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おもいでにかわるまで  作者: 名波美奈
第三章
141/263

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水樹は情けなくて恥ずかしくて皆に悪くて、少しだけ泣きそうになりながらベンチに戻った。すると、次のバッターの明人とすれ違ったのだった。


どうして?待っていてくれた?まさかね。と水樹が不思議に思いながら明人と目を合わせると、明人は無表情のまま水樹のキャップ帽を上から優しく抑えてくれた。これくらいで泣いてるわけではないのだけれど、赤くなりかけた水樹の目を隠そうとしたのだと水樹には伝わった。そして、優しい明人にまた心配掛けて悪いと思った。


「ナイバッティン。大丈夫だよ立花さん・・・。だから今度はしっかり俺を見てて。」


帽子のせいで明人を見る事は出来なかったけれど、明人は小さい声でそう励ましてくれた。その時、トクッ・・・と水樹の胸の音がした。それから水樹はベンチに戻りきる手前で、帽子を上げて立ったまま明人を祈るように見た。


頑張れっ。頑張ってっ。長谷川さんっ。


水樹は応援し、そして明人のまた初球だった。明人が上から叩きつけた打球は綺麗にライトの頭を超え、ランナー全員が一斉に走り出し、二人ホームに帰ってきた。


ツーベースヒットであり、2得点し、逆転だった。その打った本人の明人はセカンドまで走り、大はしゃぎする訳でもなく、でも凄く爽やかに軽く微笑んで立っていた。その姿がとても綺麗で、水樹はありがとう、と感謝の思いを膨らませた。


トクッ・・・。また音がした時に水樹は落ち着いていた。もう勇利と出会った時の15歳の子供じゃないのだ。水樹はこの胸の音の正体をちゃんと知っている。


それとは別に、好きな人がいるのにこんな音なんか出して、何やっているんだごめんなさい、と自己嫌悪もした。水樹は勇利以外の人を少しだけれど初めて意識したのだった。


そしてこの罪な瞬間に気付いていいのか今日の不純な水樹にはまだわからなかった。

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