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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
プロローグ
1/147

ラジオから流れる曲は

はじめまして!

当拙作に訪問していただきまして、本当にありがとうございます!小説というにはあまりにお粗末なお話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


『……という、今まさにドライブ中のK崎市K崎区のムーちゃんからのリクエストぉ! <ジュンスカの白いクリスマス!>すげぇ懐かしい、俺もよく聞いてたよぉ!』


 CDラジカセから曲のイントロであるギターの切ない音色をバックに、DJの軽快な曲紹介が重なった。


「お、懐かしい」


 12月の冷たく乾燥した空気の中、引っ越し作業のお供として聞いていたラジオの番組は、リスナーからのリクエストによってクリスマス向けの定番曲が次々と紹介されていた。

 ラジオを聞き流しながらせっせと荷物をダンボールに詰め込んでいた手を止め、しっとりとしたメロディーに耳を傾ける。だが鼻歌も出るほどのサビの部分が終わり間奏に入った途端、目の前の荷物が目に入り感傷的な気分はみるみる萎んでしまった。

 呑気に歌っている場合ではなかった。今は目の前の詰め込み作業に集中せねば。しかし、やってもやっても作業が終わらないのはなぜだろう。


「なんでこんなに荷物が……」


 本棚にあった書籍をダンボールに詰めていたのだが、想像していたよりもかなりの冊数に溜息が出た。

 この分だとSサイズのダンボールがまだ必要かもしれないと、壁に立て掛けてある引越社のマークが印刷されたダンボールの束をチラリと見る。

(全部本を詰めたら、ダンボール箱いくつになるだろ)

 いっそ読まないものを思い切って処分するかと考えたが、既にダンボールに詰め終わった本を一から仕分けするのも面倒だなと顔を顰めてしまった。

 今更遅い。ただでさえこれから細々した雑貨類をやっつけないといけないのに。

(いつでも身軽を基本としていた少し前までの私はどこへ行ってしまったんだか)

 ここ最近、物を増やしてしまうようになった自分に苦笑した。


「奥さ~ん、進んでる~?」


 ノックもなしにいきなり扉を開けたのは、一つ下の妹である真美子まみこだった。開けた扉の近くまでダンボールがあるせいか、全開できずに半開きのまま上半身だけを覗かせた。


「うわっ、すっごい」


 真美子はこちらを見ながら一瞬驚いた顔をした。


「……え? その本箱にあった本、全部持っていくの?」


 マジですかと眉間に皺を寄せている。


「う……ん。だってさ? もしかしてもう一度読むような気がしないでもない」


 手に取った小説をペラペラめくりながら文章を目で追っていると、真美子は呆れ顔をしながら「よいしょ」とドアで無理矢理ダンボールを押して、部屋の中に入って来た。手にはペットボトルの紅茶を2本持っている。


「差し入れ」

「ありがとう」


 真美子から紅茶を受け取り、ひとまず休憩を取ろうと部屋の真ん中に陣取っているベッドの上に2人で腰かけた。ラジオから流れていた曲はいつの間にか終わり、DJはリスナーからのハガキを読始めている。

 ペットボトルのキャップをひねって紅茶を飲み、外から聞こえる生活音とラジオの音に耳を傾けた。

 このままベッドに寝転びながら昼寝といきたいが、そういうわけにもいかない。ボーっと窓の外を眺めていると真美子がグルリと部屋の中を見回した。


「お姉ちゃんって物少ないって思ってたけど……こうしてみるとそうでもないよね。ていうより、その本さぁ。持っていくの少しにしたら? こんなにたくさん新居の何処に置くのよ」


 真美子はダンボールに詰め込んだ本を取るために、ベッドから腰を浮かせた。


「必要なもの以外は置いていきな。遠くないんだから、読みたくなったら取りにくればいいじゃん。ていうか、図書館利用すれば?」


 真美子は開いた本をパタンと閉じた後、ダンボールに戻した。


「ん~、そうは思うんだけど……」

「けど行くまでが面倒か。便利なところにないからね」


 真美子の言葉に苦笑していると、彼女はベッドから腰を上げて窓に近づき外を眺めた。窓からはベッドのところまで温かな日差しが届き、そして冷たい空気と共に吹奏楽の音が聞こえてくる。市立の中学校が数十メートル先にあるのだ。私が在学していた当時とは違い、週休二日制になった昨今でも、やはり中学生は土曜日も熱心に部活動らしい。


「……とうとう明日か。なぁんか、あっという間?」


 真美子は伸びをした後、しんみりした声で言った。


「ん、本当にね。結構呆気ないもんだよね」


 少し笑いながら立ち上がり、妹の隣に並んで外を眺めた。

 二階にある我が城から見下ろすと、時々借りていた父のシルバーのセダンが見えた。小さな庭にある、網がボロボロなバスケットのゴールポストも。

 目線を先に向ければ有名コンビニの裏手が見え、二車線の道路を挟み、我が母校である中学校の裏門が見えた。完全に顔を上げると、校舎の二階と三階の廊下が良く見える。それこそ目を凝らせば誰が通っているのかなんとなく分かるのだ。

 校内放送も聞こえる。どの先生が呼び出されているとか、下校時刻に流れる音楽と放送とか、もちろん今聞こえてくる吹奏楽の音も。

 けど中学を卒業したら無縁になってしまった。社会人になってからも相変わらずだ。それもそうだろう、大体平日の昼間は勤務中で家にはいない。


「あ、それよりさぁ、聞いてよ! この間さぁ、私が中2ときのクラス会があったらしいんだよねぇ」


 急に真美子は口元を歪めながら話を始めた。


「え? 中2……のクラス会?」


 真美子はそうと頷いた。


「ヘルプも兼ねてY浜のデパートに入ってたらさぁ、売り場で同級生にあってビックリした。『え? もしかして荒井? 超久しぶりジャ~ン!』って声かけられたんだ」


 真美子は某有名アパレルメーカーの店員をしていた。自社ブランドを社割で購入し、いつも小奇麗に新作を着こなしている。

 彼女はかつて、知る人ぞ知る指折りのカリスマ店員で、実際雑誌にも掲載され取材を受けたほどの人であった。今でこそ過去の栄光は落ち着いたものの、今だに関東エリアで「売上ナンバーワン」の座を誇ってる。ノルマ達成のため、事あるごとに強引に売り場に来させられて必要以上に買わされる私としては、ひそかに「売りつけナンバーワン」だと思っているが。

 そんな彼女の勤務地は花形東京S谷店の店長だったのだが、最近は昇格したのか人事スタッフとして育成の為にあちこちの売り場へ赴くらしい。


「今月の頭にクラス会があったんだって。うちにも葉書出したらしいけど、だいぶ前に区画整理で住所変わったでしょ? だから宛先なしで戻ってきたらしいんだよね」


 真美子の言うとおり、この辺りは数年ほど前に道路や区画整理の関係で我が家の周辺が取り壊しになり、この家も市の方で用意した土地と助成金で家を建て直したそうだ。私が中学生の時になかった目の前のコンビニは、その時にできたものだった。


「正直行ってみたかったなぁ。ボーナス時期だったから、連絡くれてもどうせ無理だっただろうけど。それでもさ、みんなどんな風になっているか……ホラ、気になるでしょ?」


 真美子はニヤニヤしてるせいか、さほど残念そうには見えなかった。


「それに中学の同級生って何故か会わないんだよね。同じ駅を使うのにさ。みんな近くに住んでるのに、なんでだろうね?」


 そうなのだ、何故か会わない。連絡を取り合わないと会えない。偶然会う確率は高校や大学の連中よりも高い筈なのに。


「うん、不思議よね。なんでかね?」


 肯定するように頷くと真美子はまだニヤけた顔でこちらを見た。そのイヤらしい顔つきに苦笑が漏れたが、気付かぬふりしてペットボトルを振ってみた。中で液体の紅茶が揺れ、ポチャポチャという音が出る。


「……それにしても、ハガキが戻ってくるなら電話くれてもよくない? 幹事はそれぐらいのガッツを持ってほしいわ。ハガキの時点で諦めるってどーなの。そりゃ「荒井真美子は生意気な女」で通っていたとしてもよ? もういい大人なんだからさぁ。ねぇ?」

「あぁ、まぁ。そうだよね」


 父親似の整った顔で怒る真美子はまだ話を続けるらしい。


「な~んか同窓会、先生も来たんだって。社会のチンタオ先生! 全然変わってなかったらしくてさ、もう孫がいるらしいよ。写真見せながらデレデレだったってさ」


「は? チンタオ先生?」


 懐かしい名前が出てきて思わず妹の顔を見て復唱した。


「そ。チンタオ先生」


 真美子はニンマリした顔でうなずいている。

 確か2年の時の担任だった。1年から3年まで社会科を教えてくれていた。1年の地理の資料に載っていた中国にある半島の名前「青島チンタオ」。丁寧にルビがふられているのを見て、ある(・・)男子生徒が授業中に叫んだのだ。

 そこから名付けられたあだ名の「チンタオ」。青島先生。


「チンタオ先生って、真美子の担任だったっけ?」

「そうだよぉ、2年の時のね。確かお姉ちゃんも2年の時に担任だったでしょ? だって『チュウさんの妹かぁ』って言われたもん。フハッ!」


 真美子は噴き出し、アハハと可笑しそうに笑ってる。



 チュウさん。



 それを聞くと、くすぐったいような、切ないような、苦いような、おかしな気持になった。

 あだ名をつけた人物の顔を思い浮かべた。昔の、中学の時につけられたあだ名、「荒井」だから「チュウ」という短絡的なあだ名だ。当時は冗談じゃなくそのあだ名にムカついたものだ。大体思春期の女の子に対して命名するあだ名ではない。でもそのおかげでクラスに馴染めた。今となっては懐かしい思い出、カワイイもんだ。


「……ちょっと、もうやめてよね。大体ね、荒井だからチュウなんて単純すぎるでしょ? 菅原だったらブンタなの? 高倉だったらケン? バカじゃないの、本当」


 わざと怒った振りで言うと、真美子はさらに噴きだしながら窓から離れてベッドに座った。


「フフ、まぁね。でも、もう荒井じゃなくなるもんね、チュウじゃなくなるもんね」


 真美子も笑顔で自分のペットボトルのキャップをひねり紅茶を飲み始めた。


 そう。真美子の言うとおり、もう「荒井」じゃなくなる。もう「チュウ」なんてあだ名とは今日でおさらばだ。


 吹奏楽の練習音が止んだ。ラジオから再びリクエスト曲が流れだす。毎年この時期になると必ず流れる歌だった。


『……待ってろよ~というメッセージと共にY浜市のチュー好きさんからリクエストです! ユーミンで「恋人がサンタクロース」! オレも、チュー好き!』


 ラジオから聞こえてきたペンネームの「チュー好き」を聞いた途端、真美子と目を合わせ笑ってしまった。


「ぶっ! やだぁ、ウケるんだけど!」


 真美子の笑いと共に松任谷由実の独特な歌声が響き渡り、真美子はこの歌いつ聴いてもいいよねぇと呟いた。




 今夜。

 あと数時間もすれば、私にも少し早いサンタクロースが来る。

 そして、一夜明ければ、松任谷由実が旧姓荒井だったように、愛しのサンタは私を「荒井」から新しい名字にした後、今詰めている荷物と共に彼の住む街へ連れていくのだ。




 私は結婚する。



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