戦後処理
目を開けるとアン・ズーの笑みが見えた。
どうやら戻って来れたらしい。
視線を逸らすと近くにトゥトゥさんの姿。
眠ったゾラを抱きしめていた。
「お疲れさまでした。無事に救出出来た様ですね」
アン・ズーの労いに頷きを返す。
いや、本当に救出出来て良かった。
オレの命だけじゃない。
ゾラの心を救う事も出来たみたいだからね。
オレがほっと息を吐く。
すると、丁度ゾラが目覚める所だった。
「――う。ここは……?」
「ふう、戻ってこられた様だね。アルフ様に感謝するんだよ」
ゾラは自分の足でゆっくり立つ。
そして、ぼんやりとオレを見つめる。
しばらく、そのまま動かなかった。
しかし、不意にそっと瞳を閉じた。
「夢を、見ていました……。とても、優しい夢を……」
トゥトゥさんがポカンと口を開ける。
ゾラの放つ優しい声色によって。
纏う雰囲気も全然違う。
まるで、夢の中にいるかの様な表情だった。
そして、ゾラはゆっくり目を開く。
柔らかな笑みをオレへと向ける。
「ぼんやりと覚えています。アルフ殿が、私の心を受け止めてくれた事を」
「ゾラ……。あんた、まさか……」
トゥトゥさんは目を丸くしていた。
その変化に驚いているのだろう。
ゾラの心は解放された。
だが、トゥトゥさんはその光景を見ていない。
あの出来事を知らなければ、今のゾラは別人みたいに見えるだろうね。
そして、驚くトゥトゥさんを気にせず、ゾラはオレに向かって頭を下げる。
「ありがとう。こんなに軽い気持ちは初めてです。この恩は必ず返します」
頭を下げ続けるゾラ。
オレの返事を待っているのだろうか?
どうしたものかと悩んでいると、アン・ズーが動いてくれた。
「ゾラが助かった事は喜ばしい事です。しかし、作戦はまだ続いています。宜しいですね?」
「ええ、問題ありません。ここを落として、次の砦へ早く向かいましょう」
ゾラは表情を引き締める。
そして、戦士の顔でアン・ズーへ答える。
アン・ズーも頷きを返す。
そして、ぐるりと周囲へ視線を這わせる。
恐らく、魔力で砦内の状況を探ったのだ。
アン・ズーはにこりと微笑む。
「どうやら、ここの制圧は完了した様です。それでは、一部を残して移動します」
「ふぇっふぇっふぇっ! 結果的には想定通りという事ですな!」
そう、アン・ズーの作戦は終わっていない。
砦の攻略は後二つ残っているのだ。
ポルトガルの主要拠点は三つ。
そこを落とせば、奴隷狩りはしばらく行えない。
その上で、本丸のエルミナ城から増援を引き出す。
その部隊も叩き潰す予定だ。
そこまで徹底的に戦力を奪う事で、敵を本国へと撤退させる事が可能なのだとか。
今回の最終目的は、ポルトガル人を全て本国へと引き上げさせる事なのだから。
「ところで、あんたの魔力は大丈夫なのかい? かなり使ったはずだよ?」
トゥトゥさんがゾラへ問う。
魔化した時の消費を気にしているのだ。
しかし、ゾラは小さく頷く。
視線をオレに向け、力強く宣言する。
「不思議な事だが魔力が充実している。今まで以上に力が使えそうだ」
ゾラが小さく微笑む。
その表情にドキリとさせられる。
……ゾラってこんな笑ったっけ?
もっと、キリっとしてたよね?
オレが内心で首を傾げていると、アン・ズーが手を打って話題を変える。
「魔力の源は心です。そういう事もあるでしょう。それより、すぐに行動開始です」
「ははっ、承知致しました! ゾラ、残るメンバーを選抜するよ!」
トゥトゥさんが急いで部屋から飛び出す。
外の仲間達へ声を掛けて回っている。
ゾラは一瞬、名残惜しそうな表情を見せる。
しかし、何も言わずに部屋を出た。
……さて、残されたオレ達はどうしましょうかね?
オレはアン・ズーを見る。
すると、アン・ズーは見覚えのある袋を取り出した。
「少しばかり、旅の資金を調達しておきましょう」
「……マジかー」
見覚えのあるずだ袋が二つ。
その内の一つをオレは受け取る。
そして、アン・ズーに付き従い、二人で階段を登って行く。
……うん、これって火事場泥棒だよね?
作戦には無かったよね?
オレは何とも言えない気持ちとなる。
しかし、諦めてそっと息を吐く。
そういえば、砦の傍に馬車が控えさせていたなと思い出しながら……。
<蛇足な補足>
・火事場泥棒
火事で混乱した現場で窃盗を働くこと、または窃盗を働く者。
転じて、人々が混乱している中で利益を得ること、または利益を得る者。