贖罪91
「残念ながら君のお母さんはその内の一人で、指導的立場を取っていた。」
「ええ、そうでした。」
言葉少なにマリスは答えた。
できれば深入りせずに終わらせたい話題だった。
「由々しき事態だった。あのまま愛が蔓延れば大変なことになっていた。
悪魔狩りで君のリーダーである君のお母さんを失ってからは自己分解したと思われてたけど、
地獄を抜けて地上で活動している悪魔たちがいるみたいで、まだまだ予断を許さない。」
「まだ、いるんですか?」
深入りしたくなかったはずだったのに、意外なことを耳にして興味をそそられずにはいらなかったマリスは聞いた。
「そうらしいけど、尻尾を掴めないでいる。ネズミみたいにコソコソ動き回ってるんだろう。
愛は危険だ。中には高いレベルの自己犠牲の愛を実践する輩もいる。
極めて危険だ。愛を知る人間は忌まわしき光だ。
闇の世界の実現には光は消さなくちゃいけない。野放しにしちゃダメだ。愛は根絶される必要がある。
おぞましいものとは人間が大切にするものであって、人間が大切にするものとは愛。
だから愛とはおぞましいものだ。」
マリスはコクリと頷いた。
『そうだ、愛はおぞましいんだ。愛があるから苦しむ。愛を除けば苦しまなくていい。
人間への俺の復讐は、同時にバカな人間の救済にもなるんだ。』
マリスが考えている最中、エビールがまた話を続けたが、それは予想だにしない切り出しであった。
「そういえば、地上には花が咲いてるね」
花という言葉を聞くとマリスはビクっとした。
エビールはなぜその言葉にマリスが反応したのか分からなかったが、話を続けた。
「花が美しいか僕には分からない。だが僕がどう思うかは関係ない。
人間がそれを大切にするなら、それはおぞましい。おぞましいものは、踏みにじることで美しくなる。
愛を人間が大切にするなら、踏みにじられた愛は美しい。美しいものを踏みにじることで、美しさが生まれる。
ただ漫然と契約を取るためにやってちゃ駄目だ。不幸にしたいという思いは当然持たなくちゃいけない。
それなのに、ただ漫然と契約を取るためにやってちゃ駄目だ。それと使命感みたいなものも持つことだ。
使命感を持ってやるかどうかで、仕事に対する取り組み方や結果に差が出る。
僕の場合だと、愛を根絶して世界を美しくすることだ。
愛の根絶には、子供の命を奪う権利を天国から奪わなきゃいけないから、ハードルはあまりにも高い。
実現できる見込みなんて正直ない。ないさ。けど、愛が根絶されて、憎しみが栄えて、
地上から人がいなくなったらきっといい景色だよ、マリス君。
そんな夢に似た思いを持ってやってる方がもっと楽しいじゃないか。」
「ええ。分かります。分かりますよ。エビールさん。」
マリスは何度も首を振ってエビールに同意した。
これに気を良くしたエビールは更に話を続けた。
「不幸の追求とか、愛の根絶とか、より良い世界を作ることを考えると、
今の悪魔みたいに契約をして、はいサヨナラじゃなくて、
再契約か契約の取り消しまで含めたアプローチをする必要がある。
でも悪魔の暴走と天国の介入を経て地獄での労働に厳しい規制がかかったせいで、
労働者自身の選択でしかできなくなった自己犠牲を伴う契約の取り消しは実質的に廃止で、
到底期待できるものじゃないから、現実的には他人犠牲を求める再契約の一択になる。
ところで、自己犠牲の愛が皆無と言っているんじゃないよ?
その実践は小さなものから大きなものまである。でも僕がここで言ってるのは、
愛する人のために、この地獄に残るほどの愛だ。僕らにとっては愛すべきこの地獄も、
人間にとっては恐怖の場所でしかない。その恐怖の場所で、自ら進んで労働を選択する?
最低20年? そんなことできるわけなんてない。繰り返すけど、親の子に対する自己犠牲は別だよ。
そこには立ち入りできないからね。
再契約は愛する人の命を捧げてもらう。契約者本人の命じゃだめだ。
要求すれば、差し出す人間はいるだろうけど、それって面白くないだろう? 死は救済だ。
自分が死ぬことで相手を救えるなら、そうする人間はいるだろう。死は一瞬だ。
そんな安らぎを与えるわけがない。それに、契約者が自分の命を捧げてまで誰かを助けようとしたのに、
願いを叶えようとしない、そんな自己犠牲を弄ぶようなことには天国が介入しかねない。
悪魔と契約した愚かな人間といえども……ね。まあ、可能性としては低いとは思うけど。




