黄金の過去
アン・ズー復活で、クシュ王国での用事は片付いた。
細々とした事後処理は、ラダメスさん達に引き継いで貰った。
その為、オレ達は明日にはエジプトへ向かう予定だ。
今夜はこの国で過ごす、最後の一夜なのである。
そんな夜に、アン・ズーはオレ達全員を部屋に集めた。
その部屋が、オレの寝室なのは謎であるが……。
「もう少しでエジプトに入ります。その為、皆様には、ワタクシの過去を語っておきます」
「ライラ様の過去ですか……?」
ラザーちゃんが不思議そうに首を傾げる。
オレと左隣に並んで、オレのベッドに腰かけながら。
「もしや、それは五十年前の旅でしょうか?」
何かを察した様に、ゾラがアン・ズーへ問う。
オレの左隣に並んで、オレのベッドに腰かけながら。
「ええ、その通りです。ワタクシの過去には、ファラオが関わっています。エジプトではまず間違いなく、ファラオと対面する事になるでしょう」
オレ達の前に椅子を置き、そこに腰かけるアン・ズー。
彼女は説明の為、オレ達と向き合うを取っている。
この配置は別におかしくはない。
おかしくは無いのだが、何となくソワソワする……。
「そして、この話を始める為、我が友の事を語りましょう。我が黄金の君――アラジンの事を」
……は? アラジン?
それってもしかして、アラジンと魔法のランプの?
オレが疑問に感じていると、頭に否定の言葉が届く。
『いえ、アラジンとは崇高な者へ贈られる称号。その物語とはまったく関係ありません』
どうやら、アラビアンナイトは関係無いらしい。
恐らく、アン・ズーもランプに入ったりはしないのだろう。
というか、とうとう話してくれる訳だね。
オレの貸し与えられた、遺品の持ち主について……。
「アラジンはバビロニアに生まれ育った青年。大らかな心に、多くの才を持った英雄。ゆくゆくは王となる事を望まれた、高名なる人物でした」
国宝級って事で、青いペンダントを貰ってたしね。
薄々はわかっていたけど、本当に凄い人物だったんだ。
そして、アラジンを語るアン・ズーの表情でわかる。
その優しい笑みから、その友人が本当に大好きだったのだと。
「アラジンには夢がありました。世界中の人々を笑顔にしたいという夢です。その夢を叶える為、彼は旅へと出たのです。――ワタクシという精霊を同行者として」
精霊が同行者ってのは、やっぱり凄い事なんだろうね。
ゾラやラザーちゃんも、呆けた様な表情を浮かべているしさ。
「そして、バビロニアを出て、まず訪れたのがエジプトです。そこで我々は、現在のファラオである、トトメスと出会ったのです」
トトメスというのが、ファラオの名前みたいだ。
ファラオってのは、名前じゃなくて役職名みたいな物だしね。
そして、アン・ズーとアラジンは、旅立ってすぐに出会ったと……。
「当時のトトメスは若く、すぐアラジンと打ち解けました。そして、ファラオを目指す修行として、我々の旅に同行する事になったのです」
その当時はまだ、トトメスさんはファラオじゃなかったんだね。
確かに王様やってたら、一緒に旅は出来ないと思うけどさ。
「我々は五年程掛けて、アフリカを旅して周りました。数々の難題を解決し、多くの人々から感謝されました。その偉業は未だ、一部の地域では語り継がれている事でしょう」
アン・ズーの言葉に、隣のゾラが大きく頷いていた。
トゥトゥさん居たし、アシャンティ族では語り継がれていたのだろう。
「知恵と技に優れたアラジン。数々の魔法を使いこなすトトメス。怪力自慢のアン・ズー。この三人であれば、どの様な困難も乗り越える事が出来ました」
――ちょっと待った!
アン・ズーが怪力自慢って、どういうこと?
全然、イメージが出来ないんだけど……。
隣のラザーちゃんも、ポカンと口を開けている。
ゾラは何か知ってるのか、気にした様子が無いけれど……。
なお、動揺するオレとラザーちゃんを放置し、アン・ズーは説明を続けた。
「しかし、先代ファラオの寿命が近いと知り、トトメスとは別れる事になります。トトメスはエジプトに戻り、ファラオの地位を引き継ぎました。ワタクシとアラジンは、アフリカを離れて欧州へと向かったのです」
つまり、一緒に旅したのは五年間だけ。
ヨーロッパには一緒に行って無いって事だね。
まあ、国王を引き継ぐなら、旅は続けられないよね……。
「そして、ワタクシとアラジンは、欧州の旅を五年程続けました。各地で困っている人々の、その助けとなっていたのです」
うんうん、やはり前の旅もそんな感じだったのか。
今のオレ達の旅も、似た様な事はやっている訳だしね。
やっぱ旅をするなら、人助けをして感謝されないとね!
「……しかし、ある時、ほんの僅かな時間、ワタクシとアラジンは別行動を取りました。同じ町の中で、何かあればすぐに駆け付けられる距離でした」
……ん? もしかして、話の流れが変わった?
気が付くとアン・ズーの表情が無表情へと変わっていた。
「待ち合わせ場所に来ないアラジン。怪訝に思ったワタクシは探しました。そして、路地裏でその姿を発見したのです。――バラバラに切り刻まれ、変わり果てた友の姿を」
「――っな……?!」
その言葉に息が止まった。
余りの展開に頭が真っ白になってしまった。
アン・ズーの手が強く握られている。
その瞳からは、強い後悔の念が溢れていた。
だが、この場で最も動揺したのは、意外な事にゾラだった。
「そんな事が有り得るのですかっ?! アラジン様と言えば、伝説の英雄です! その様な実力者が、アン・ズー様に気付かれる事無く、暗殺されるなど……!」
確かにゾラの言う通りだ。
アン・ズーと別れた、僅かな時間で殺害なんて可能なのだろうか?
アラジンさんは、無抵抗で殺されたのか?
或いは、周囲に気付かれる事無く、一瞬で仕留められたのか?
伝説の英雄と言われ、数々の偉業を残す人物である。
アラジンさんより、更に上の実力者でも居たと言うのだろうか?
「真相はわかりません。ワタクシが気付いた時には、全てが終わった後でしたので……」
静かに語るアン・ズー。
その淡々とした口調に、オレは思わず喉を鳴らした。
いつものアン・ズーとは雰囲気が違う。
その氷の様に冷たい瞳には、確かに炎の様な怒りが宿っていた。
「――しかし、ワタクシはこう考えている。犯人は天使教の司祭達だと」
疑問に思う事はいくつもあった。
どうしてそう思ったのかや、その後にどう行動したのか等……。
しかし、オレ達は何も口に出来なかった。
アン・ズーから放たれる、恐ろしい程の怒りによって……。
そして、ラザーちゃんがそっとオレの手を握って来た。
その手は恐怖により、小刻みに震え続けていた……。
<蛇足な補足>
・アラジンと魔法のランプ
『アラビアン・ナイト』として最も有名な物語のひとつ。
西洋に紹介されたアラビアン・ナイトの訳本には、
この物語を含むものがあるが、アラビア語原典には収録されていない。
いわゆるorphan tales(孤児作品)の内の一つである。
『アリババと40人の盗賊』と同様に、
アラビアン・ナイトとは関係がないことが
ムフシン・マフディーの研究によって明らかになっている。
・アラジン
千夜一夜物語の登場人物として世界的に有名になったが、
元々はイスラームにおける功績を挙げ人徳に優れると
みなされた人物に贈られる称号であり、
歴史上の統治者・偉人らがこの称号を有していた。
後代になってから男性のファーストネームに転じ、
アラブ諸国やイスラーム世界における一般人の名前として
気軽に使われるものとなった。