第十八話 北の村にて
一行は村の入り口までやってきた。すると、見張りの男がこちらを指差して叫んだ。
「おい!そこの馬車止まれ!」と怒鳴ってきたためワタル達は驚いた。
「俺は風の里のもんで、この人らは依頼を受けただけだ。」と若者が里の村長から預かっていた信書を差し出す。ハウンも合わせて依頼の受理証を見せた。
すると見張りの男は納得したようで、「村長からの使いなら通っていいぞ。ここから200mほど先の二階建ての建物が村役場だ。」と言って通してくれた。ワタル達はホッと胸を撫で下ろした。
村に入ると、まず目についたのはこちらに警戒の目を向けてくる人々だった。外を出歩いていた村人もこちらを視認するとたちまち家の方へ逃げ帰ってしまう。
「石こそ投げられねぇが、こりゃ普通じゃねぇな」とファングは呟いた。ワタルも同感だった。
村役場に着くと、年配の女性が受付をしており、無愛想に「ご用件は?」と聞いてきた。
「村がならず者に占拠されたという話を聞いて参りました冒険者です。」とハウンが言うと、女性は聞こえるように大きなため息をついた。
「ああ、あの話ですか。まさか本当に来るなんて…村長!村長!」と奥の部屋に向かって声を上げると、一人の髭を蓄えた老人が姿を現した。
「兵士団が来るわけでもなく…まさか君たちのような獣人をこの村に入れてしまうとはな…」と村長はワタルたちを睨みつけた。
「そんな言い方はやめてください!私たちはただ依頼をこなしに来ただけです!」とハウンが反論すると、村長は冷たく言い放った。
「うちの村の人間が依頼を出したようだが、よそ者まして、獣人に仕事を依頼するなんてどうかしているよ……」
その時、食ってかかったのは馬車の若者だった。
「おい!この村の村長さんよ!いくら何でも失礼じゃないか!?俺たちは助けてやんなくてもいいんだぜ?」と怒りを露わにした。
今日出会ったばかりのパーティメンバーでない彼が怒ってくれることでワタルたちは救われた。
「貴方の言動は到底許せません。」とワタルが村長に言うと、彼は怒りのこもった声で「よそ者め……」と言った。
「不覚を取ったが、村の男たちが奴らを叩き潰す。お前たちもさっさと立ち去れ さもなくば…」と村長は脅しをかけてきた。
「そうはいきません!私たちは依頼で来ているのです!」とハウンが反論すると、村長はさらに語気を荒らげた。
「黙れ!!獣人風情に何ができるというのだ?お前らなどいても邪魔なだけだ!!」
ワタルたちは怒り心頭だったが、ここで揉め事を起こすわけにはいかないので我慢するしかなかった。
「もういい。出ていこうぜ。」とファングが言い、一行は村役場を後にした。
…⭐︎
「ああ!もう腹が立つ!いっそ滅んでよくないっすか?こんな村…」と御者の若者が愚痴をこぼした。
「まぁ、アンタのおかげで少しはスッキリしたぜありがとな。そういや名前知らねぇけど」とファングが言うと、若者は照れ臭そうに答えた。
「申し遅れました!俺はザインって言います。よろしくっす!」と言って手を差し出してきたためワタル達も握手を交わした。
「ところでアンタらはこれからどうするんすか?」とザインが聞いてきたので、「その奴らの住処でも探さねぇとな。ただ村人もこの調子じゃ教えてくれねぇかもな」とファングが答えた。
ちょうどその時こちらを目がけて走ってくる女性の姿があった。
「貴方方が冒険者さんですね?」
と息を切らしながら彼女は言った。
「はい、そうですけど……」とワタルが答えると、女性は息を整えてから話し始めた。
「私はこの村の村長の娘でククリと申します。どうか私の話を聞いてくださいませんか?」と言って深々と頭を下げた。
突然のことに驚きつつもワタル達は話を聞くことにした。
「実は依頼を出したのは私なんです。どうか村を救ってもらえませんか?お願いします!」とククリは懇願してきた。
「詳しく聞かせて?」とスノーが言うと、彼女は語り始めた。「事の始まりは1ヶ月ほど前になります。ならず者が村を占拠するようになったのです。」とククリは言った。
「ならず者って……どんな奴なんだ?」とファングが尋ねると彼女は答えた。
「わかりません。ただ彼らが現れるのは決まって暗い夜なのです。最後にやって来たのは3日前。そして昨日、また現れて村を占拠されました。」
「なるほどな……そいつらの目的はなんなんだ?」とファングが尋ねると彼女は答えた。
「金品を奪われたり、暴力を振るわれた村民が後を断ちません。そして、彼らは村から食料を奪っていきます。深くフードを被っていて顔も分からなくて」
「つまりは略奪目的ってわけか……」とファングが言うと彼女は頷きながら答えた。
「はい、その通りです。このままではこの村は滅びてしまいます!どうか助けてください!」とククリは再び頭を下げた。ワタル達は顔を見合わせて頷いた。
「わかりました。その依頼引き受けましょう!」とワタルが言うと彼女は涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます!本当に助かります……」と言うと、ククリは言った。
「私の家にいらして下さい。おそらく父は夜までは戻らないでしょう。」
「それはありがたい。よろしく頼むぜ!」とファングが言うとククリは微笑んで言った。
「はい!こちらこそよろしくお願いしますね!」
一行はククリの案内で彼女の家に向かうことにした。道中、彼女は村の様子を教えてくれた。
「この村には自警団があるんですけれど……彼らでもならず者には歯が立たないでしょう…」と彼女は暗い表情で言った。
ワタルたちが顔を見合わせているとククリが言った。「着きました!ここが私の家です!」と言って彼女が指差した先には大きな建物があった。中に入ると村長の娘らしく広い部屋があるが、家具などは質素であった。「お茶をお出ししますね」とククリが言う。
「敵は決まって夜に現れるので村のみんなは安心して眠ることもできないんです」とククリは話し始めた。
「なるほどな……それで依頼を出したってわけか」とファングが言うと彼女は頷いた。
「はい、その通りです。でもまさか本当に冒険者さんが来てくれるとは思いませんでした」
ククリはそう言うとお茶を持ってきてくれた。ワタルたちはありがたく頂くことにした。
「大体どうしてこの村はこんなにもよそ者嫌いなんだ?
俺達はよそ者だが、アンタは普通に接してくれるじゃねぇか」とファングが尋ねるとククリは答えた。
「10年前のあの内戦が関わっているんです。」
ラグド内戦のことのようだ。
戦時中にこの村は半ば強制的に兵士団の療養所が設置され、村は親切心から受け入れようという気運こそはあったが、戦争が進むに連れ、もともと静かに暮らしていた村人は家を追われ、兵士団が待機している場を狙った獣人からの襲撃によって多くの命が奪われた。ククリの父親は村人を守るために自警団を率いて必死で戦ったが、終戦までにククリの母つまり自身の妻を目の前で失った。
終戦後国からの補償についても進んでおらず、ククリの父親は自警団のリーダーとして村民を守るべく抗議したが、聞き入れられず、生き残った村人にとっても心に大きな傷を残すこととなった。
「他所の人間は信用出来ない。」これが多くの人の根底にあるのだという、「なるほどな……それでよそ者に冷たい態度を取るってわけか……村長もそんな思いにもなるか」とファングが言うとククリは頷いた。
「ですが、父が貴方方に大変無礼な振る舞いをしたことはお詫びいたします。」
そう言ってククリは頭を下げた。「頭を上げてください!」とワタルが言うと彼女はゆっくりと顔を上げた。
「確かに私が同じ立場なら、嫌だなって思っちゃうよね。でもそういう人にも私たちをわかってもらうのが仕事だから」と言ってスノーは微笑んだ。
「ありがとうございます……」とククリは目に涙を浮かべながら言った。
「まぁ、親父さんや周りがなんと言おうと依頼はやるってことで。敵のアジトとか手掛かりはあるのか?」とファングが尋ねるとククリは答えた。
「いいえ、心当たりはありません。敵がやってくるのを迎え撃つしかないのかと」
「そうか……まぁ、とりあえずは村の様子を見て情報収集が出来ればと思います。ついて来てもらえますか?」とワタルが言うと、ククリは頷いた。
「はい!もちろんです!」と言って彼女は立ち上がった。
ワタルたちも立ち上がり、村長の屋敷を後にした。
一行は村を回りながら情報を集めることにした。
まずは露店を回る。店主は訝しげに一行を見たが、ククリの姿を見ると、慌てて接客を始めた。
「ククリさん、その後ろに連れている
人たちは一体……?」と店主が尋ねると、ククリは微笑みながら答えた。
「こちらは冒険者さんたちです!村を救ってくださるんですよ!」
「よそ者か……信用できないな」と店主は言うと、ワタルが答えた。
「俺たちはよそ者だけど、この村を救いたいんです。」
「ふんっ…そう言って奴らの仲間なんじゃないのか?」
「そんなことはありません!彼らは本当に村を救ってくれるんです!」とククリが言うと店主はため息をついた。
「まぁ、いいさ……好きにしな。もし万が一のことがあったら、ククリさん貴方もただでは済みませんよ?」
「分かっています。」とククリは答えた。
他の村人を尋ねてみたが、
よそ者に冷たい態度は変わらなかった。
「やっぱりダメか……」とワタルが言うと
「ククリさん、アンタは母親を獣人に殺されたんだろ?なのにどうして俺たちよそ者なんかを信用できるんだ?」とファングは尋ねた。
「この村の自警団では……この村は守れないと思ったからです。それに、決して高い報酬ではないのに、フラハイトの街から来てくださったんですもの…そう思って信じるしか…大好きなこの村に未来はないと思ったんです」とククリは答える。
ククリは彼らに完全に心を許すことは出来ないが、自分が呼び出した以上信じるしかないという思いがあるようだ。
「大丈夫。私たち頑張るからね」とスノーは言った。
そこからはほとんど有力な情報は得られなかった。
結局は夜に敵が現れるまで待つしかないという結論に至った。その夜、ワタルたちは村長宅で待機していた。
村の明かりはすっかり落ち、雲空で星も見えない夜である。
するとその時、家の外から叫び声が聞こえた。慌てて外を見ると大きな鉈のようなものを持った男が暴れていた。
「くそっ!来たか!」とファングが言うとククリは家から出ていこうとした。しかし、それをワタルが止めた。
「俺たちに任せてください」とワタルは言った。
ククリは一瞬戸惑いながらも頷いた。
村長宅を出て、男の前に出ると男は驚いた様子だったがすぐにニヤリと笑った。
家の明かりで照らされて見える限りでは仲間であろう者たちが20人は集まっていた。
「なんだ?お前ら……急がなくても一軒一軒回ってやるから金品を用意しておけよ」と男は言った。
その傍らには横たわる村人の姿もあった。
「自警団って言ったかな…こいつてんで大したことはなかったぜ?素直に従えさすれば命まではとらんよ」と男は言った。
「ふざけるなよ!」とワタルが言うと、男たちは笑い出した。
「おいおい……威勢のいい兄ちゃんだな?この人数相手に勝てると思ってんのか?」
男たちが武器を構えるのを見て、ワタルは剣を抜いた。ザインも槍を構えて戦闘態勢に入る。
「ほう……お前らもやるつもりか」と言って男も鉈を構えた。ファングはククリを庇うように立ちながら言う。
「お前は下がってろ」と言うとククリは小さく頷き家の中へと戻っていった。
「隙を見せたな!」と男がファングに怒りだって襲いかかるが、顎に蹴りを入れられ、意識を失った。
「なっ!?」と驚く男たちに畳み掛けるようにスノーが氷の礫を魔法で発射する。
ワタルと訓練をした時よりも威力と精度が上がり、次々とならず者を倒していく。
ハウンは剣を、ザインも槍を巧みに使いこなし、敵を薙ぎ倒していく。
ワタルも1人相手であればなんとか互角に戦える。
「くそっ……なんだこいつら!強えぞ!」と男たちが焦り始める。
そこに騒ぎを聞きつけた数人の自警団も合流し、ならず者たちを圧倒し、立っていたわずかな男も完全に戦意を失っていた。
倒れていた村人をハウンは回復魔法をかけて回っている。
「まさか余所者…獣人に助けられようとは…すまなかった…自警団を名乗っておきながら……」と村人は涙を流した。
「いいんです。救えてよかった。」とハウンは言った。
「我々から村長に伝えよう。君たちによって村は救われたと…本当にありがとう」
村長宅前ではククリが村の子供たちと抱き合っている。
「お兄ちゃんたち、ありがとう!」と子供たちは笑顔だった。
「君たちも無事でよかったよ」ワタルが言うとククリは言った。
「本当にありがとうございます……皆さんにはなんとお礼を言えば良いのか……」
「いえ、俺たちはただ依頼をこなしただけですから。」そう言ってワタルは村人の自警団やファングたちとともにならず者たちを縛り上げていた。
その時、閃光とともに轟音が鳴り響いた。
一同の注目が音のなった方へ集まる。
遠目に見える民家が炎をあげていたのだった。「まさか……まだ敵が」とワタルが言うと、ファングは頷いた。
「行ってみよう!」と言って一行は走り出した。
村はずれにある古びた民家にたどり着いた時、既に建物は半壊していた。
その中にフードを深く被った人影が見えた。
「何者だ!」自警団の村人が声を上げる。
「ボクのこと言っている…?今腹が立ってどうしようもないのサ…送った部下がこんなチンケな村の奴らに負けたって言うからナァ…」とフードの人影はブツブツと呟いている。
「この家の人はどうした?」と村人は尋ねる。
「ああ、消えてもらったよ。役立たずなカスと一緒にね。」と人影は言った。
「貴様……!」と自警団の村人が言うと、人影はニヤリと笑ったように見えた。
「ボクかい?ボクはね……」と言ってフードを脱いだ。その目は赤く光っており、大きな翼を広げた
「獣人!?」とワタルが言うと、男は答えた。
「そうサ…ボクの名はハズク。天泣の幹部なんだよ。」
「天泣……だと?」とワタルは驚いた。
「そうサ……ボクはね、憎き兵士団に目にもの食らわせるために、この村を襲わせたのサ。でも君たち兵士団じゃないよネ?ヒッヒッヒッヒ」とハズクは笑う。
「黙れ!我ら村民の痛みを思い知れ!」と駆けつけていた村長と自警団が剣を振りかざし、ハズクへ飛びかかる。
「うるさいナァ…」と魔法で光の球を作り出し投げつける。
それが村人に触れると大きな音を立てて爆発した。
「ハハッ…脆いネェ…」とハズクは笑いながら言った。
爆発の先には黒く焼けこげた村人だったものが煙をあげている。
村長もかなり深手を負っている様子だった。
「今なら許してあげてもいいサ…こうならないためにね…」と再び大きな光の球を作り出した。
「やめろ!」とワタルが斬りかかる。
ハズクはひらりと身躱し、ワタルたちの後方に撃ち放った…
爆発音とともに民家が吹き飛ばされた。
「私の家の方だ…!ククリが…村のみんなが…!!」と村長は言って足を引きずりながら駆け出した。
「ワタル…ザイン…お前たちは村のみんなを救助してくれ!俺はスノーと一緒にこいつをぶっ倒す」とファングが言うと、ワタルは頷き、ザインもそれに続いた。
「私もみんなを回復しにいくわ」とハウンも続く。
「逃がすかヨォ……」と言いながらハズクは魔法弾を2人に向けて発射した。
スノーの氷の魔法がそれを打ち消した。
「あなたの相手は私!」とスノーは氷の刃を飛ばす。
「生意気な小娘だネェ……」と言ってハズクは翼を丸め、攻撃を受け止める。
⭐︎…
「2人とも大丈夫かな…」ワタルかま時折振り返る。
「私たちが出来ることをするしかないわ…。今は村の人たちを安全な場所へ!」とハウンが言う。
「そうだね……行こう」ワタルたちは駆け出した。
行く先に倒れている村長の近くまで来たときだった。
村長が1人で佇んでいたのだ。
そして、その足元には真っ黒に焼けこげた村人の身体があった……
ワタルたちは言葉を失った。村長は村人の亡骸の前に立って震えていた。
足から血を流す彼へハウンは回復魔法を施した。
村長の目には涙が浮かんでいた。
「君たちには酷いことを言った。申し訳ない。結局私には何も出来なかった……」
そう言って彼はワタルとハウンの手を取った。
ワタルはかける言葉が見つからず、黙って手を握った。そして、彼を支えながら、焼け落ちた民家へと急いだのだった……
瓦礫の下から助け出された村人は3人いた。1人は腕が取れており瀕死の状態だったが、2人は意識があった。ハウンの回復魔法で一命を取り留めたが、村長の心の傷は癒えることは無かった……
屋敷跡からを目にした村長はそこで放心状態で座り込んでいた。
彼が立ち上がれるまでにはかなり時間がかかったが、それでも少しずつ彼は心を取り戻し始めていた。
ワタルとハウンは彼に手を貸して立ち上がらせた。
ククリはどこへ消えたのか、村の外の方に小さな光が近づいていることに気がついた。
その光はどんどん大きくなって近づいてくる。その光が近づくにつれ、見覚えのある顔であることに気がつくのだった。
「村長!ククリさんが戻ってきたっすよ」ザインが叫ぶ。
ククリはボロボロになって泣きながら村長に近づいて言った。「皆さん……ごめんなさい。私、皆さんが苦しんでいる時に何もできなくて……」
村長は泣き崩れる娘を抱き寄せた。
「いいんだククリ……お前は無事だったんだ。それだけでいい……」と村長は言った。
……
「いいよぉ!楽しませてくれるねぇ!!みんなまとめて消し炭にしてやろうか?」とハズクは上空から火炎弾の雨を降らせる。
村人たちはみんな必死になって逃げ惑う。
スノーが氷の楯を作り出して攻撃を防いでいるが、いつまで保つかは分からない状況である。
ワタルたちは人命救助をしながら、戦いがまだ終わっていないことを悟った
。
……
彼は翼を広げると空高く舞い上がり、急降下して突進してくる。ファングはその攻撃をかいくぐると剣を振り下ろした。しかし、その攻撃は空を切っていた。
次に背後から衝撃が伝わってきた。ハズクが魔法弾で攻撃したのだと感じた時にはもう彼の意識は飛びそうになっていた……
最後に視界に移ったのは大きな爆発を起こす光の塊だった……
ハズクはほくそ笑んでいた。その時、光の中から雄叫びが響いた。間一髪爆発を逃れたファングがハズクに飛びつき捕らえたのだった。
「放せ…この野郎…なんて力なんだ…」と必死に抵抗するが振り払うことが出来ない。
「今だ!スノー!」とファングが叫ぶ。
スノーは魔力を込めた。彼も巻き添えを喰らうかもしれないが考えている暇はなかった。
スノーは氷の一本槍を作り出し投げつけた!それを見たファングは敵を蹴り飛ばし、彼女の魔法を命中させた。
ハズクはけたたましい叫び声をあげて地面に足をついた。
技は大きな羽に命中したようで、痛々しいほど大きな穴が空いていた。そこへさらに追い討ちをかけるようにファングが近接戦闘をしかける。
「よくも…!よくも!ボクの羽を!絶対に許さないゾォォォォ!!」とハズクは咆哮する。
ファングは怯まずに攻撃を仕掛ける。彼は剣を振り回して何度も何度も斬りかかるが、その度にハズクの翼で受け止められてしまう。
返しとばかりに隠し持っていた大きな爪を振り下ろし、ファングを切りつけた。
ファングは衝撃で地面から足が離れたが、空中で体勢を立て直し、着地した。
傷口はさほど深くないが、彼の上半身は一気に血に染まり激痛が走った。呼吸をするたびに体が痛む。
それでも彼は立ち上がり、双剣を構えた。
その様子を見たハズクは高笑いをした。
「接近戦なら勝てると思った?喧嘩を売る相手を間違えたよ君たちは!!」
「敵が近づいた時は魔法を放てないようだな!巻き添えが怖いか!」
とファングがバカにしたように笑う言うと、ハズクは怒りに震えた。
「何がおかしい!その余裕をすぐになくしてやる!」と瞳が赤黒く光りファングに襲いかかる。
「このボクが魔法の巻き添えを恐れている…?毒蛇が自分の毒で死ぬとでも?」
「つまりその蛇さん未満なんだろう?」とファングが挑発する。
それを聞いたハズクは激昂し、牙を剥いて襲いかかった。
しかし、彼は動きを止めてしまった。自分の腹部を見た時、ファングの剣が深々と突き刺さっていたのだ。
血を吐き出したあと、ハズクの体はよろけた。
トドメとばかりにスノーは氷塊魔法を
はなった。
その一撃を受けてハズクは地面に倒れた。
「クソ…こんなガキどもに…どうして……お前らは獣人だろう…?何故人間たちの肩を持つ!?散々虐げられてきたんじゃないのか?」とハズクは叫んだ。
スノーは複雑な表情を見せた後、答えた。「確かに獣人にならなければって何度も思ったよ。でも貴方のやったことは絶対許さない。」
「ハハッ…そうか やり返したいとも思わないのか…」とハズクは力無く返す。
「それ以上に守りたいものがあるから。この力で昔の貴方みたいに苦しんでいる人も助けたかったな…」とスノーは寂しそうに言った。
ハズクはニヤッと笑いながら言った。
「いいか…人間どもに伝えておけ…俺たち天泣は…お前らの心の闇そのものだ…」
天泣が迫害のうえ生まれてしまった復讐の権化であったことを知らされた2人は、複雑な面持ちでいた。
「お前を死なせておくわけにはいかねぇ。最低限の治療だけはして兵士団に引き渡す。一生かけて人殺しの罪は償うんだ」とファングが言った。
ハズクは不敵な笑みを浮かべながら言った「お前たち少し離れていろ…」と体は光を放っている。
一体何をするつもりだとファングは問いかける。
…なぁに…死に方くらい自分で選びたいだけさ…兵士団どもに情報はわたさねぇ…
ファングとスノーが距離をとったことを確認すると、ハズクは自爆をした。
塵一つ残らぬほどに。
「ねぇ…ファング…あれが私達にもあったかもしれない姿なの……?」とスノーは呟いた。
ファングは無言で彼女の肩に手を置いた。
2人は何も言わずに屋敷跡へと戻った……
⭐︎……
ワタルたちは焼け焦げた遺体や怪我人の治療に勤しんだ。
村長親子は怪我をした村人達を治療する役目を買って出た。
しばらくした後、村人達は元気を取り戻し始めていた。
ハウンは自分の回復魔法で怪我人の治癒をしながら、仲間たちの様子を見ていた。大掛かりな魔法を使用したせいで疲れ切った様子だったが、それでも弱音ひとつ吐かずに必死に働いていた。そして、村人たちも彼女に感謝していた。
そこに戦いに出ていた二人が合流する
。
ファングとスノーは戦いの顛末を村長達に伝えた。
二人とも安堵の表情を浮かべていたが、さらに多くを失ったことで心を痛めていた。
村長は二人に深々と頭を下げて言った。
「君らには感謝しきれないほどだ……本当にありがとう……。君たちは英雄だ。食事でも振る舞いたかったが、こんな状況じゃあなぁ…」
犠牲者は自警団員を中心に15名
にも及んでいた。
村人たちは自分たちの無力さを悔やみ、意気消沈していた。
気がつけば東の空が明るくなり始めている。
幸運にも被害のなかった家の者が寝床を提供してくれた。
昼頃まで休憩を取ると、村人が遺体の
埋葬や瓦礫の撤去を行なっていた。
ファングとスノーは村人たちと一緒に働き始めた。彼らは黙々と作業をこなしていたが、その胸の内では無力感に苛まれていた……。
「ここから先のことは我々でなんとかしよう。君達は休んでくれ。そしてまたいつか遊びにきてくれ。その時は盛大にもてなそう」と村長は頭を下げた。
ワタルたちはその言葉に深く感謝し、村を後にした。
帰り道はどこか寂しく感じた。しかし、それと同時に何かから解放されたような安堵感もあった……
「いやー!驚いたッスよあんなの倒しちゃうなんて」とザインが明るく言って馬車を引く。
「貴方にもお世話になりました。」とハウンは言った。
「まさか一緒に戦ってくれるとはな。
もしよかったら、俺たちのパーティに入らないか?」とファングが誘う。
ザインは驚いた後、照れ笑いを浮かべながら答えた。「誘ってくれてめちゃくちゃ嬉しいッス。でも俺は…風の里があんな風になった時に村のために戦いたいッスから…」頬をかきながら答える。
ファングは頷いて答えた。
馬車は揺れる。道が悪いのであまり速度を出すことはできないが、それでも馬達はよく働いているようだった。
続く