40
マネージャーの部屋は一つ下の階の一番奥にあり、聖也は階段を下りると階段の前にある備品類が収納されているスペースを通り過ぎようとした。
ん・・・?誰かいる・・・?
人の気配に気が付き、首を左に傾け中の様子伺うと、話し声がもっとクリアに聞こえてきた。どうやら誰かが携帯電話で電話中のようだった。
「大丈夫大丈夫、泣くなって・・・。泣くなよ、仁美・・・。」
勇利・・・?
聖也は中にいる人物が誰であるかを簡単に識別し、そして自分の持つ引き出しの中身をかき集めて情報を整理した。
‘仁美’って確か勇利の好きな女だよな・・・?そっか。もうそんなとこまでいってんだ。一途過ぎてまじでお前きもいよ。
皮肉を込めた後は本心で思う。
良かったな、勇利。
勇利に気付かれないように、足音も消してその場を離れ水樹の部屋まで真っ直ぐに歩いた。そして聖也は、ドアの前で小さく深呼吸してからドアに手を掛けると、明日の事で水樹に用があるのは本当だしと自分に言い聞かせてドアを開けた。
「水樹ー。」
「ひゃあっ。」
水樹は叫ぶと慌てた様子で上半身を両手で覆ってしゃがみ込んだ。その行動は恐らく女の子ならば無意識にしてしまう反射行動なのだろう。当然聖也は混乱した。
えっ?えっ?えっ?何?風呂上がり?えっ?
聖也は赤面してこれもまた反射的に顔を逸しそして告げた。
「はっ、あ、ごめんっごめん!ほんとごめんっ。」
水樹に会うと思うと色んな感情が忙しすぎて、聖也はノックをする事をつい忘れてしまったのだ。
「あっ。」
「えっ?」
「すみません正木さん・・・。私、服着てました・・・。」
水樹は立ち上がると両手を広げて聖也に見せて示した。
はっ?
「えっと・・・。」
少しの間無言が続いた後に聖也はたまらなくなって豪快に吹き出した。
「ぶはっ!」
水樹もまた笑い声を出す。
「あははっ。」
「ちょー、お前なんなの。」
あー、もー、なんかわかっちゃったわ俺。と聖也は眉間に力を込めて湧き出す感情を受け入れた。
「なんか、ありがとな水樹。」
意味がわかるわけもない水樹の顔は不思議そうにキョトンとし、そしてこの温かい空間にほんの少し前までガチガチだったはずの聖也の心と体が丁寧に順序良くほぐれていく。
その音にいつまでも酔いしれていたいと思うのは、水樹が自分の何か特別な存在だったりするからなのだろうか、と、聖也は水樹の目を見ながら彼女への愛しさを素直に受け入れた。




