ゾラの旅立ち
エルミナ城に三日間滞在した。
その間、アン・ズーが各所の調整を頑張った。
その甲斐もあって、オレ達は無事に旅立つ事が出来る様になった。
そして、今のオレ達は馬車へ荷物の積み込みを行っていた。
「ふふふ、必要な道具も食材も、十分に仕入れる事が出来ましたね」
うん、砦の攻略で資金稼いだしね。
アラブの商人も優遇してくれたしね。
満足げに馬車を見つめるアン・ズー。
一部の商人は今も荷運び中である。
そして、そんなオレ達の傍にはゾラが居た。
今の彼女は手ぶらである。
荷物は元々少ないらしい。
なので、朝一で馬車に放り込んでいたのだ。
――そんなゾラが、はっとした表情を浮かべる。
「ゾラ、準備は出来たのかい?」
トゥトゥさんが城内から現れた。
ニッとワイルドな笑みを浮かべながら。
それに対し、ゾラはそっと頭を下げる。
「はい、族長。それと、あの鎧を譲って頂き、ありがとうございます」
あの鎧とは皇帝鰐の鎧。
別名・ドラゴンメイルもどきの事である。
トゥトゥさんは、カラカラと笑いながらゾラへ告げる。
「アレは私の私物だから、気にするんじゃないよ。それに、ろくな装備も無く送り出したんじゃ、アン・ズー様に申し訳ないからね!」
トゥトゥさんは、ゾラの頭をポンと叩く。
ゾラは驚いて頭を上げていた。
そして、トゥトゥさんは姿勢を正す。
アン・ズーに向かって頭を下げる。
「そういう訳ですので、この子の事はよろしくお願いします」
「ええ、任せておきなさい。ゾラも私が守ってみせましょう」
アン・ズーの微笑みに、トゥトゥさんは安堵の笑みを浮かべる。
うん、やっぱゾラの親代わりだからね。
心配するのが当然だよね。
オレは内心で頷いていたが、トゥトゥさんは何故か背を向けてしまう。
そして、軽く手を振り歩き出してしまった。
「あんたは居場所を見つけたんだ。その居場所でしっかりやるんだよ」
どうやら、湿っぽいのは嫌いらしい。
あっさりと別れを終えてしまった。
そんなトゥトゥさんへ、ゾラは再び頭を下げる。
そして、大声で叫んだ。
「族ちょ――いえ、我が母よ! 今までお世話になりました!」
ゾラの気持ちを込めた感謝の言葉。
それはトゥトゥさんにも伝わった事だろう。
しかし、トゥトゥさんは反応を示さない。
何も言わずに去って行ってしまった。
……うん、そういう生き方の人なんだろう。
譲った鎧も親心からだろうしね。
その背が見えなくなると、ゾラは頭を上げた。
そして、アン・ズーが声を掛ける。
「こちらの準備も終わりました。出発して宜しいですね?」
「はい、問題ありません。これから、宜しくお願いします」
ゾラはアン・ズーへも頭を下げる。
アン・ズーはただ小さく頷きを返す。
そして、アン・ズーが御者台へ向かうのを見て、オレも荷台へと向かう。
荷台の中には既に先客がいた。
体育ずわり状態のラザーちゃんである。
ラザーちゃんはオレの姿を見つけ、ぴょこんと立ち上がった。
「あ、もう出発ですね! お待ちしておりました!」
オレは荷台へ乗り込み、ラザーちゃんの隣に座る。
彼女もその横に座った。
ちなみに、ラザーちゃんはまだ頭に布を巻いている。
周りの目があるからね。
……そう、柔らかな髪を撫でられないので、オレの癒しは半減中なのです。
そんな事をほんやり考えていると、ゾラも続いて荷台へ乗り込んで来た。
――と、ラザーちゃんの姿を見て固まってしまう。
「あ、ゾラさんですね! 私はアルフ様の従者でラザーと言います!」
ラザーちゃんは再び立ち上がる。
そして、勢い良く頭を下げた。
確かにこの二人の挨拶はまだだった。
城内ですれ違う事はあったけどね。
そして、挨拶を返すと思ったゾラは、おもむろにラザーちゃんへ歩み寄る。
不思議そうに首を傾げるラザーちゃんへ、ゾラはそっと腕を伸ばした。
「窮屈な思いをさせてしまったな。この布はもう必要ない……」
ゾラはそっと布を解く。
その下にはラザーちゃんの驚いた表情があった。
ゾラはラザーちゃんの髪をそっと撫で、微笑みながら優しい声を掛ける。
「……ラザーの髪は銀色なのだな。これから仲間になるゾラだ。よろしく頼む」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
ゾラの挨拶に、ラザーちゃんが笑みを返す。
彼女の笑みにはゾラもにっこりだ!
そして、ゾラが言う通り、最近のラザーちゃんは髪の色艶が格段に良くなった。
灰色と思っていた髪が、今では綺麗な銀色に見えるのである。
うんうん、アン・ズーが頑張ったからね。
お手入れとか色々教えてたからね。
オレが内心で頷いていると、ラザーちゃんは再びオレの隣に腰を下ろす。
すると、ゾラもラザーちゃんとは反対側の、オレの隣へと腰を下ろした。
……え? 並んで座るの?
こういう場合、向かい合わない?
オレは喋れないし、出来れば二人で話して欲しい。
その方が賑やかだしね。
しかし、二人はオレの顔をじっと見つめていた。
二人はどうしたんだろう?
オレは妙な居心地の悪さを感じる。
そんなオレ達に、アン・ズーの声が届く。
「……ふ、ふふふ、それでは出発致しますね」
そして、アン・ズーは馬車を発車させた。
誰も話そうとしない無言の馬車を。
いや、この状況は何だろうね。
どうにか雰囲気を変えたい所だけど……。
どうにも出来ず、オレは目を閉じる。
そして、心を無にし、ただ耐え続けた。
<二人の心の声>
ラザー(ご主人様とどういう関係なんだろう……?)
ゾラ(ラザーは本当に唯の従者なのだろうか……?)