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不真面目シスターシリーズ

不真面目シスター、天使の歌声に酔いしれる の巻

作者: おかやす

 天使です。


 天使の歌声です。


 耳からスッと入り込み、心をきれいしてくれる、清らかで澄んだ歌声。その歌声を耳にした人は、誰もが足を止めてしまいます。その歌声に酔いしれたくて、誰もが目と口を閉じ静かに耳をすませます。

 いつも騒々しい下町が、しんと静まり返りました。まるで聖堂で祈りを捧げているときのような、おだやかな静けさです。


「素敵……」


 隣に立っている私の「姉」シスター、建前・指導係、本音・イジワル係のリリアンも、目を閉じて歌に聞き入っています。

 ええ本当です。本当に素晴らしいです。歌で世界だって救ってしまいそうな、そんな気すらしてきます。


 いや、なんかもう素晴らしすぎて……泣けてきちゃいましたよ、私。


   ◇   ◇   ◇


 みなさまこんにちは。

 十七歳にして小学校一年生、副業として大聖女の側仕えをしております、ハヅキと申します。

 歌もダンスも大好きな私、ただいま天使の歌声に酔いしれているところです。このまま「……」を連ねて四分三十三秒ほどお待ちいただきたいところですが、賛否両論沸き起こりそうなので、さっそくお話を始めたいと思います。


 事の起こりは、小学校でのお昼ごはんの時間でした。


「おりゃおりゃー!」

「うりゃうりゃー!」


 てな感じで、お昼を作りに来てくれたボランティアの皆様が注意するのを無視し、ふざけながらご飯を食べていた少年AとB。

 あ、未成年なのでここは名前を伏せておきますね、決して名前を考えるのがめんどくさいわけじゃないですよ。そこのところよろしくお願いいたします。

 おっと、メタ発言。テヘ♪


「あっ!」


 子供というのは加減を知りません。知っていたら大人と言いますからね。ふざけ出したらもう誰も止められない、そんな状況となってしまい――当然の結果として、少年Bがお椀をひっくり返してしまいました。


「うぎゃ!」


 そんな二人の横で、もりもりとご飯を食べていた私。

 少年Bがひっくり返したお椀の中身――ミルクとチーズがたっぷり入ったパン粥を、もろにかぶってしまいました。


「ほら言わんこっちゃない」

「ハヅキちゃん、大丈夫かい?」


 あーあ、もう、とあきれるボランティアの皆様。

 困ったものです。

 とはいえ子供のやることですからね。まったくしょうがないですね……なーんて、受け流すハヅキちゃんじゃありませんことよ?


「ごるぁあ、アンドレぇ、ボブぅ、なにしてくれとんじゃぁっ!」


 思わず巻き舌で怒鳴ってしまいました。おっと、二人の本名バレてしまいましたね、テヘペロ♪

 大概のことは笑って許す私ですが、ご飯を粗末にすることだけは許せません。食うや食わずの生活を送ったこともあるゆえに、食にかける情熱は人一倍と自負しております。


「おうおう、おまんら、ご飯のありがたみがわかっとらんようじゃのう! ちーと痛い目みるか? あぁん?」

「あ、うう……」

「ごめん、なさい……」


 私のマジギレっぷりに震え上がる少年二人。他の子供たちはもちろん、ボランティアの皆様もドン引きです。


「ハヅキちゃん、ステイ」


 そんな私を諫めてくれたのは、ファナという八歳の女の子でした。

 間違いなくアイドルを目指せる、しっかり者の妹系美少女です。どうにかしてこの子を世に売り出したいものです。いい伝手(つて)ないですかね?


「いーや許さん」


 ですが、そんな美少女に頼まれたとしても、引く気にはなれません。

 大人気ないと言われようと、たとえ相手が子供であろうと、人には譲れないものがあるのです!


「ご飯を粗末にする子は、星に代わってお仕置きです!」


 さあ、どんなお仕置きをしてやろうかと悪魔の笑みを浮かべた私。

 そんな私を見て、ファナはため息をつきました。


「ハヅキちゃん……大聖女さまにチクるよ?」

「はうっ!」


 ファナにぼそっと言われ、我に返りました。

 実は先日、ファナが誘拐されかけたところを助けたのですが、その時に私が大聖女様(コウメちゃん)――あ、大聖女様の本名、コウメです――の側仕えだと知られてしまいました。

 絶対、誰にも、何があってもバラすな、と言われていたので、頼むからご内密にとお願いし了承してもらったのですが――以来、私が何かやらかしそうになると、こうして脅してくるようになりました。


 どうやらファナは、小学校における私のお目付け役になったようです。

 小学校の校長であるシスター・モニカが、大聖女様(コウメちゃん)の「姉」だったシスターですからね。そこを通じて報告が行くことになっているみたいです。


「ト、トハイエ、ですね」


 私は考えを改めました。

 ファナに言われたからじゃないですよ? なんていうか、これは、そう、つまりですね。


「シスターとして、ツミをユルスのはダイジなコトです。今回はユルシましょう」


 これも神の試練と思えば――ほら平気。うん平気。私は許してもらった記憶があまりないけど。いつも鉄拳制裁食らっていて、正直納得いかないけれど。

 大聖女様(コウメちゃん)に怒られるのはイヤなんで。

 だってあの人容赦ないし! マジで死にかけますからね!


「イゴ、キヲツケルヨウニ。ワカリマシタネ?」

「はぁい」

「ごめんなさぁい」


 反省し、素直に謝ったのを見て、私は二人を許すことにしました。

 コンチクショウ。


   ◇   ◇   ◇


 ですが、その件が思わぬ幸運をもたらしました。

 パン粥まみれになったシスター服。さすがにこれを着て街中を歩いて帰るのはなぁ、と途方に暮れていたら。


「洗濯しておくから、今日はこれを着て帰りなさい」


 校長であるシスター・モニカが、服を貸してくれました。

 世間一般の女の子が着る、普通の服です。寄付か何かでもらった古着でしょうか。少しくたびれていますが、ちゃんと洗濯もしていて着心地もなかなかです。


「あらぴったり。どこにでもいる女の子みたいね!」


 褒められたのか(けな)されたのか、微妙な言い回しでしたが。

 モニカさんの言う通り、これを着ていればどこにでもいる女の子です。この姿なら、誰も私がシスターだなんて気づかないでしょう。地味目な容姿でよかったな、て思います♪


「うふふ、目立たないからって、寄り道しちゃだめよ?」


 シスター・モニカが笑顔で注意します。さすが、私のことがよくわかっていらっしゃいます。

 ですので私も、満面の笑みで答えました。


「もちろんです、モニカ先生!」


 ええ、はい、もちろんです。

 シスターとして修業中の身ですからね、寄り道なんてダメですよね、わかってますとも!


「それじゃ皆さん、さようならー!」

「はい、気をつけて帰ってね」

「ハヅキちゃん、またねー!」


 授業が終わり、小学校の隣にある孤児院に戻る、みんなと笑顔で別れ。

 私はスキップしながら帰路につきました。


   ◇   ◇   ◇


 というわけで、私は下町へとやってまいりました。


 寄り道? ナンノコトデショウ?


 私はただ、毎日同じ道を帰っていたら悪い人に狙われやすい、と聞いたことがあるのを思い出し、今日は違うルートで帰ろうと思っただけです。

 ほら、私も一応お年頃の女の子だし。

 内緒とはいえ、大聖女の側仕えでもありますからね。防犯意識は常に持っていないと。


 よし、完璧な理論武装♪


「おおー、久々に来たなぁ!」


 かつて修行をサボって通い詰めていたライブハウスの前を通り、涙が出そうになってしまいます。思えば遠くへ来てしまったものです。今では歩いて十分で来られる距離ですが。


 ライブハウスの告知板には、たくさんポスターが貼ってありました。

 私の「推し」たちは、元気に活動しているようです。

 むむ、新しい人たちも出てきていますね、これは気になります。


 あと一時間ほどで始まるライブの告知ポスターもありますね。

 わ、追っかけてた人たちだ! 第1ホールワンマンかぁ、人気出たんですね!

 ああ、入りたい。入って久々にシャウトしたい。だけどさすがに遅くなります。そもそもお金持ってません。


「シスターにも休日が欲しいなぁ」


 世俗から離れて修行するのも大事ですが。

 たまにはお休みをいただき、ぱーっと遊ぶのも大事じゃないでしょうか。私このままじゃ、過労で鬱になって心を病んでしまいますよ、はい。


 誰です、私に限ってそれはない、なんて言った人? あとで大聖堂の裏へ来てもらいますよ?


「絶対、また来るからね!」


 私は後ろ髪を引かれる思いで、ライブハウスを後にしました。

 そして下町をぐるっと回って大聖堂へ戻ろう、と歩き出した時。


「……おや?」


 私の行く手に、シスター服を着た、見知った方を発見しました。


「リリアンさん?」


 次期聖女候補ナンバーワン。

 そんな呼び声も高い、私の「姉」シスター、リリアン。「絶世の」がつくほどの美女、大聖女様(コウメちゃん)にも引けを取らない美女であり、まだ二十歳そこそこなのに大聖堂の幹部クラスという優秀な方でもあります。


 そんな人が、なぜに一人で下町に?

 私、気になります♪


 てなわけで、尾行を開始しました。下町をずんずん進んでいくリリアンに、つかず離れずでついて行くと、やがて石造りの建物に到着しました。


「聖堂?」


 造りからして、聖堂のようです。一般的な民家よりちょっと大きいぐらいの建物。でもなんだかぼろぼろですね。聖堂というより、お化け屋敷という感じです。

 リリアンは半分壊れた扉を開け、中に入っていきました。

 私は気づかれぬよう、忍び足で建物に近づきました。


「火事……ですかね?」


 壁には火で焼けたような跡がありました。この壊れっぷりから、火事で使えなくなり、そのまま放置されていると考えてよさそうです。


 リリアンは、こんなところに何の用でしょうか。


 私に取り憑いているナイスガイ悪霊、アーノルド卿を呼び出して中を探ってもらおうか――と考え、やめました。

 最近あの人、登場するときに派手なポーズを決めようとするんですよね。小学校のお友達が子供向けヒーローショーの話をしているのを聞いて、なにか思うところがあったようです。

 その気持ちはよくわかります。かっこいいですもんね。

 でも派手に登場したら、絶対リリアンにバレるし。今回アーノルド卿は封印です。


 私は建物の裏に回り、裏口から中に入りました。


 外観はそうでもありませんでしたが、中はかなり痛んでいました。やはり火事ですね、あちこちに焼けた跡がありました。

 でも不思議ですね。

 放置されているわりには、床に埃が積もっていません。それに、うっすらと生活感があります。ここで誰かが暮らしていますね。スーパーハウスキーパー・ハヅキちゃんの目はごまかせませんよ。


「……、……」


 礼拝堂へ近づいていくと、何やらぼそぼそと話す声が聞こえてきました。

 リリアン、でしょうか?


「うん、そうなの……でね……だから私はね……」

「……、……」


 間違いありません、リリアンの声です。でも独り言ではありません、誰かと会話しているようです。

 なんだか、ずいぶんフランクというか、気を許した口調です。

 お相手は誰でしょうか? 男性の声のようですが――え、ひょっとして逢引? いやいや、あの人って男より女――というか大聖女様(コウメちゃん)マジLOVE100%でしたよね?


 そーっと、ばれないように礼拝堂をのぞき込みます。


 祭壇の前にひざまずく、リリアンの後姿が見えました。祭壇の方は影になっていてよく見えません。

 リリアンは、その影に向かって話していますが――うーん、誰かいるのでしょうか? わかりませんね。もうちょっとのぞき込んでみましょうか。


 パキン。


 ノォォォォォォッ!

 なぜこんなところに、お約束のように枯れた小枝があるんですか! 思いっきり踏んじゃったじゃないですか!


「……誰?」


 リリアンが振り返ります。

 バッチリ目が合っちゃいました。


「ハヅキ!?」


 げっ、という顔をして立ち上がったリリアン。そのとき、何かを慌てて袖の中に隠しました。何でしょう、何を隠したんでしょう。


「あんたなんでこんなところに! シスター服はどうしたの? さては変装して寄り道ね!?」

「リ、リリアンさんこそ」


 お説教ムーブを感じます。これはまずいです。

 よっしゃ先手を打って攻撃だ! 攻撃は最大の防御と言いますからね!


「どうしてここに? それと今、何を隠したんですか?」

「な……なんのことよ」


 お、ひるみました。チャーンス! 畳みかけますよ!


「袖の中に、何か隠しましたよね? あと、誰と話してたんですか?」

「……あんた」


 すぅっ、と。

 リリアンの気配が冷たくなりました。


「いつからそこにいたの?」


 ゾクッとしました。思いっきり虎の尾を踏んだ感じがします。ここでさらに攻めたら、一発逆転ホームランを食らいそうなプレッシャーを感じます。

 ここは「勘違いですかね、すいません」と、一球外して様子を見るべきか。しかしその弱気が、さらなる反撃を呼ぶのではないか。


 次の一球が、勝負の分かれ目!

 さあどうする、ピッチャー・ハヅキ!


「答えなさい。あんた、何でここにいるの。そこで……何を見たの?」


 ゆらっ、と。

 何かがリリアンの背後で揺れたような気がした時――にぎやかな声が聖堂の中に入ってきました。


   ◇   ◇   ◇


「あれ、シスターがいる」


 聖堂に入ってきたのは、パリピーな感じのする若者たちでした。

 二十人ぐらいいますかね、みなさん両手に買い物袋を提げています。食べ物でしょうか、お酒もありそうですね。今からパーティーするぞ、て感じです。

 いいなー、楽しそうだなー、私も混ぜてくれないかなー、なんてのんきに考えていたら。


「……何ですか、あなたたち」


 リリアンが、「ザ・不機嫌」という声と表情で、若者たちを睨みつけました。

 え、ちょっと――リリアン?


「あ、いや……」


 若者たちがひるみます。いやほんと、慣れてる私でも引いたぐらいですからね。初見さんには衝撃的だったと思います。


「部外者が入ってこないでください」


 いやいや。

 いやいやいや。


 何言ってるんですか、リリアン。

 聖堂は、救いを求める人のために、常に開放されている場ですよ。

 誰でも入っていいんです。部外者なんていないんです。つい先日、私が見知らぬ人を「部外者」と言ったら叱ったの、あなたじゃないですか。


「おいおい、聖堂は誰にでも解放されている場所だろ?」


 あ、突っ込まれた。

 ぴくっ、とリリアンの頬が動きます。憎々しげに若者たちをねめつけ、はぁーっ、と大きなため息をつきます。


「祈る気もないくせに。屁理屈だけは達者なこと」


 ひとり言にしては大きな声でした。いやこれ、聞かせる気満々ですね。そんな言い方、相手を怒らせるだけです。

 いったいどうしちゃったんでしょう、メチャクチャ機嫌悪いの、隠す気もないなんて。

 もしかして――二日目ですか?


「うわー、感じワルぅ」

「なにあんた、もしかして○理?」


 あ、同じこと思った人がいた。

 リリアン、露骨に顔をしかめ、バカにし切った顔になります。


「またくだらないことを。程度が知れますね」

「なんなんだ、あんたは」


 若者ズ、かっちーん、という感じです。

 いやほんとに、なんなんだ、ですよ。ほんとにどうしちゃったんですか、リリアン。


「あんた、ほんとにシスターか?」

「見てのとおりです」

「ただのコスプレじゃないの?」

「シスターにしては美人だしね。もしかしてそういうプレイで客引き?」

「……下品なこと。品性も卑しいんですね」

「あ?」

「ちょっと何なの、こいつ」


 ヤバいです、どんどん雰囲気が険悪になっていきます。

 売り言葉に買い言葉、てエスカレートしやすいんですよね。それを逆手にとって相手を煽り、冷静さを奪って勝負を有利に進めるというのは、実はかなりの高等テクニックです。言い合っているうちに、たいていの人は自分も冷静さを失っちゃいますから。

 なので、このテクニックを使いこなせない人がやると、ですね。


「許しもなく勝手に入らないで。出て行ってください!」

「あぁ? うるせぇよ、ここを放置してたのはそっちだろうが」

「してません! ここは今でも教堂の管轄下です!」

「はん、普段は誰もいないのに?」

「言っとくけど、私たちが交代で掃除してるんだからね」

「感謝ぐらいしたら?」

「感謝を強要とは、あさましい人たちですね!」

「お礼も言えないやつが、シスター名乗るなよ」

「いいよ、こんなやつほっといて準備しよ」

「いいえ許しません。出て行かないというのなら追い出します!」

「はっ、一人で何いきがってんだか」

「あんたこそ出ていきなよ」

「そうそう、ここは祈りの場だよ。男を誘い込む場じゃないんだから」

「そうですよ、ニセモノシスターさん。なんなら俺らが追い出してやろうか?」

「私は本物です! この子と一緒にしないでください!」


 このように、ほんの五分で一触即発の状態までエスカレートします。お互い若いですからね、頭に血が上るとあっというまです。

 てゆーか、最後に私、巻き込まれましたね。シスターの資質に欠けるのは認めますが、ここで巻き込んでほしくなかった。

 もう他人のフリできないじゃないですか。

 さっさと逃げればよかった!


「何、あんたもシスターなの?」


 若者ズが、私の方をじろりと見つめます。

 ヤダコワイ。


「ええと、まあ、一応……」

「シスター服着てないじゃん」

「諸事情がありまして」

「まあいい。おいあんた、こいつ何とかしろよ。邪魔だ」

「連れて帰ってくれない? まともな話し合いになりそうにないし」


 なんというか、若者ズの方がまだ冷静です。そりゃそうですね、ケンカ売られた方ですし。どう考えてもリリアンの方が悪いので、とりあえずここから連れ出しましょうか。

 と、思った矢先。


「ふざけないで。邪魔なのはあなたたちです。ここから出ていきなさい!」


 この(ピーッ(検閲により削除))が!


 お――おおう。

 リリアン、あなた聖職者――というか、人として言ってはならない悪口を。

 なんですか、いったいどうしたんですか、まるで別人ですよ! 落ち着いてくださいよ、リリアン!


「あぁん?」


 ブチッ、と若者ズがキレた音が聞こえました。マジで聞こえました。

 センターにいる背の高い男が荷物を置き、拳をボキボキ鳴らします。周りにいた方々も、荷物を置いて戦闘態勢になります。


「あんた、何にイライラしてるか知らんが」

「そこまで言うなら、私たちも黙っちゃいられないよ」


 ひぃーっ!

 だめです、包囲されました。これは逃げられません。とばっちりです、これまさしく、とばっちりです。

 わーん、どうしよう!

 周りを巻き込むことには慣れていますが、巻き込まれるのは初めてですよぉ!


「リリアンさん、言い過ぎです! 謝ってください! どう考えても悪いのはこっちです!」

「はぁ? ふっざけんじゃないわよ! 返り討ちにしてやるっての!」


 リリアンも戦闘態勢になります。

 なんですか、その堂に入った構え。この人数相手にビビってもいません。大聖堂のシスター、マジで修行科目に「格闘技」があるんじゃないでしょうね!?


 いや、そんなのどうでもよくて!


 いくらなんでも多勢に無勢すぎます。そもそもシスターが人を傷つけたら大事です。冗談抜きで、リリアンの経歴にキズが付きますよ!


「うるさい! 神に反するバカどもなんて、○ねばいいのよ!」

「んだと!?」

「ちょっと、ほんとにどうしたんですか!? おかしいですよ、リリアン!」


 だめです、双方頭に血が上りました。

 これはもう、アーノルド卿を呼び出すしかありません。

 アーノルド卿のこと、リリアンにバレてしまいますが、背に腹は代えられません。まずはこの場を制圧し、冷静になってもらいましょう。聖堂騎士団ですら勝てないアーノルド卿なら、全員無傷で、秒で制圧してくれるはず!


「出でよ我が相棒、ア……」


 しかし、前回に続いて。

 アーノルド卿の新登場ポーズお披露目は、延期となりました。


   ◇   ◇   ◇


 澄み切った夜空を思わせるような、美しい歌声が聞こえてきました。

 今にも相手に殴りかかろうとしていた若者ズとリリアンが、その歌声に動きを止めて聖堂の入口へと目を向けました。


 歌声の主は、「うわ、美少女!」と叫びたくなるような、かわいらしい女の子です。

 ライムグリーンに染めた髪をかわいらしく結い、シンプルで清楚なワンピースを着ています。いや、あれ素材はかなりお高いやつですね。飾り気はないですが、なんかこう、キラキラして見えます。


 いえ、キラキラして見えるのは見た目や服のせいじゃなくて。

 内面からにじみ出るオーラのせいです。


 いやすごいなこの人、て思ってよく見たら――あれ、この人って――うっそ、マジですか!?


「カーリーちゃん!」

「おお、ラン!」

「ばか、本名いうな」

「マジで来てくれた……」

「すげー、感動する」

「本物だぁ」


 若者ズが感激の声を上げました。

 その女の子、優しくおだやかに歌いながら聖堂へ入ってくると、笑顔を浮かべ、頭に血が上っていた若者ズとリリアンをゆっくりと見回します。

 その歌声と優しい視線に、落ち着きを取り戻した若者ズ。

 拳を収め、リリアンなんてどうでもいいという感じで、聖堂に響く歌声に聞き入りました。


「おおう……」


 私も若者ズと同じです。

 猛烈に感動しています。

 マジですか、マジで本物のカーリーちゃんですか!?

 いやちょっとコレ、最高なんですけど! 生きててよかった!


「だ……誰よ、あの子?」


 一人置いてけぼりのリリアンが、眉をひそめました。

 その、まさかの発言にびっくりです。


「ご存知ないのですか!? 下町で歌いながら花を売り、そこからチャンスをつかんでスターとなった、新時代の歌姫、カーリーちゃんですよ!」


 私が初めて王都へ来た時、カーリーちゃんはまだ花売りでした。

 でもその素晴らしい歌声は、すでに多くの人を魅了していました。勧められて出た小さな歌唱大会で、別の用件で会場に来た大物芸能プロデューサーが惚れ込み、スターへの階段を駆け上がっていったんですよね。


 ファーストライブ、行きたかったなぁ。

 私、大聖女様(コウメちゃん)の命令で郊外墓地の死霊を鎮めた後、生死の境をさまよっていた頃だったんで、行けなかったんですよね。

 まあ、チケットプレミア化してたから、買えなかっただろうけど。ファーストにして最高(グレート)だったと、大評判だったんですよね。


「王都に住んでて知らない人なんて、いないんですよ!」

「……真面目に修行してたら、流行なんか知らない、ての」

「あ、それもそうですね」

「なんであんたは知ってんのよ」


 いやー、なんででしょうね。あっはっは。


「こんにちは、シスター」


 歌い終えたカーリーちゃんが、私たちの前にやってきました。

 にこっと笑い、ちょっと首をかしげる姿――かわいい、マジかわいい。かわいすぎて語彙力が死ぬ。さすが私の推しリスト第三位です。


「すいません、ここで歌いたい、と言ったの私なんです。みんなは、私のお願いで準備してくれていただけなんです」


 許可も取らず申し訳ありませんでした、と頭を下げたカーリーちゃん。

 そんな姿すら、かわいらしい。ああ、癒される。


「……いいえ」


 カーリーちゃんの謝罪を受け、リリアンはゆっくりと首を振りました。


「私が言い過ぎたわ。シスターとして……いいえ、人として恥ずかしい言動、皆様に心から謝罪します」


 リリアンは若者ズに深々と頭を下げました。

 よかった、いつものリリアンに戻ってる。

 さっきのは何だったんでしょうね。ほんと、別人みたいでした。


「ん?」


 ふと、祭壇の方から何かを感じ、悪寒が走りました。

 振り向くと、何か影のようなものが揺れている気がしましたが――目をこすってもう一度見ると、特に変わったことはありません。


 はて?

 うーん、まあ、気のせいですね!


   ◇   ◇   ◇


 飲み食いは庭でやること。

 その条件で、リリアンはカーリーちゃんのプライベート・ライブ開催を許してくれました。


 え、リリアンの独断で許可できるのか、て?

 できるんですよ。

 リリアン、会社で言えば課長みたいな立場なんです。王都内にある小さな聖堂のいくつかを管理しているそうで、ここはその一つだとか。やっぱすごい人なんですねえ。イジワルですけど。


 若者ズがライブの準備を進める中、カーリーちゃんとリリアンは礼拝堂の隅に並んで座り、話をしていました。

 ちなみに私は、そんな二人のすぐ後ろに座っています。

 カーリーちゃん、後ろ姿もかわいいなあ。癒されます♪


「歌が好きで、それがお仕事になるなら最高だと思っていました。でも……」


 世間話をしていたのですが、いつの間にやら、カーリーちゃんのお悩み相談になってました。


「ちょっと疲れちゃって。まだ一年しか経ってないのに、情けないですよね」


 あっというまにスターに駆け上がり、生活は一変。とにかく仕事に追われまくる毎日で、気が休まらないそうです。

 スターは大変だなあ。


「それに、ずっと応援してくれていた友達と疎遠になって……寂しかったんです」


 カーリーちゃん、生まれは王国の西部。

 十歳の時、両親が流行り病で亡くなり、母の弟にあたる叔父さんを頼って王都に来たとか。十二歳の時に花屋で働き始め、仲良くなった友達に歌を褒められ、それがきっかけで歌いながら花を売るようになったそうです。


「みんなの応援があったからスターになれた。でも、みんなにちゃんとお礼を言えてなくて……ずっとひっかかってたの」


 だから、ようやくとれた休日に、みんなに会いに来たとのこと。

 この若者ズ、カーリーちゃんのお友達だったんですね。なんとうらやましい。


「ささやかなお礼に、みんなのためだけのライブしたいな、て思ったんです」


 いやそれ、全然ささやかじゃないから。スターのプライベート・ライブですよ。最高のお礼じゃないですか。


「ここでしたいと思ったのは、昔、ここでよく歌ってたから。だから、原点思い出せるかな、て」

「そうだったの」


 カーリーちゃんに、リリアンは静かにうなずきました。

 悩みを話すカーリーちゃんと、それを聞くリリアン。

 なんていうか、リリアンがものすごくシスターらしいです。話の聞き方とか、相槌のタイミングとか、ほんとにすごい。自然と悩みを相談したくなっちゃう雰囲気です。

 やはり本物は違うなあ。

 あ、私も一応、本物のシスターか。ううむ、これが格の違いというやつですね。


「私が王都に引っ越して来た時には、もうこんな状態だったけど。でもここで歌うと、すごく落ち着くんです。亡くなったお父さんとお母さんのことを思いながら、よく歌ってました」

「ここは祈りの場ですからね」

「はい、本当にそうですね。いつも勝手に入り込んで歌ってたから、今回もそのノリで……本当にごめんなさい」

「いいのよ。ここは……あなたみたいな人のためにある場所だから」


 そう言って、リリアンは少し悲しそうな顔で、荒れた礼拝堂内を見ました。


「おーい、準備できたぞ!」


 ライブの準備をしていた若者ズに呼ばれました。


「はーい! じゃ、リリアンさんも、ハヅキさんも、ぜひ聞いていってくださいね」


 カーリーちゃんは笑顔で立ち上がり、祭壇前に作られた舞台へと上がりました。


「ワクワクですね!」

「大人しく聞きなさいよ」


 え、ペンライト振っちゃだめですか?

 あ、だめか。シスターの基本スキル「聖なる灯(ホーリー・ライト)」をペンライト代わりにするなと、大聖女様(コウメちゃん)に厳重注意されていたんでした。リリアンの前でやったら、絶対怒られますね。

 うう、悔しい。カーリーちゃんのライブなのに。ペンライト振って思い切り応援したい。やっぱりお休みもらって、ライブに行きたいよう。


「じゃ、みんな、聞いてね!」


 さっきまでの憂い顔が嘘のように。

 舞台に上がったカーリーちゃんは、まさに「スター」という笑顔を浮かべ、美しい歌声を披露してくれました。


 いやもうね。

 控え目に言って、最高のライブでしたよ!


   ◇   ◇   ◇


 聖堂から漏れ聞こえる歌声にたくさんの人が引き寄せられ。

 気がつけば下町を挙げてのお祭りになった、カーリーちゃんのプライベート・ライブ。

 当然、大聖堂幹部の耳に入らないわけがなく、私とリリアンは大聖女様(コウメちゃん)に呼び出され、注意を受けました。


 だけどそれは、いつもの十分の一にも満たないお小言という感じで、私にとっては無罪放免に等しいものでした。

 そして。

 お小言の後で、大聖女様(コウメちゃん)はあの聖堂を再建することにした、と教えてくれました。


「なんで、いきなり?」


 リリアンがすごくびっくりして、大聖女様(コウメちゃん)に尋ねました。


「カーリーちゃんが、ライブのラストですばらしい聖歌を歌ってくれたでしょ? あれが下町の方を動かしたのよ」


 大聖女様(コウメちゃん)もカーリー「ちゃん」て言うんですね。ていうかその言いよう、ひょっとして聞きに来てたんですか? 意外とミーハーなんですね。


 大聖女様(コウメちゃん)が言う通り、ライブのラストで、カーリーちゃんが聖歌を歌ってくれたんです。

 これがもう――最高で。

 聞いていたみんなが「天使が降臨した」と、涙を流して祈りを捧げるほどでした。

 もちろん私もその一人です。まさか聖歌であんなに感動する日が来るとは思いませんでした。


 で、感動した下町の方が、聖堂の再建を願い出て来たそうです。

 さらにカーリーちゃんも、またあそこでライブをさせてほしいと申し入れて来たそうです。


 実はあの聖堂、古い歴史はありますが、小さい上に大聖堂から近すぎるということで、撤去が検討されていたとか。なるほど、撤去前提だったから放置されていたんですね。


「よかったですね、リリアン」


 大聖女様(コウメちゃん)がリリアンに笑いかけました。

 リリアンは、ちょっと複雑な笑顔でうなずいています――なんでよかった、なんでしょう?


「あのぅ、リリアンさん」

「なに?」


 大聖女様(コウメちゃん)の執務室を出た後。

 一歩前を進む背中に声をかけると、やや硬い声で返事がありました。

 なんか、拒絶されている気がするんですが――あ、いつものことか。じゃ、気にするのやめよう。


「どうして聖堂の再建が決まったら、よかったね、なんですか?」


 リリアンは黙ったままでした。

 うーん、これは答えてもらえないのかな? と思ったら。


「私が……赤ん坊の頃からあそこで暮らしていたからよ」


 ぼそっと、答えてくれました。


「でも八年前に火事で焼けてね。生き残ったのは、たまたま(・・・・)外出していた私だけ」


 返ってきた答え、予想外に重い口調でした。

 あの、なんで「たまたま」を強調するんですか。不穏なものを感じるんですけど。気のせいということでいいですよね? はい、そうします。


「だから、どうしても再建したくて何度も願い出てたんだけど……許可が下りなかったの」

「そ、そうだったんですか」

「それはそうよね、私の思い入れだけのお願いだもの。しかも、幹部でもないただのシスターの、ね」


 まあ、そうですね。たいして大きくない聖堂ですが、それなりにお金がかかるでしょうし。維持管理していくのも大変です。


「……あんたのおかげね」

「へ?」


 私? なんで? 何もしてないですけど?


「聖歌」

「え?」

「あんたが聖歌をリクエストしたから、でしょ」


 カーリーちゃんがライブのラストで歌った聖歌、実は私のリクエストでした。

 会場を貸してくれたお礼にと、カーリーちゃんがリリアンと私にリクエストを聞いてくれたんです。リリアンは「もう十分です」とリクエストしなかったんですが、ならばと私が聖歌をリクエストしました。


 その聖歌が、下町を感動で包み、聖堂再建のきっかけとなった。

 言われてみればそうですが。


「え、ええと……たまたま、じゃないですか?」

「そうね。あんたは自分が好きなようにやっただけでしょうね」


 コツン、と足音を立て、リリアンが立ち止まりました。


「でも、あんたは」

「へ?」

「そうやって好き勝手しながら……私がどんなに願っても叶えられなかったことを、易々とやってのけるのね」


 そう言って振り返ったリリアンが、私に見せたのは。

 ゾクッとするほど美しく、でもとても寂しそうな――まるでガラス細工みたいな笑顔でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかこれは、リリアンがラスボスになる流れ……!?( ˘ω˘ )
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