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「はい。」
女性の声がした。
「夜分にすみません。私は明人さんのクラスメートの立花と申します。どうしても渡さなければいけないものがあり伺いました。」
「あー!あーごめんね。飲みに行くって留守なの。」
そんな。またすれ違った。本当にいないなんて。と目の前が暗くなった。
「ちょっと待っててくれる?」
言われた通り待っていると、わざわざマンションの玄関前までお母さんが来てくれた。
「お化粧もしてなくてごめんね。明人の彼女かな?」
「え?あ、はい・・・。」
自分が紹介されているとは思わなくて嬉しかった。
「初めまして立花水樹です。あの、これ、誕生日プレゼントなんです。明人さんに渡しておいて貰えますか?」
「わあかわいらしい。ほんとこんな日に彼女を置いて出掛けるような無愛想な息子でごめんね。でも立花さんのおかげかな。最近はほんの少しましになったんだよ。」
「いえ。約束もしていないのに勝手に来たんです。遅くにすみませんでした。失礼しますっ。」
そして翌日のお昼過ぎに明人から簡単なお礼のメッセージが届いた。でも足りない。以前の明人なら、すぐに飛んできてぎゅっとしてくれたに違いない。明人は本当に変わってしまったのだろうか。
それ以降も明人とは時々しか会えず、いくら待ってみても水樹の思う二人の夏は始まらなかった。
それでも明人は相変わらず自分が起きてから水樹を迎えに行った。それどころか今日のデートはもう夕方だ。明人には、これが酷い事なのかどうかすら麻痺してわからなく、そして運転しながら水樹との事を考えた。
新しい街で一緒に暮らしたい。そう願う自分の彼女と何一つ想像出来ない自分がいる。
仕事は?家は?答えはない。
これからもずっと一緒だよ。ささやいている時は本気でも、現実になると水樹から逃げて友達と飲みに行ってばかりで、更にはたまのデートは義務感と性欲処理という状態で、次第にそれすらも嫌になり社会人の友達の目線で冷淡に自分を見るようになっていた。




