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「な、なんでいんの?」
水樹と自分との距離を一人よがりに設定して感傷に浸っていたので、聖也は水樹の接近に気が付かなかった。そして何も知らない水樹は笑った。
「ずっと同じ部屋にいましたよ。気が付いていなかったんですか?」
そうではない。実際ミーティング中も聖也はガンガン見ていたのだ。
「あ、嫌、悪い、そういう意味じゃ・・・。」
そして聖也は気持ちを仕切り直した。
「んでどした?」
水樹と話す時は、これが水樹ではない女だったらどういう風な態度を取るかを意識して接しているややこしい聖也がいる。そして水樹がこしょっと小さい声で話をしようとしたので顔が近付いた。
な、何だよ・・・?
ドキドキなんてした事はない。
「あの、左肩、大丈夫ですか?」
「えっ!?」
聖也は水樹の顔をばっちりと見つめて声を発した。
「ペナルティスローの時投げ方に少し違和感がありましたし、試合終了後も左肩を気にしているように見えました・・・。」
おまえっ・・・。
これくらいで喜んだりなんてしなかったが、聖也は耳だけを赤くさせ、水樹から目を逸した。
「よ、よくわかんな、見ててくれたんだ。」
「正木さんが見とけって言ったじゃないですか。」
よく見せる水樹の不思議がる顔も好きだ。
やばい。かわい過ぎる。超嬉しい。抱きしめたい。抱きしめるなら今しかない。と水樹の素直さがたまらなくて、聖也の赤い部分がどんどん増えていく。
「肩回したりしてるけどさ、今んとこ大丈夫そうだわ。」
「私も小、中学と球技をしていたので気になります。あの、湿布だけでも貼っていいですか?」
この時聖也は嬉し過ぎたのだ。だからふざけてしまった。
「んじゃあさ、水樹が貼ってよ。」
聖也はザバッと着ていたTシャツを脱いで後ろを向いた。
何脱いでんだ俺・・・。
ドック、ドック、ドック・・・。と心臓の音が爆音となり、そして妄想した。
これってこのまま後ろからハグしてくるシチュエーションなんじゃねーの?俺、水樹に湿布貼ってもらってさ、それお守りにして明日闘うからよ。
「聖也君お疲れ。」
ペタッ。
ペタッ?聖也には何もわからなかった。それから冷やっとして聖也の体が震えた。
「何、肩筋肉痛?大丈夫?今日は熱い試合だったもんね。聖也君かっこよかったよ。俺、泣きそうになったよ。ていうかちょっと泣いてたし。」
このギャグ漫画によくあるお約束のシーンに聖也は憤慨した。
「水樹ちゃん、妊娠するからこの人に触んない方がいいよ?」
「えっ!?」
水樹は一歩後ろに下がる。
そして聖也は言葉には決してならない魂からの怒りでワナワナと震え顔を般若に変えて勇利を睨みつけた。
この後勇利の息の根を止めるのに1分も要さなかったが、聖也が再び彼女に湿布を貼る事をお願いしようとしてみても、愛しのあの娘はもうこの場所にはいなかった。




