贖罪5
櫛の良く通された美しい栗色の髪は背中の下まで伸びていた。
一般的な服装であるカートルと呼ばれる羊毛でできたオレンジ色のワンピースを着て、革靴を履いていた。
恰好は庶民的なのに彼女からは品性が感じられた。
容貌はとても美しく、茶色の瞳をして、眉毛は平行だったので目と眉の距離が短くなり目元が強調されて目が大きく見えた。
鼻は高く、眉間から鼻先まで鼻筋が通っていて、口は鼻との距離が近く、赤い口紅がとても美しかった。
おしとやかに見えるのに笑いたいと思えば遠慮なく笑うが、相手を不快にさせるような笑い方をしない、魅力的な女性だった。
彼女が誰なのか彼は分からなかった。彼は町で働いているが彼女を見たことは一度もなかった。
「それで、寝ていたのは分かったけど、どうしてこっちを見ていたの?」
誰だって覗き見られていたら面白くなく、彼女もまた例に漏れなかったが、それでも彼の顔についた腕や涎の跡があったのは場の雰囲気をだいぶ和ませることに大いに貢献した。
もしそれらがなかったら女を覗き見ていた気味の悪い男という印象だけが強く残ったことだろう。
「ごめん。覗くつもりはなかったんだ。何か話し声がするなと思ったんだけど、その割に声が一つしかないからおかしいなと思って、それで…。」
覗くつもりはなかったものの、結果的にそうなってしまったから、我ながら情けないことをしてしまったものだと彼は自分を責めながら話していたが、覗いていたと彼女がまだ断定せずに『見ていた』という言い回しをしてくれたのには少しだけ救われた気がした。
彼女が意識してそう言ったのかは分からなかったが、無意識にせよそういう言い回しができることが素敵だと彼は思った。
「嫌だわ、声まで聞かれちゃっていたのね?恥ずかしいわ。」
彼女の顔は赤くなり、それを隠すように両手で顔を覆った。
「おかしな女だと思ったでしょう?」
おずおずと聞く彼女は、まるでか弱い小動物のようでとても可愛らしいと彼は思った。
「とんでもない!僕なんか、しょっちゅう一人で話してるよ!」
一人で話しているなんてまるで彼はおかしな人間だと言っているようで、失敗したと彼は反省した。
しかし彼女は彼を変な目で見るどころか、その目は温かく、『大丈夫よ。しっかり聞いてるから、お話を続けてちょうだい』そう言っているように彼には感じられて、言いたかったことを改めて言葉にしてみた。
「その、独り言をぶつぶつ言っているわけじゃなくて、えっと…君みたいに花とか生き物とか靴とか。」
またやってしまったと彼は思った。どこの世界に靴に話しかける人がいるんだと彼女に笑われてしまうかとヒヤヒヤしていると、違った反応が返ってきた。
「まあ、靴にも!何ていって話しかけるの?」
興味をそそられたらしく、身を前に乗り出した。
彼の話に興味を持ってくれる人がいると思わなかったので、彼は嬉しく思った。