異世界の力
どうも、夜神 衣千伽です。
ピエロが美女に変わり、とても混乱しています。
別人と入れ替わった訳じゃないよね?
彼女はアン・ズーで合ってるんだよね?
「ええ、ご主人様。ワタクシは悪魔アン・ズーです。この姿は如何でしょうか?」
「この姿って……」
両手を広げ、自らの姿を晒すアン・ズー。
じっくり確かめろと言う事だろうか?
ならばとオレは、改めてその美女の姿を観察する。
まず、年齢は二十歳程でオレよりも年上みたいだ。
髪型は黒髪のロングで、前髪は切り揃えられている。
目元はやや垂れ下がり、ほんのりと赤い瞳。
肌は日焼けした様に焼け、厚めの唇は優し気に弧を描く。
服装はゆったりした紫の布を巻いた様な恰好。
そして、顔は半透明な布でうっすらと隠されている。
印象としては、某RPGの占い師みたいな格好だな、というものである。
――そして、体系は素晴らしいの一言。
あまり大きな声で言う事では無いのだが……。
とても目を引く、大きな物をお持ちなのだ……。
「お気に召して頂けましたか? ご主人様の好みを、トレースさせて頂きましたからね」
「……っえ? オレの好みって、どういうこと?」
その言葉に、オレは何だか嫌な予感がした。
なのに、怪しげに微笑みその笑みから、何故か目が離せない。
混乱しているオレに、アン・ズーはにっこり微笑んで告げる。
「清楚な黒髪の美女でありながら、顔に似合わぬ豊満な巨乳。そして、世話焼きで、尽くしてくれる年上の女性。その様な従者を、お望みなのでしょう?」
「ちょっ、やめてっ! オレの願望を暴露しないで!」
な、なにこれっ……?!
顔から火が噴出しそうな程に恥ずかしいんですけどっ!
確かに目の前には、理想の美女が存在するのだろう……。
それにも関わらず、直視出来ない自分がいるのだがっ?!
「ふふふ。記憶も頂きましたし、そろそろ本題へ移りましょうか?」
「――え? 記憶を頂いたって……」
大丈夫、今朝の事も覚えている。
両親の事も、子供時代も思い出せる。
……うん、オレが記憶を無くした訳ではないみたいだ。
「ご主人様の認識を知る為に、記憶をコピーさせて頂きました。この世界を説明する為にも、共通の認識が必要になりますからね」
「な、なるほど……」
アン・ズーはスラスラと説明しながら移動し始めた。
彼女は近くの木箱に腰掛け、長い足を組んで見せる。
な、何という事だ……。
駄目だとわかっても、足に視線が吸い寄せられる……。
「どうやら、この世界とご主人様の世界は、平行世界の様です。国境線等は大きく異なりますが、大陸の立地等は共通となっている様です」
「そ、そうですか……」
ローブからはみ出す足は、黒いタイツに覆われていた。
黒タイツって、とても良い物なんですね……。
真っ赤なヒールも、アン・ズーに良く似合っている。
これも、オレの望んだ姿だと言う事なのか……。
「ご主人様の歴史で言えば、中世が近いでしょうか? しかし、魔法と法力が存在する為、文化や文明はまったくの別物とお考え下さい」
「ほ、ほうほう……」
アン・ズーはくすくす笑い、隣の木箱へしなだれかかる。
その仕草が、いちいち色っぽくてドキドキする……。
ふと視線が気になり、チラリと視線を上げる。
すると、アン・ズーと視線がぶつかり、彼女はニコリと微笑んだ。
「思う存分ご確認下さい。ただし、話はしっかり聞いて下さいね?」
「ふぁっ! は、はいっ……!」
そ、そうだ、オレは心が読まれてるんだった!
気付くとアン・ズーの魅力に飲まれる自分が居た!
――ってか、アン・ズーさん、わざとやってるよね?!
悔しいのに……。わかっているのに……。
それでも、視線が離せないんです……!!
「ふふふ、詳しい話は改めて。大切なのは、この世界は心の強さが重要と言う事です」
「……心の強さ?」
オレは鋼の意思で、どうにか視線を持ち上げる。
アン・ズーの顔と言葉に意識を向ける。
そして、くすりと笑う、その表情にドキッとする。
整ったその顔を見つめ、簡単に心が奪われる……。
「自らの願望を強く持つと、それだけ強い魔法が使えます。自らの願望を強く律すると、それだけ強い法力が使えます。そのいずれかを強く使える者こそが、この世界の支配者となるのです」
「魔法に法力か……」
違いはわからないが、その二つが重要と言う事はわかった。
……ってか、オレも使える様になるのかな?
可能ならば、両方使えたりしないのかな?
「両立は不可能ではありません。しかし、普通はどちらか一方を伸ばします。そもそもが、人類の半数は使えない力です。初歩の力を使うだけでも、相当な修行が必要になりますので。――あ、ちなみに、ご主人様も努力次第では使える様になりますよ?」
「今は使えないって事か……」
まあ、それは仕方がないだろう。
使える様になるだけでも良しとしよう。
幸いにもオレにはアン・ズーがいてくれる。
魔法の使い方は、いずれ教えてくれるだろう。
「さて、詳細な説明は追々という事にしましょう。まずは、薬を塗ってしまいましょうか?」
「あ、はい。――って、ちょっと待って! 自分で、自分でやりますから!」
アン・ズーの手が、オレのズボンに伸びて来た。
いや、流石にそれは無理ってもんでしょ?
ピエロの姿ならまだしも、今のアン・ズーに裸を見せるのはさ……。
「ふふふ、甲斐甲斐しく世話を焼いて欲しいのでしょう? ささ、遠慮は不要ですよ?」
「か、勘弁して下さい! その位は自分出来ますから!」
アン・ズーから小瓶を奪い、オレは急いで物陰に隠れる。
隠れながら、コソコソと薬を塗る。
『お手伝いが必要でしたら、いつでもお声かけを……』
「ま、間に合ってますんで、大丈夫ですから!」
時折飛んでくるアン・ズーからの思念。
その声は、とても楽しそうな声色だった。
おかしい……。
色々な意味で、こんなはずじゃなかったのにな……。