最後の切り札
悪魔バフォメットと化した国王。
その手から巨大な火球が放たれる。
――そして、向かう先はオレ達の予想を外れていた。
「そんなっ……?!」
悲鳴を上げるアイーダ王女。
突然の出来事に、呆然と固まっていた。
それもそのはず。
その場の誰もが、その光景に戸惑いを覚えていた。
………アイーダ王女へ向けられた火球を、ラダメスさんがその身で防いだのだ。
「ゾラ……!」
「はっ……!」
しかし、皆が動揺する中、アン・ズーとゾラだけは行動を起こしていた。
魔人化による俊足の蹴りを放つゾラ。
アイーダ王女を捉えた兵が蹴散らされる。
そして、ゾラはアイーダ王女の傍で、彼女の身を守るべく周囲へ威嚇を行う。
エジプト軍も動揺を収めて支援に回る。
アイーダ王女を守る壁となった。
これで人質は取り返した。
なのに、国王はその事をまったく気にしていなかった。
「くくくっ、何とも愚かな事だ。だが、最大戦力を簡単に片づける事が出来た」
「くっ……」
その場に崩れ落ち、片膝を付くラダメスさん。
その全身が火傷状態となっている。
あの魔法で命があったのは流石だ。
しかし、もう戦える状況では無いだろう……。
そして、内心で焦るオレに対し、アン・ズーからの声が届く。
『ご主人様、あれは本物のバフォメットではありません。しかし、今の我々が勝てる存在でもありません』
……わざわざ、頭に声を飛ばして来た?
国王に聞かせたくない話だろうか?
アン・ズーは国王を見つめている。
オレも『偽装』スキルを発動している。
国王に気付かれぬ様に、二人の密談が続けられる。
『疑似的な精霊と化した状態です。あれに対抗するには、ワタクシの本来の力を解放する必要が御座います』
アン・ズーの本来の力?
アレに対抗する手段があるって事なんだね?
……ただ、声の雰囲気からして、余り使いたくない手段って感じがするね。
『はい、ワタクシの霊力を消費します。残り少ない霊力の為、バビロニアに戻るまでは、控えたい手段でした……』
霊力が何かは雰囲気で察しておきます。
それと、祖国に戻れば回復可能なんだね。
場合が場合だけに、躊躇ってる状況じゃないって事だね!
『ええ、その通りです。そして、限られた霊力を抑える為、ワタクシの力をご主人様へ託します。この力を、どうぞ上手く使って下さい』
――えっ!
オレがアン・ズーの力を使うのっ?!
そんな切り札的な能力を、ポンと渡されてどうにか出来るのかなっ?!
『ご主人様なら大丈夫でしょう。それと、シミターの力を存分に活用して下さい』
目の前ではラダメスさんが懸命に立ち上がっていた。
震える体に喝を入れて。
バフォメットが右手を掲げる。
そして、その指先に再び火球が生み出される。
絶体絶命とも言える状況。
そんな状況の中で、アン・ズーの力が流れ込んで来た。
『我が名はアン・ズー。我が加護を汝へと与えよう!』
その宣言により、オレの体に力が渦巻く。
魔人化とは違う、清涼な力が包み込む。
――そして、オレは精霊の力を、初めて理解する事になる。