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その意味

 

「こうしてついに主人公とヒロインが出会う訳ですね? ですがその第一印象は最悪と言うか……まぁ、色々な作品でもこういう展開は見受けられます」

「そうですね」


「ですが、それにしても主人公にとっては傷付いた場面で更に追い打ちって感じですよね? このタイミングで、こういう出会い方をさせたのも理由が?」

「勿論。この日を、葵日向の明確なターニングポイントとして書きたかったんです」


「ターニングポイントですか……」

「坂城さん。記憶に残る事って、具体的にどんな事でしょう?」


 少し前かがみになりながら、突然問い掛けてくる先生。

 記憶に残る? 記憶って記憶の事だよね。普通に答えても良いなら……面白い答えは期待してないよね?

 いきなりの言葉に一瞬そんな事が頭を過ったけど、とりあえず無難に正解と思われるものを答える事にした。 


「記憶ですか? 私、記憶力は無い方だと自負してます」

「自負って……面白いな」


「いやぁ、自己分析は大切だと編集長に言われまして。けど、そんな私でもずっと覚えている事があります」

「それって、どんな事かな?」


「えっと……1つは家族旅行ですかね? 毎年とは言いませんけど良く行ってました。楽しくて……その記憶なら3歳位に行った時から全部覚えてます」

「凄いなぁ。他には?」


「他……ですか? あっ……これは決して良い記憶じゃないんですけど……」

「何かな?」


「えっと……保育園の年長の時、お泊り会があったんです。それで夜には肝試しっていうのが定番だったんですよ。真っ暗な園舎を1人で歩いて、奥の遊戯室にある帽子を取って来るっていう……」

「お泊り会で肝試しは定番だよね」


「はい……でも実際それまでお化け屋敷とか入った事なかったんですよ。絵本で見てただけで……それでも皆の前では余裕ぶって、いざ向かったらいきなり現れた白い物体に驚いちゃって……」

「おっ? 泣いちゃった?」


「泣いちゃっただけなら良かった……です」

「ん?」


「うぅ……その…………漏らしちゃったんです……」

「もっ、もら……」


「ははっ……今でも鮮明に覚えてますもん。怖いのと漏らしちゃった恥ずかしさで大号泣です。それにそれ以来お化けが無理になりました。大嫌いです。ホラー映画とか絶対無理です! トラウマですよトラウマ!」


 って! 何私そんな事先生に話してんのっ! しかもお漏ら…………くぅ、絶対先生引いてる。引いてるよぉ。


「そっかぁ。それは嫌でも覚えてちゃうよね」


 あれ、普通?


「だからこそ、症状の発覚とヒロインとの最悪な出会いを重ねたんだ」


 だからこそ? ……そうか!


「もしかして楽しければ楽しいほど、辛ければ辛いほど記憶に残るって事ですか? そして主人公にとってその日、その出来事は嫌でも記憶から消えないトラウマのようなもの」

「正解。自分の意図とは違うかもしれないけど、これだけのショックを受けたら忘れられないよね? だから作中にも書いたんだ。ヒロインと出会った瞬間の事を忘れられるはずがないって」


 なるほど……その事を主人公が語る事で、どれだけ大切で大事な記憶なのかが理解できる。


「そういう事ですか!」

「ちょっと苦しめ過ぎちゃったかなとは思ったんだけどね? この後の事を考えると」


「確かに……でも、その痛みあってこその物語ですよ? 記憶があるってのは、この作品にとって重要な事ですし」

「そうかな。なら良かったよ」


 自分でいうのもあれだけど、私はこの作品のテーマは記憶だと思ってる。だからこそ、先生がターニングポイントだと言ってくれたおかげで、より主人公とヒロインの出会いの場面に意味を見出せた。っと後は……あれだ。


「あっ、それにしても先生? 私が初めて読んだ時、てっきりサッカーの怪我で病院にリハビリに行く。その最中ヒロインと出会って……って感じだと思ってました。でもまさか主人公が……しかも若年性アルツハイマー病とは……」

「最初に目にしたら誰でも、ん? って思うよね?」


「だから私調べました。もちろん、取材のOK貰ってからもっと詳細に調べました。まぁネットなんですけど……名前と具体的な事は知ってても、詳しくは知らなかったもので」

「流石、勉強熱心だね」


「とんでもないです。それにしても、主人公は若年性アルツハイマー病による軽度認知障害と診断されましたよね? まず若年性アルツハイマー病というのは65歳未満で発症する認知症の事で、40代50代が多いと言われてます」

「うん。そうだよ」


「だから高校生がなるのは現実味が……って声も、ネット等では見られました。でも、いざ調べてみると……居るんです。極々わずかですけど、10代で発症している方が。だから決して有り得ない話じゃないんです」

「自分もそこまでは調べたよ。もしかしたら、日本のどこかでこんな経験してる人が居るのかもって。それだけでも、十分リアルに感じたんだ」


「そうなんですよね。でも、主人公が診断されたのは若年性アルツハイマー病による()()()()()()です。通称МCI、認知症の一歩手前という状態で、つまり正確には認知症を発症してはいない……と」

「その通り。一歩手前、発症はしてない状態」


「ですよね? でも文章を見る限り、主人公は……」

「ははっ、勘違いしてるね」


「やはりっ! 自分が既に若年性アルツハイマー病だと思ってると」

「この段階ではね。もし自分が高校生で、いきなり不意打ちでこの病名言われたらどうなるかなって考えたら、たぶん前半のアルツハイマーってとこに集中しそうだなって思ってね」


 分かる気がする。いくら専門的な事を知らなくても、高校生ならアルツハイマー病って言葉と、大体の症状は知ってるはず。だったら、もし自分がそう診断されたら、もっとも残るのは……


「なるほど……そしてそんな恐怖と不安に戸惑っている中で、ヒロイン匙浜花との最悪な出会い。それでますますドン底に落ちて行ったという感じですかね?」

「彼の気持ちを考えるとキツイですが……その通りです。若年性アルツハイマー病だと言う誤解が、根深く刷り込まれた」


 けど、先生は言った。この出来事が主人公にとってのターニングポイントだと。まぁまさしくその通りなんだけどね? 辛い展開は続くけれども……


「でも結果として忘れられないものとなった。読み返すと感慨深いものが有ります。初めて読んだ時はちょっと不安になりましたよ」

「ちょっと表現が強過ぎましたかな?」


「いえいえ、とんでもないですよ。だって……そんな出来事があってこそ、始まるんですもん」



 高校生2人の淡い……日々が。


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