宿場町の夜
こんばんわ、夜神 衣千伽です。
今日は五日ぶりに町で宿泊です。
そして、現在は宿の酒場でディナータイム。
ただ、残念ながら味は、アン・ズーの方が格段に上だね……。
オレは薄味の料理を口にしつつ、アン・ズーを見つめる。
優雅にエールを口にする彼女も、また美しい……。
ちなみに、悪魔は食事が不要だけど、人前では食べている。
身バレ防止が目的だが、一応は味もわかるらしいよ?
「ふふふ、酒場は情報が集まりやすくて良いですね」
アン・ズーの視線にドキリとする。
ただし、アン・ズーの意識はオレに向いていなかった。
オレ達の周囲で、数組の宿泊客が食事を楽しんでいる。
彼等の多くは行商人で、酒を飲んで盛り上がっていた。
そう、アン・ズーの耳は、周囲の会話に向けられているのだ。
流石に悪魔だけあり、彼女の耳は地獄耳みたいだね!
……っとまあ、こんな状況です。
オレは邪魔にならない様に、一人黙々と食事を続ける。
「ふむ、この先の街道に魔猿が出没している様ですね。行商の邪魔になっていると、商人達が愚痴っております」
……魔猿?
それって、魔物になった猿の事かな?
もしかして、修行の一環で倒すのかな?
それとも、まだオレには早いのかな?
「確かに、初の実戦には良いかもしれません。少々ここでお待ちください」
そう言うと、アン・ズーはカウンターに向かう。
そして、酒場の店主と会話を始めた。
アン・ズーの言葉に、店主は黙考する。
それから、アン・ズーを値踏みする様にジロジロ見る。
……ちなみに、いやらしい視線ではないよ?
続けてオレの事も観察してるしね。
どうやら、交渉は成立したみたいだ。
店主が頷くと、アン・ズーが引き返して来た。
「やはり、町長から駆除依頼が出ていました。町長には店主が話を付けてくれるので、我々は実践訓練のついでに路銀も稼ぐと致しましょう」
ほうほう、流石はアン・ズーさん。
こういう所も抜け目ないよね。
とはいえ、依頼は町長なんだね。
冒険者ギルドとかはないのかな?
「冒険者という存在がいませんからね。依頼を受けるなら傭兵ですが、傭兵団はあってもギルドを結成する事はないでしょう。それと、小規模なら町長が予算から、大規模なら領主が町長経由で依頼を出す事になります」
ほほう、なるほどねー。
まあ、領主が税金を取るのも、住民を守る前提があるからだし。
それと、冒険者がいないのは残念だけど、現実だと怖くて冒険なんて出来ないしね。
「なお、魔猿の規模は二十匹程との事です。報酬は――ご主人様の国なら、ボスの魔猿が十万円。取り巻きの魔猿が一匹五千円の換算になります」
全て倒すと約二十万円か。
高いと思うか、安いと思うか、判断が難しいな……。
「実力者からすれば良い小遣い稼ぎという感覚。腕に自信が無い者には、割に合わない金額といった所でしょうね。まあ、ワタクシがサポートすれば、ご主人様でも何とかなるでしょう」
いや、何とかって……。
それ、無傷とはいかない奴じゃないの……?
そもそも、魔猿がどんな存在かも、オレは理解してない訳だが……。
「魔猿はボスが魔法で群れを制御し、取り巻きが探索と武器の役割を果たします。巧みな連携が厄介ですが、その連携を崩れせれば、ただの猿と大差ありませんね」
随分と自信がある様だし、魔猿は脅威では無いのだろう。
アン・ズーさん的には、ね……。
そういや、魔物って他にどんなのがいるのかな?
「アルビオンでは魔狼が居る程度でしょうか? 魔猿も本来はアルビオンにおらず、海を渡って来た群れとなりますが……。あと、ネズミや猫等の小動物は滅多に魔化しません。王者である熊は、魔化せずとも頂点に君臨していますね」
……うん?
魔物でない、普通の熊が頂点なの?
それって、熊が強すぎってこと?
魔化が大した事が無いって事なの?
「よくお考え下さい。ご主人様は剣一本で、熊に勝てるとお思いですか? 多少の剣技では、傷を与える事も困難なのですよ?」
言われてみれば、熊に勝てるイメージが沸かない。
シミター先生の力を借りても、無理なんじゃないの?
銃が使えれば別だけど、刃物で挑む相手じゃないよね?
魔法が使えたら、どうかわからないけど……。
「そういう訳で、熊に出会ったら逃げましょう。今の我々では太刀打ち出来ませんので」
キッパリと言い切るアン・ズー。
その表情は真剣で、いつもの笑みは無い。
うん、熊がヤバイのはわかった。
ただ、この胸のモヤモヤは何なんだろうね……?
<蛇足な補足>
・冒険者ギルド(組合)って、冒険者が数多くいて、
一つの職業として成り立っていないといけない訳です。
ゲームなら良いのですが、現実ではハンターか傭兵ですよね?
・剣や刀で猿や狼なら、まだ何とかなると思うんですよ。
けど、熊を刃物で倒すには、肉の鎧が硬すぎますよね?