アン・ズーの祖国
ゾラと共に旅立ったその日の夜。
オレ達はサバンナでの野営を行っていた。
ゾラは足と腕だけの魔人化で、鹿っぽい動物を仕留めて来てくれた。
その肉をメインに、アン・ズーとラザーちゃんが夕食を用意してくれた。
お昼まで謎の沈黙もあったが、ゾラとラザーちゃんは打ち解け始めていた。
「ふふふ、それでは食事と致しましょう」
オレ達四人は共にテーブルを囲む。
皆で仲良く夕食の時間である。
そして、食事の開始と共に、ゾラが疑問を口にした。
「ところで、アン・ズー様。我々の目的地はどこなのですか?」
ゾラの問いはオレも思っていた事だ。
ハッキリとは聞いていなかったからね。
東に向かうと言ってたから、まずはエジプトなのかと思ってた程度だが……。
――しかし、アン・ズーが答える前に、ラザーちゃんが首を捻る。
「アン・ズー様……?」
その様子にゾラも不思議そうな顔となる。
ラザーちゃんの疑問が理解出来ないのだ。
アン・ズーはこの地で偽名を使っていない。
ゾラはライラという名を知らないのだ。
そして、そんな二人にアン・ズーは微笑みながら答える。
「そうですね。お二人には、しっかりと伝えましょう。我々の素性と目的について」
アン・ズーの空気が僅かに変わる。
優しい声色に、硬い空気が含まれていた。
ラザーちゃんとゾラはアン・ズーを見つめ、その言葉に耳を傾けた。
「まず、ワタクシの本当の名はアン・ズー。人間では無く、精霊と呼ばれる存在です」
「精霊……?」
ラザーちゃんはポカンと口を開く。
アン・ズーの説明が理解出来ていない様子だ。
……てか、アン・ズーは精霊なの?
悪魔って話じゃなかったっけ?
そんなオレの疑問に対しても、アン・ズーはしっかり答えてくれる。
「しかし、欧州では精霊を二つに分類しています。欧州に住まう精霊は天使。それ以外の地に住まう精霊は悪魔と呼ぶのです」
「……え? では、ご主人様は何なのですか?」
いやいや、ちょっと待ってくれない?
まず疑問に思う所がそこなの?
アン・ズーの事で驚くならわかる。
でも、オレが人間以外の何に見えるの?
その問いに、アン・ズーはくすりと笑う。
そして、ラザーちゃんに答える。
「ご主人様は正真正銘の人間ですよ。ただし、特別な運命を背負われていますけどね」
「……なるほど。完璧に理解出来ました!」
目を輝かせるラザーちゃん。
ただ、その理解度には疑問が残る……。
そんなオレの不安を他所に、アン・ズーは視線をゾラへと向ける。
「そして、悪魔とされるワタクシは、欧州では邪悪な存在とされています。その為に、本名は名乗らずに、ライラと言う名を使っていたのです」
「そんな馬鹿な……。アン・ズー様が邪悪な存在だなんて……」
ゾラは眉を寄せて厳しい表情だ。
呆れた様子で、やれやれと首を振っていた。
その感想にはオレも同意だ。
アン・ズーは悪魔より精霊の方が似合ってるね!
そんな二人に視線を這わせ、アン・ズーは更に説明を続ける。
「また、ご主人様の本当の名は『ヤガミ・イチカ』です。ご主人様は異世界から召喚された勇者でもあります。――その使命は魔王を倒し、世界に平和をもたらすこと。ワタクシはそんなご主人様を補佐する為に、旅に同行しているのです」
アン・ズーさんの説明が絶妙だ。
完全に嘘じゃないけど、完全に本当でもない。
この説明だと、オレが本物の勇者に聞こえる。
精霊に導かれし勇者みたいな?
案の定、二人は驚いた表情でオレを見ている。
そして、ウンウンと頷いている。
「流石はアルフ様です! いえ、今後はヤガミ様とお呼びすべきですか?」
「流石は未来の我が夫! 私の見る目に狂いは無かったと言うことだな!」
同時に叫ぶ二人。
しかし、ラザーちゃんは、ぎょっとゾラを見つめていた。
……そういや話して無かったね。
オレ、婚約者が出来たみたいなんだ。
いや、ゾラが嫌な訳じゃないよ?
ただ、当人を無視して決めることかな?
複雑な気持ちを抱くオレ。
そんなオレを見つめ、アン・ズーはくすりと笑う。
「しかし、今のご主人様では魔王に届きません。今のままでは、その足元にも辿り着けないでしょう」
その言葉に、ゾラが険しい表情となる。
ラザーちゃんも不安そうな表情となる。
アン・ズーはオレへと鋭い視線を向ける。
そして、こう宣言した。
「ご主人様に、その剣が持つ真の力を継承して頂きます。その為に我が祖国――バビロニアにて、継承の儀を受けて頂くのです」
全員の視線がオレに向く。
いや、正確に言うなら腰のシミター先生に対してだ。
……ってか、継承の儀ってなに?
まだ、隠された力が眠ってるの?
オレはそっとシミター先生に触れる。
シミター先生はカタッと小さく反応した。
「魔法都市バビロンに着けば、ご主人様は真の覚醒を果たすでしょう……」
アン・ズーの瞳がオレを見つめる。
その視線に、オレは背筋がゾクリとした。
かつてない程に真剣な瞳。
そして、かつてない程に熱を持ったその瞳に。
バビロニアで待つその力に、オレは期待と恐れを感じるのだった。
<蛇足な補足>
・バビロニアはメソポタミア文明の一つの時代/国。
ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた下流域に存在した。