贖罪58
「悪魔?お前は悪魔なのか?僕は悪魔になんか何の用もない。僕は神のみ信仰する。」
そう言うと渡された名刺をすぐに床に捨てた。
「神…ですか。」
帽子を少しずらして、こめかみのあたりをポリポリと掻いて、わずかに笑みを浮かべて言った。
「なんだ?」
悪魔の言い方が癪に障った。
「神は…何かしてくれましたか?」
ストローフィーは何も言わなかったが、それは神が何もしてくれなかったということ言っているのと同じだった。
「…でしょうね。まずは話だけでも聞いていただけませんか?私なら、あなたのお悩みを解決して差し上げられます。」
「お前に何ができるっていうんだ?もう全て終わった。あとはこの身が朽ちていくのをただ待つだけだ。」
「まあまあ、あなたはまだお若いのだから、そう自暴自棄になるものではありません。」
「若いからこそ苦しいんだ。僕に残された時間の何て長いことか。何も知らないくせに勝手なことを言うな。僕はな、妻を…妻を…」
言葉を継ぐことができなかった。
考えることと、言うことには雲泥の差があり、言葉にしようとするとあらゆる感情が押し寄せてきた。
涙は溢れ、口は震えて言葉にならなかった。フォスは死んでいる、それはストローフィーも分かっていた。
それでも、それを彼が口にしてしまえば、取返しのつかないことになりそうで、言葉が内側から縄で引っ張られているように、言葉にならなかった。
「亡くされたのでしょう?」
ストローフィーに変わってマリスが言葉を継いだ。ストローフィーはそれを聞くとビクっという反応をした。
自分が言わなくても、それを聞くことは恐ろしかった。
「なんでそれを知ってる?」
「愛する人をあなたが失ったと町の皆さんが話していますし、私が入ってくる前にも、あなたは大声で奥様のことを言っているのが聞こえましたから。」
マリスは続けた。
「愛する人を失う悲しみ、私にも痛いほど分かります。」
マリスは心痛な面持ちをしたが、それが見せかけの表情でないことは、フォスを失ったストローフィーにはよく分かった。
『こいつも愛する人を失ったことがあるんだ。』
ストローフィーは思う。
人は共感してもらうことに飢えている。
目の前にいるのが悪魔とはいえ、自分の悲しみを理解してくれたことは、マリスへの警戒心を弱めることになった。
そして、それこそマリスの狙う効果だった。
彼は人間が感情の生き物だということをよく知っていたので、今みたいに同情してみせて人の心に入り込むのが上手だった。
ネズミは数センチの隙間、ゴキブリは数ミリの隙間があれば入ってくるように、このマリスも心に隙間を見つければそこから侵入してくる。
もっとも、彼が見せた表情は演技ではなかったが。




