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「ごめん、ちょっと考え事しててさ、ノックすんの忘れちった。」
「いえ、私も髪がまだ濡れていたせいか、間違えてしまいました。あは、まだドキドキしています。」
「たださ、俺が言うのも変なんだけどさ、鍵なんで掛けてないの?」
「はい。夏子さんが鍵持って行ってなかったんです。」
「そっか・・・。水樹、怖がらせてごめんな。」
ポンッ。聖也が水樹の頭をそっと撫でると水樹はビクッと少しだけ震えて動かなくなってしまった。聖也はハッとする。
やばい・・・。もしかして男に触られた事ねーの?
でもそれは違った。やばくてまずいのは聖也の方だ。聖也の方こそいちいち反応してしまい水樹に振り回される。それにこの状況も良くはない。聖也もやっと反省し直し、気持ちを明日の試合へと切り替え水樹に触れた手を離した。
「そ、そうそう明日さ、前半と後半の終了3分前にさ、声出して教えてくれないかな。」
「はい。わかりました。明日精一杯応援しますね。」
「ああ。」
聖也は高揚し、水樹で満たされていくのを感じながら改めて決意した。
見てろよ水樹。俺、明日やってやるから。その場所にいるどんな奴よりもさ、俺絶対高く跳ぶからよ。
けれど勝ちたいのは、何も水樹の為だけじゃない。聖也だって水樹に出会う前からもうずっと、勉強よりも恋愛よりも、ハンドだけは真面目にやってきた。ハンドはもう、聖也の全部だ。そして今度は水樹が話し出した。
「正木さん、ちょっ待っていて下さい。」
水樹は一度この場を離れ、そしてすぐに戻ってくると嬉しそうに紙切れを差し出した。聖也は受け取り紙切れに乱雑に書かれてある文字を読んだ。
‘目指せ全国日本一!一緒に夢を追いかけたい!!by勇利’
「何これ?」
「宇野さんが私を勧誘してくれた時に書いてくれたんです。宇野さんも応援しています。頑張って下さいね。」
勇利のやつ・・・。
勇利の気持ちを背負い、聖也は一段と身を引き締めた。聖也の闘志に勇利の気持ちも追加されたのだ。
「水樹、ちゃんと見とけよ。」
水樹は不思議そうな顔をしてから、続けて元気に返事をくれた。
「はいっ。」
優しく微笑む水樹と照れてまた顔を背ける聖也。気持ちが通じ合った気がして聖也は幸せだった。それに勇利の好きな人は一途に同じだったから、どうして水樹がこの紙切れを今ここに持っているのかを想像しようともしなかった。
もしもこの時もっと冷静に違う角度で聖也が水樹を見ていたら、この先も二人はいつまでも良い先輩と後輩のままでいられたのかもしれないのに、とは水樹でいっぱいになったばかりの聖也が思わないのも無理はなかった。




