異世界情勢
こんにちは、夜神 衣千伽です。
まだまだ、傷が痛みます……。
それと、昨晩は宿のベッドで寝れました。
今朝も美味しい朝食を頂けました。
これも全て、アン・ズー様のお陰です。
本当にアン・ズー様様です。
「ご主人様、何故その様に低姿勢なのでしょうか?」
「あ、お気になさらず」
アン・ズーは困った表情を浮かべている。
その様子を横目で眺め、オレは静かに視線を逸らす。
今のオレはベッドの上に座っている。
その隣で、同じくアン・ズーも座っている。
何故だか、肩が触れ合う位にピッタリと寄り添いながら。
……嫌ではないんだけど、少しばかり近すぎませんかね?
「ふふふ、それでは説明の続きです。まず、我々の容姿は、この地域では目立ちます。その為、南の国からやって来た、傭兵と言う設定と致します」
「南の国から……。って、そもそも、ここって何処なんですかね?」
昨日のマントさんや兵士さんは金髪だった。
それを考えると、ヨーロッパかアメリカだろうか?
そんなオレの意図を読み取り、アン・ズーは説明してくれる。
「ご主人様の世界で言えば、ここはイギリスとなります。しかし、ここでは島の名前がアルビオン。支配する国はイングランド王国となります」
「なるほど、イギリスか……」
中世ヨーロッパのイギリス。
確かにアジア人は珍しいんだろうね。
ただ、インドとか植民地を持ってなかったかな?
歴史で習ったかもだけど、上手く思い出せないな……。
「ヨーロッパの国々は、植民地を所持していません。特にイギリス、ドイツ、スウェーデン等は、魔王領と隣接しています。魔王軍の相手で、他国へ侵略する余裕などありませんからね」
「魔王領? それって、どこにあるんです?」
歴史を思い出していたら、唐突に魔王の領地が出現した。
オレの記憶の中には、当然ながら魔王がいた歴史等無い。
――あ、織田信長は第六天魔王って名乗ってたかな?
まあ、あれは例外という事で……。
「ご主人様の世界では、ロシアという国です。こちらでは魔王軍に占領されるまでは、モスクワ大公国という名前でしたが」
……って、マジかー。
ロシアは魔王に占領されちゃったのか。
とすると、隣接する国って意外と多いのでは?
中国とか、日本も隣接してた気がするんだけど……。
「こちらで中国は、秦という国名になります。それと、モンゴル帝国等も隣接国となっていますね。日本は大和国という名ですが、海を挟む為か戦闘はない様です」
秦って言うと、始皇帝が居た頃かな?
モンゴル帝国ってのも過去の栄えた時代?
ただ、大和国ってどの時代だろう?
今だと鎌倉時代から江戸時代の間辺りかな?
「あまり自国の時代で考えない方が宜しいかと。――さて、話を戻しますが、この国では我々の容姿が目立つという話です。その為、出身地を偽り、名も変える必要が御座います」
「出身地と名前?」
「はい、ご主人様の名前は、この国、この時代に相応しくありません。秦でも大和国でも、同様の名は見つからないでしょうから」
「なるほど……」
藤原とか平なら、この時代でも居たと思う。
貴族や武士の名前になるんだろうけどね。
ただ、夜神 衣千伽は無理があるだろうな。
過去にこんなハイカラな名は無いだろう。
「更に言えば、アジアからヨーロッパへの移動も無理があります。魔物が闊歩するこの世界で、それ程の長旅は通常行われません。命がいくつあっても足りないですからね」
「……魔物が闊歩してるの?」
異世界と思えば普通の話なんだろう。
けど今は、ヨーロッパやアジアの話をしていたのだ。
異世界と現実世界のハイブリッドで頭が混乱する。
何だかすっごく違和感を感じるんだよね……。
「少し誤解を解いておきましょう。この世界の魔物は、魔法により魔化した動物です。サルが魔化すれば、ゴブリンと似た魔物。イノシシが魔化すれば、オークに似た魔物となります。――もっとも、ご主人様の世界の呼び名は、この世界では通じませんけどね」
「なるほど……」
この世界には魔法の力がある。
だから魔物も生まれるという事なのだろう。
動物には人間程の理性が無い。
強い欲求により、魔法を使う事もあるのだろう。
「その様な状況の中、アジアの人間が来るとすれば、中東の傭兵くらいです。アラビアやエジプトなら何とか来れる距離。そして、腕の立つ傭兵は、魔王領に近い程に価値が上がりますので」
「ああ、それでこの格好なのか」
そう、今のオレはアラビア風の服を着ている。
残念ながら、三下っぽい見た目だけどね……。
そして、アン・ズーはその設定の為に、この服を用意して来たという訳だ。
「それと、ワタクシが傍に居れば、周囲の会話は翻訳してお届けします。話を聞くだけなら問題ない状況を作ります」
「マジっすか!」
いや、アン・ズーさん、本当に有能じゃない?
彼女に出会えて、本当にラッキーだった。
心の声が聞こえるアン・ズーさんは、苦笑を浮かべて肩を竦める。
「とはいえ、ご主人様の会話は不可能です。大陸共通語を教えるにも、時間が掛かります。……その為、ご主人様にはもう一つの設定を追加させて頂きます」
「もう一つの設定?」
魔法も万能じゃないって事かな?
アン・ズーみたいに、記憶のコピーが出来たら楽なのにね。
ただ、出来ない理由はわかる気もする。
普通にコピーすると、脳がパンクする気がする。
「ご主人様に追加する設定は、悪魔の呪いに掛かっているという物です。それにより、言葉を奪われたという事に致します」
「へえ、そういう設定がまかり通るんだ」
そういう事が出来る悪魔もいるのだろうか?
というか、アン・ズーさんは出来ないよね?
意味あり気にほほ笑むのは、やめて欲しいのだけど……。
「真偽は確かめようがありません。正しく言うなら、鑑定道具を除けば……ですがね」
「え? 鑑定道具を使うとばれるの?」
それって、オレの能力を見た奴だよね?
マントさんが、オレを無能と判断した時のさ……。
じゃあ、状況によっては不味い事になるよね。
使われる状況って、素性を疑われてる時だろうし……。
「ふふふ、そこでご主人様のスキルです。『偽装』のスキルは、ご主人様の望む情報を偽装するもの。名前や出身地も好きに見せる事が可能なのです」
「おお、そこで役に立つんだ!」
いや、本当に良かった……。
使い道のない、はずれスキルじゃなくってさ。
とはいえ、どうやってスキルを使うのだろう?
偽装する情報ってのも良くわからないんだけど?
「詳しい説明は後ほど改めて。取り急ぎの決定事項として、今後はご主人様がアルフ。ワタクシがライラと名乗る事にします」
「了解。アルフとライラね。ちなみに、アン・ズーは鑑定されても平気なの?」
アン・ズーにも似た能力があるのだろうか?
それとも、オレの能力が使えるのかな?
……等と、のんきに質問した結果、何やら地雷を踏んだみたいです。
「……ふ、ふふふ。面白い冗談ですね。ワタクシが悪魔とお忘れでしょうか? 人間如きの魔法が、悪魔であるワタクシに通じるとでも?」
「そ、そうっすね! アン・ズーさん、悪魔ですもんね! 効く訳ないですよね!」
アン・ズーさん、目が全然笑ってない。
どうやら、今のは悪魔相手には禁句っぽい感じらしい。
オレは背中をぶるりと震わす。
そして、この事を忘れまいと、硬く心に誓った。