本のような状態。もう一押しすればエチケット袋が必要なのは明らかだった。頼りなさそうに窓によりかかりながら痩せてひょろ長い身体を縮めている。その姿は心なしかいつもより存在感が薄い。ここで吐かれては堪らないと思い、反射的にカバンから自作のエチケット袋を取り出した。


「あ、あの、野口君! これ、持ってたほうがいいんじゃない? 遠慮なく吐いていいから、そのほうが楽になるから。よ、酔い止め飲んできた?」


 野口君は前者の問いに黙って袋を受け取り、後者の問いに首を振って答えた。

 私も小学生低学年頃までバスに乗ると吐いていたので、野口君の辛さは身にしみるほど良く分かっていた。こういう時「なんとか吐かずに済まそう」とガマンしないで、なるべく早い段階で思いっきり吐いたほうが良い。いずれにしても最終的には嘔吐するし、どっちにしてもみんなから「こいつゲロった」と思われるのだから。

 野口君の朦朧とした目つきに「これはマズイ!」と先生か実行委員に一応酔い止めをもらう為、声を掛けよう立ち上がったその時。

 野口君はエチケット袋に顔を突っ込んだ。


「おえェェェ~」


 遠慮ない派手な音と共に放たれる僅かな異臭。


「せ、先生! 和子ちゃん!」

「わぁ! ノグティーがゲロったぞ~!」


 私が普段の倍の声で前方に声を掛けると、周囲の男子が騒ぎ出し、女子が「え~」と顰め顔になった。「どうした?」とリポーターとバスガイドさんが慌てて来てくれて、その後に実行委員が続いてくる。


「あちゃ~! ノグティー、またかよ! まさか、お前酔い止め飲んできてなかったのか?」


 尾島の呆れた問いに野口君は力なく頷きながら、「……たまたま薬が切れてて……一応朝ご飯抜いて来たんだけど……」とヨレヨレな声で答えた。

 尾島は周囲に窓を少し開けろと指示し、「コイツ、いつもこんなだから」と真面目にリポーターとバスガイドさんに説明しながら野口君を前の席に移動させようとした。


「おらおら、お前らは菓子を食ってろよ! もうゲロ吐きそうな奴いねぇな?! もらいゲロ、すんなよ!」


 尾島のおどけた一声でシーンとしていたバスの中は再び笑いに包まれ、元の賑やかなおやつタイムに戻った。

 その間に野口君はあれよあれよと先生とバスガイドさんに支えられながら前に連れて行かれ、一番前の尾島の席に落ち着き、バスガイドさんの介抱を受けた。


 さて、この野口君。後から聞けば大野小の名物常習犯らしく、6年間バスに乗車する度に期待を裏切らず吐き続けた。毎度毎度「絶対酔い止め飲んでこいよ!」と念を押され、毎回毎回薬を飲んでくるにも関わらず、だ。さすがに中学に入ったら進言してくれる人は誰も居ないし、本人も油断したのだろう。実際バスに乗り込んだ野口君は遠足の高揚気分も後押しして元気だったし、私とも普通に会話していた。本人も「もしかしたらこのままイケルかも?」なんて希望を持ったのだろうが、残念ながらそれは1時間弱で見事に散った。

 さらに彼は胃が弱いだけでなく腸も弱い。

 常にトイレとお友達で、中1男子のトイレットペーパー使用率の90%が彼で占めていると言っても過言ではなかった。彼が初めての場所に赴く時、最初に確かめるのは「何処にトイレがあるのか」らしい。噂によれば近所の公共施設、スーパー、最寄りの沿線全駅のトイレの場所を頭にインプットしてるのだそうだ。そんな野口君は出先でアクシデントに見舞われない為にも、常に携帯するのはポケットティッシュ。

 公私共々彼のカバン、身につける服には常にティッシュが常備されていた。


「野口はいつもティッシュを持っている」、略して「ノグティー」。


 数年後爆発的に人気の出る国民的アイドルの「キ●タク」よりも、先駆けて省略されたあだ名を持つノグティー。名付け親はどっかの類人猿。

 しかも野口君は、次の年の春より後の「国民病」とも言われる花粉症を発症させ、更にティッシュの消費量を増やした。

 その数は健康な山野中男子生徒全員が在学中にナニで使うティッシュの量より多いという、伝説的な記録を残したのである。


 お食事中だった皆さま、不適切なシーンがありましたことお詫び申し上げます。

「アダモちゃん」懐かしいです。ドリフも好きですが、「ひょうきん族」も私の世代にとって外せません。「ペイ!」といいながら暴れていたアダモちゃん、おもしろかったなぁ。個人的には「ひょうきんベストテン」が好きでした、西川のりおの「リアルオバQ」もツボ。

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