贖罪2
子供のころから靴が好きだった彼は、それに関わる仕事がしたいと思って靴屋になった。
靴のこと以外の必要な会話をすることがなく、愛想が良くないと思われていたが、腕がいいと評判だったので商売に困ることはなかった。
靴を修理したり、磨いたりしてお客さんに喜んでもらうのは好きだったが、それよりも靴が綺麗になっていくのを見る方がもっと好きだった。
彼には変わっているところがあって、それは一人でいるときに靴に話しかけることだった。
「今日はたくさん歩かせて疲れただろう?ごめんね。」
自分の靴ならこんな風に話しかけた。
「こんなにボロボロになるまで放っておかれて可哀想に。大変だったね。」
お客さんの靴にはこんな具合だった。
彼が話しかけるのは靴だけではなかった。動物や鳥のような生き物から草木や花のような植物にも話しかけた。
そんな人を彼は他に見たことがなかったので、そうするのは誰もいないところでと気を付けていたのだが、それでも見られたり聞かれたりしてしまうことがあって、変わった男だと皆から思われていた。
彼の生き方を退屈だとか変わり者だと彼らは言うけれど、友人と酒を飲みに行ったり、女と話したりといった皆が好むようなことが彼は楽しいと思わず、自然や動植物たちとの関わりが彼の心を満たした。
だが一方でそれが全てではなく、何かが欠如している気もしていた。
例えるなら、今の住まいは居心地が良く申し分なく、引っ越す気など毛頭ないが、ここではないどこかに、まだ彼が見つけていない本当の家がある、そんな感じだった。
それは不快感などではなく、なくても困ることはなかったため、それが何かを探そうとも、欠如を埋めようという気も起らなかった。
建物が立ち並ぶ無機質な町が嫌いで、町から歩いて1時間30分ほど離れたところにある山の麓に彼は暮らしていた。
そこは川が流れていて、黄色や赤色が一面に広がった花畑もある美しい場所だった。
5年前に別の土地からやってきた彼はこの場所がすぐに気に入って住み始めた。
仕事が終わってからや、仕事が休みの日には川沿いを散歩したり、花畑へ行ってみたり、山の斜面の芝生に寝っ転がって移り行く雲を眺めながらのんびりと過ごす時間が好きだった。