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帰宅しても押しつぶされて眠れなかった。
‘聖也さんのエッチ!’
あんな風にビンタされる方が救われた。ただあれが大人になり始めたばかりの少女の純粋な反応なのだった。
何の涙?嫌だった?けど嬉しいって言ってたよな?よほどせんべい買えて安心したのか?
後悔しても後の祭りで絶対に告白だけで止めるべきであったのは聖也だってわかっている。でも言い訳ではないけれど、好きな女の子のあんな健気でいじらしい姿を投下されて、焼け野原にならない男なんて皆無だ。
そうだけど、わかっているのに、こんなに好きなのに、誰よりも大切にしたいのに、きっと傷付けて、まさに気分も状況も底辺で、それに混乱しているのは水樹の方だろうからと身勝手に心配になり、謝りたかった。
そのままほとんど睡眠は取れずに午後学校へ行きクラブの模擬店を覗くと、そこでは水樹達1年生が今日も忙しそうに働いていた。
本音を言えばまだ会うのは気まずかったが昨日の夜の気持ちは本物だし、自分が彼女を苦しめているならば、このままあやふやにフェイドアウトさせるわけにはいかない。
「おーっす。」
「あ、正木さんっ。ちーわーっす。」
そして即刻でひるむ。水樹とは目が合わない。
「一枚買うわ。」
聖夜は5千円を差し出した。
「釣りいらねーから。」
「ま、まじすか!?さすがっす。」
「久しぶりですね。」
「おー留守にしてて悪かったな。俺明後日からまた練習行くから。そん時羽柴だけ超しごく。」
「え、えー。」
その決まりきった絡み具合に瞬介と聖也と皆が笑い、聖也の視界の端に存在させていた水樹も微笑んだ。
それから聖也は、自分の方を見ずに下を向いて作業をしている水樹にギリギリの思いを届けた。
「ごめんな・・・。俺、待ってるから・・・。」
その言葉を瞬介は理解出来ない。
「待たせちゃってすいません。お待たせです。プリップリの玉子乗せときましたっ。」
玉子にプリップリはおかしいだろ、と、聖也はせんべいを受け取ると手を一振りして店を離れた。
「お金、貰いすぎだよね?お釣り返す?どうする?それかさ、お礼に余ってる飲み物渡してきたらどうかな?」
聖也が去った店から水樹が飲み物を持ってくるという口実でOKの返事を届けにくる、なんてそんな都合のいい妄想を聖也がするわけもなく、歩きながら一人で食べた。
熱っちいなばっか超うまいじゃん・・・。
玉子の焼き加減が神業すぎて、そりゃあバカ売れするよな、と聖也は深く納得した。




