誘いの言葉
あれから三日三晩、徹夜で強行軍だった。
いや、仮眠は勿論取ったよ?
とはいえ、本当に疲れた。
こんなに疲れたのは、転移後は初めてだ……。
――だが、オレ達は無事に、この国を取り戻す事が出来た。
三つの砦を落とし、増援も罠に嵌めて全滅。
その後は城へと降伏宣言。
ポルトガルの軍が悩んでいると、そこへゾラによるキツイ一発をお見舞い。
全力のパンチで、城の城門を粉砕して見せたのである。
そして、エルミナを制圧完了。
この国は実質的に原住民の手に戻ったのだ。
まあ、今から五日間は、帰国予定者が荷造りだ何だとバタついてるけどね。
「ふあぁ……」
オレは場内の客室で目を覚ます。
そして、軽く身支度をして食堂へと向かう。
そして、オレを見つけたラザーちゃんが食事の準備を始めてくれる。
……ちなみに、ラザーちゃんは頭を白い布で隠した状態だ。
「すぐに食事が出来ますので、席でお待ち下さい!」
その言葉に甘えテーブルに着く。
すると、アン・ズーも食堂へやって来た。
……ん?
いま、入口の陰に誰か隠れてなかった?
まあ、アン・ズーが気にしてないし、危険は無いと思うんだけど……。
「昨晩はゆっくり休まれましたか? こちらは順調に、調整が進んでおりますよ」
オレはゆっくり休めたよ。
ただ、調整って何の事かな?
「囚われていた黒人奴隷の解放。そして、同部族の者達へ、村へ届けさせておりました」
ああ、そうだった!
商品扱いで船に積み込まれる予定の人達がいたね!
そっか、オレが寝ている間に、アン・ズーは奴隷の解放をしてくれたのか。
「それだけでは御座いません。滞在するアラブ系商人が多数おります。今後の国の経済を回す為、彼等とトゥトゥを引き合わせておりました」
えっと、この国はアシャンティ族中心で支配していくって話だったっけ?
という事は、トゥトゥさんは女王様?
他の部族も協力的な感じなのかな?
「ええ、トゥトゥはガーナ解放の立役者。小さな部族は合併し、大きな部族とは協定を結ぶ手はずとなっております」
うん、今後を考えると必要だよね。
また、ポルトガルが攻めてくるかもだし。
……ちなみに、その辺りも何か手を打ってたりする?
「ローマの聖女と、イングランドのジャック殿へ手紙を。それぞれの国から、ポルトガルへの圧力が掛かるかと。少なくとも、しばらくは表立って軍事行動等は取れないでしょう」
へー、ジャックさんも圧力掛けれるんだ。
ユリアさんはともかくとしてさ。
「ふふふ、ジャック殿にはその様な権力は御座いません。あくまでも権力者への橋渡しではありますけどね」
なるほど、領主様への報告か。
例の祖国の協力とかを仄めかしたんですね。
いや、本当に色々と考えてるね。
こんなに計画通りなのも驚きだけどさ。
「過去に似た経験が御座いましたもので。それに今回は、この地の者達とも縁が御座いましたしね」
うん、その辺りの話は後でゆっくり聞かせてね。
ずっと気になってたから。
……たださ、それ以上に気になってる事があるけど良い?
「はい、どうされました?」
オレは視線を入口へと向ける。
すると、びくりと人影が隠れてしまった。
……あれ、何ですかね?
さっきから、こっち見てるみたいなんだけど?
「ああ、ゾラの事ですか。ご主人様の言葉を待っているのですよ」
オレの言葉を待っている?
それって、どういう意味?
オレが首を傾げると、アン・ズーはくすりと笑う。
「ご主人様は、ゾラの心の中で誘ったでしょう? オレ達と一緒に行こうと」
うん、確かに言ったね。
それで、ゾラも来るって言ってたね。
ゾラは仲間になった気でいたけど、実はそうじゃなかったの?
「いえいえ、ゾラはその気ですよ。ただ、ゾラにとってあれは、夢か現実か判断出来ていないのです。ゾラを仲間にする為に、改めてご主人様の言葉が必要なのですよ」
あー、そんな感じなんだね。
それはゾラに悪い事をしちゃったね。
……でも、オレは喋れないけど、どうすれば良いかな?
「ワタクシが通訳を致します。心の中の言葉を、もう一度ゾラへとお伝え下さい」
そう言うと、アン・ズーは入口へ向かう。
そして、ゾラの手を引いて戻る。
ゾラは戸惑った様子だったが、アン・ズーは有無を言わさず椅子に座らせた。
「ご主人様からお話があります。ワタクシが通訳しますので、しっかりお聞きなさい」
「は、はい、わかりました」
オレの向かいに座るゾラ。
改まった様子に、こちらまで緊張してしまうね。
とはいえ、話さないと先に進まない。
オレは思い出しつつ言葉を口にする。
「夢の中でも伝えたけど、改めて言うよ。オレ達と一緒に着いて来て欲しい」
オレの言葉を聞き、アン・ズーの口も動く。
ゾラはその言葉に耳を傾ける。
「旅の目的は魔王討伐。その為の戦力を集めていて、ゾラの力も貸して欲しい」
オレの言葉を聞き、ゾラの表情が引き締まる。
そして、力強く頷いていた。
ゾラはこの地の戦士。
戦う事を恐れてはいないのだろう。
「危険な旅かもしれない。けど、それだけじゃなくて、楽しい事も沢山あると思う」
ゾラはじっとオレの事を見つめていた。
その真意を探っているのかもしれない。
オレが何を伝えようとしているのか。
それを見極めるつもりなのだろう。
「これまで悲しい思いを沢山したよね? でもオレ達は、ゾラにそんな思いはさせない」
ゾラの瞳が僅かに揺らぐ。
その表情が僅かに緩む。
その先の言葉を聞きたがっていた。
あの時に、オレが伝えたあの言葉を。
「ゾラは何も悪くない。それに、ゾラの髪も目も、オレは綺麗だと思う」
ゾラの目が大きく見開かれる。
そして、その頬が真っ赤に染まる。
そういう反応は、オレも少し照れてしまう。
けれど最後まで言葉を続ける。
「だから、一緒に楽しい事を一杯しよう。オレ達と一緒に来てくれないかな?」
オレはゾラを仲間に誘う。
そして、右手をそっと差し出した。
仲間になるなら手を掴んで欲しい。
その答えを教えて欲しいと。
「ア、アン・ズー様……」
ゾラは戸惑った様子でアン・ズーを見る。
そして、アン・ズーは静かに頷く。
その反応で覚悟が決まったらしい。
ゾラはゆっくりとオレの手を握った。
「アルフの気持ちは確かに受け取った。私もその旅に同行させて貰おう」
オレはほっと息を吐く。
どうやら、断られる事態にはならなかったらしい。
しかし、安心したのも束の間。
想定外の言葉が続く。
「そして、魔王を倒した暁には――妻となって、子供を産もう」
……え?
いま何ていった?
オレの空耳かな?
アン・ズーさん、これどういう状況?
オレは視線をアン・ズーへ向ける。
アン・ズーは右手を掲げてグッと握った。
『ご主人様、やりました。嫁ゲットですね!』
――いや、そうじゃない!
ゲットするのは仲間だったはずだよね!
今の流れで、どうしてこうなる!
オレは何か間違ったのかなっ?!
動揺するオレ。静かに微笑むアン・ズー。
そんな中、ゾラは一人で盛り上がっていた。
「あ、あれだぞ? 旅の間はそういうのは無しだ! そういうのは、旅が終わってからだからな!」
顔を真っ赤にし、オレを睨むゾラ。
ぷるぷる震える指をオレに向ける。
いや、ちょっと待って。
今の状況に、ついて行けてない訳なんですが……。
「ほ、ほら、周りの目もあるだろ? 決して嫌と言う訳ではないんだ。そこは、勘違いしないでくれ!」
呆然とするオレを他所に、ゾラはずっと何やら騒ぎ続けている。
そして、オレはふと気付いた。
アン・ズーの肩が、小刻みに震えている事に。
<蛇足な補足>
・村では女性扱いをされていなかったゾラ。
初めての対応に気が動転してしまっていますが、
内心はとても乙女。