ファラオの使者
今日はアラブ人が営む宿に泊まる事になった。
そして、現在は宿の酒場で夕食を頂いている。
オレ達四人はテーブルを囲み食事を楽しむ。
なお、オレの隣にはアン・ズーが座っている。
向かいはゾラで、その隣がラザーちゃんである。
以前、席次で妙な緊張感が生まれ、アン・ズーが決めたのだ。
仲間内の序列は、オレ、アン・ズー、ゾラ、ラザーちゃんらしい。
「アン・ズー様、どうされますか? 明日には出発でしょうか?」
ゾラは姿勢正しくアン・ズーへと問い掛ける。
しかし、その表情から、この街の状況を気にしているとわかる。
その問いに、アン・ズーは静かに頷く。
そして、いつも通りの微笑みでゾラへ答えた。
「ええ、明日には出発します。我々が介入する理由がありません」
その回答に、ゾラは異論を挟んだりはしなかった。
小さく頷き、それで納得した様に黙ってしまう。
しかし、ラザーちゃん俯き、上目使いにアン・ズーへ問う。
「でも、戦争なんですよね。大変な事になるんじゃないでしょうか?」
ラザーちゃんは人が傷付くの嫌いだからね。
勿論、オレも人が傷付くのは好きじゃないよ?
けれど、アン・ズーはその微笑みを崩しはしなかった。
彼女はいつもの調子で、無情な言葉を口にする。
「この国の兵達には被害が出るでしょう。しかし、国民への被害は最小で済むと思われます。……まあ、エジプトがこの国を支配下に置くか、賠償を求めるかによって、この国の未来は変わるでしょうがね」
この国の王様はダメっぽいからな……。
いっそ、エジプトに支配して貰った方が良いのでは?
ただ、支配されると国民は奴隷扱いなのだろうか?
或いは、賠償を求められる方が、国民の負担が重いのかな?
いずれにしても、統治者が無能だと国民も大変なんだろうね……。
そんな事を思っていると、ふらっと一人の男性がやって来た。
「失礼します。アルフ様とライラ様でお間違い無いでしょうか?」
その男性の見た目は二十台中半。
ガッチリした体格で白いマントを纏っている。
肌は焼けているが黒人ではない。
恐らくはアラブ系の商人か傭兵と思われる。
アン・ズーはその男性に向き直り、にこやかに答えて見せた。
「ええ、ワタクシがライラで、こちらがアルフ様となります」
「ああ、良かったです。すぐに見つけることが出来ました」
男性はほっとした表情を浮かべる。
そして、オレ達に対して軽く頭を下げ、ハッキリと名前を告げる。
「私の名前はラダメス。エジプトの軍に所属する諜報員です」
その名乗りに、オレ達はギョッとする。
エジプトと言えば、この国が戦争を仕掛ける予定の国だ。
敵対国の諜報員が、どうしてこんな所に?
ってか、どうしてオレ達にコンタクト取って来たんだ?
「それで、ご用件は? あまり公に出来ない立場の様ですが……」
アン・ズーは微かに眉を寄せていた。
しかし、さほど動揺した様子も見られなかった。
ラダメスさんは椅子を持ってきて、オレ達のテーブルに居座ってしまう。
「ご安心下さい。この宿の店主は我々の協力者。人払いも頼んでいますのでね」
改めて店内を見回すが、確かに他の客がいない。
先程までは、数名の客が居たはずなんだけどね。
客がはけたタイミングで、ラダメスさんが来たって所かな?
「用件はファラオからの伝言です。そして、我々にご助力をお願いします」
ラダメスさんは真剣な表情となり、アン・ズーへと頭を下げる。
その様子に、アン・ズーは微かに口元が引き攣っていた。
何だか、珍しく感情が顔に出ている気がする。
……ってか、ファラオって古代エジプトの王様だよね?
この世界には、ファラオが現存するんだね。
「……まずは、伝言と協力要請の内容を伺いましょう」
アン・ズーの返しに、ラダメスさんは顔を上げる。
その表情は、とても嬉しそうだった。
そして、表情を引き締め直し、ファラオからの伝言を告げる。
「まず、ファラオからの伝言は、『遅い。早く我が元へ来い』との事です」
「はあ……。やはりファラオは、ワタクシの存在に気付いていますか……」
アン・ズーは右手を額に添え、やれやれと首を振っていた。
存在に気付いてって、アン・ズーの正体のこと?
……ってか、アン・ズーはファラオと知り合いなの?
疑問には思う事はあるが、それより先にラダメスさんが話を続ける。
「そして、要請内容は戦争の回避。我々と共に、国王の暴挙を止めて頂きたい」
「エジプトからしたら、この戦争には旨味がありませんしね。勝利してもこの国が疲弊しては、流通が停滞するだけですし……」
ラダメスさんの要請に、アン・ズーは答えを濁していた。
珍しく悩んでいる様子だった。
そして、静かに待つラダメスさんに、アン・ズーは大きな息を吐く。
「まったく……。ワタクシを顎で使うなど、本来なら非常識なのですよ?」
「それでは、お受け頂けるという事で宜しいでしょうか?」
にこりと微笑むラダメスさん。
アン・ズーは嫌々ながらに頷いて見せた。
そして、冷たい視線でラダメスさんへ告げる。
「これはファラオへの貸しです。後ほどキッチリ、取り立てさせて頂きます」
「ええ、問題御座いません。それでは、ご助力をお願い致します」
何だか知らない内に、話が纏まってしまう。
どうやら協力する流れになったらしい。
今度は戦争回避のお手伝いみたいだ。
オレとしては、ハードなクエストで無い事を祈るばかりだ……。