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パスを受け取ると少しドリブルしてから高くジャンプ、そしてそのまま空中でシュート体勢に入ると、正木はかなりのスピードでシュートした。バスッと古びたネットの乾いた音が後輩達の耳に響いた。
サウスポーの正木は、ゴールの右の方からキレのある、誰もが見惚れてしまうような美しいフォームでシュートを放った。
「かっこいい・・・。」
勇利は声に出さずにはいられなかった。
なんだよ、かっけーじゃないかよ、かっけーよ先輩・・・ずるい・・・。
その一投だけで勇利の心は簡単に奪われ、だから、その後はあまり練習に集中出来ず、脳内で正木の残像と鈴宮夏子の残像とを、交互にフラッシュバックさせるだけになってしまった。
「お茶飲んでー。」
そう指示が出されると、勇利達見学者の元へ正木ががわざわざ来てくれた。なんだかんだと面倒見がよいのだろう。
「あ、そういやお前、名前なんてーの?」
「僕は宇野勇利です。」
「かっこいい名前じゃん。俺は正木。正木聖也。よろしくな。夏子さん帰っちゃった?」
「えっと・・・。わからないです。」
ぷっと正木は吹き出して答えた。
「あのね、わかるよ、宇野君達の言いたいこと!」
それから小声で言う。
「言ったでしょ?ナツコはデラックスだって。あ、でもね、惚れちゃだめだよ。内緒だけどさ、部長の女だから。」
正木はいたずらっぽくクックと笑うと更に話を続けた。
「実は俺もね、2年前、この手にひっかかったんだ。だから俺の入りはこんな感じ。でもさ、俺さ、ハンドボール大好きなの。楽しいよ。一緒にやろうよ。」
そう言うと正木はまた練習に戻った。そしてその姿を眺めながら勇利は自問自答した。
ルールなんて知らないんだけどさ・・・。俺、ハンドボールは好きですか?正木さんは好きですか?いたずら小僧のまんま大きくなったような人なのに、コートではめちゃくちゃかっこいい。
うん・・・。俺は、正木さんが好きです。だから、一緒にやりたいです!
見学初日にして早くも、勇利は正木の所属するハンドボール部への入部を決意した。