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卑劣な手段

 クシュ国の王とエジプト軍の将。

 二人の攻防を、互いの兵が見守っている。


 そのハイレベルな戦いに手を出せない。

 オレ達では手助けを行えない為である。


 国王は魔法を交えた剣技で相手を翻弄するタイプ。

 搦め手を得意とするみたいだ。


 対するラダメスさんは純粋な剣術。

 法力により研ぎ澄まされた体術も巧であった。


 何とかその動きを目で追っていると、アン・ズーがポツリと呟いた。


「このまま行けば、ラダメス殿が勝ちます。勝利は時間の問題なのですが……」


 アン・ズーへと視線を向ける。

 有利な状況のはずが、その表情は曇っていた。


 何が問題なのかと疑問に思うと、アン・ズーはその答えも口にする。


「国王の表情に焦りが無い。押され気味なのに、どこか勝ちを確信している様なのです」


 アン・ズーは視線を戦いに向けている。

 眉を寄せながら、国王の意図を探っていた。


 しかし、相手も上級の魔法使い。

 その心までは読む事が出来ないのだろう。


 オレは再び戦いに目を向ける。

 アン・ズーの言葉を念頭に置いて観察してみる。


 国王は魔法の効きが弱く劣勢。

 ラダメスさんは余裕ある剣技で徐々に追い詰る。


 しかし、状況は拮抗している。

 その理由は、国王が逃げに徹している為である。


 積極的に攻め込もうとせず、攻撃を受け流す事に注力している。

 これではまるで、国王は時間を稼いでいる様ではないか……?


 ――と、オレが疑問に思った所で、国王が声を張り上げた。


「さて、遊びの時間は終わりだ! 貴様らの背後を見てみるが良い!」


 国王が大きく距離を取る。

 ラダメスさんは深追いせず、背後に視線を向ける。


 オレ達もそれに釣られて視線を向ける。

 エジプト軍の兵達の控える方へと。


 ……そして、兵士達が道を開き、その人物の姿を目撃する。


「――っ! なんと、卑劣な……?!」


 ラダメスさんが大きく叫ぶ。

 その表情は歪み、大きな動揺が感じられた。


 そして、オレも思わず歯噛みする。

 その有り得ない光景に怒りを感じて。


 ――そこには、敵兵に囚われた、アイーダ王女の姿があった。


「ふはははっ! アイーダと貴様らが繋がっている等、とっくに気付いておったわ! アイーダの命が欲しくば、大人しく投降するが良い!」


 勝ち誇った表情の国王。

 その剣を掲げると、敵兵も王女の喉元へ剣を当てた。


 ラダメスさんは視線を剣に落とす。

 そして、悔しそうに拳を握りしめていた。


 葛藤するラダメスさんを見つめ、アン・ズーが小さく呟く。


「例え国王を倒しても、アイーダ王女を失えば負けです。エジプトはこの国の侵略者となります」


 そうか、大義名分を失うのか。

 アイーダ王女の要請に応えて国王を討つという。


 統治者を失った国を放置する事も出来ない。

 それは、国に大きな混乱を呼ぶ。


 かといって、エジプトが保護しても同じ。

 侵略者の疑念を拭う事は難しいだろう。


 作戦の要はアイーダ王女の存在。

 その弱点を、国王は見抜いていたのだ……。


「さあ、投降して武器を捨てよ。兵達の命だけは、保証して……」


「――なりません! その様な甘言に惑わされては!」


 国王の言葉をアイーダ王女が遮る。

 毅然とした言葉で、その場に彼女の声が響き渡る。


 不快そうに顔を歪める国王。

 しかし、それを気にせずアイーダ王女は叫ぶ。


「父の望みはエジプトへの復讐! この場の全員の命です! 我々に投降という選択肢はありません!」


「黙れ、アイーダ! どこまでも、この私に歯向かうつもりか!」


 国王は激高して娘を睨む。

 その瞳には、肉親に向ける愛情等は一切無かった。


 そして、アイーダ王女も国王を肉親と思わぬ眼差しで睨み返していた。


「ここで父を倒さねば、この国に未来はありません! 私の命を捨ててでも、この戦いに必ず勝って下さい!」


「アイーダ王女……。そうだ、オレ達は勝たねばならぬのだ!」


 アイーダ王女の言葉で、ラダメスさんに闘志が戻る。

 彼は再び国王へ剣を構えた。


 その反応に国王の表情が歪む。

 憤怒のオーラを滲ませ、天に向かって声を張り上げる。


「……もう良い。この力を使いたくは無かったのだがな」


「――馬鹿な……!」


 国王の呟きに合わせ、アン・ズーが声を漏らす。

 その声には焦りが感じられた。


 オレは胸中に不安を抱え状況を見守る。

 すると、国王の体に変化が現れた……。


「我が真の力を見るが良い! 貴様等を滅ぼす為に、私は悪魔へ魂を売ったのだ!」


 頭部に黒い二本の角が生えた。

 その背中には、蝙蝠の様な羽も生え広がった。


 山羊の様な顔と巨大な体躯へ変貌する。

 額には五芒星の紋章が浮かび上がった。


 その姿はオレの知る悪魔その物だ。確かその名前は……。


「――バフォメット」


 声の主はアン・ズーだった。

 彼女は硬い表情で、変貌した国王を見つめていた。


 どうやら、アン・ズーも知る存在らしい。

 この世界にも、その名が存在したのだ。


 バフォメットと化した国王は、ゆっくり腕を掲げて宣言した。


「我が前に立つ敵よ、その悉く溶解するが良い」


 その指先に灯った種火が急速に育っていく。

 太陽を思わせる輝きを放っていた。


 そして、恐るべき熱量を感じさせる火球を、国王はすっと振り下ろした……。

<蛇足な補足>

・バフォメット

 テンプル騎士団が異端審問の際に崇拝しているのではないかと

 疑惑を持たれた(キリスト教徒が想像する)異教の神。

 黒ミサを司る、山羊の頭を持った悪魔。


 19世紀にフランスの魔術師エリファス・レヴィが描いた絵

 「メンデスのバフォメット」が最も有名。

 上がっている方(右腕)に「Solve」(溶解させる)、

 下がっている方(左腕)に「Coagula」(凝固させる)、

 と記されている。


 これは中世錬金術のラテン語「Solve et Coagula」が元であり、

 「溶かして(分解して)固めよ」「分析して統合せよ」

 「解体して統合せよ」といった意味となり、卑金属から貴金属を

 作り出す狭義の錬金術だけでなく、人間の知のあり方や、

 世界の変革という広義の錬金術にまで、幅広く応用される言葉である。

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