寄り添う心
粘付く様な闇に覆われていた。
居るだけで心が削られそうな空間だ。
そんな空間を歩いていると、目の前に一人の少女が姿を現す。
「えっと、ゾラなのかな……?」
茶色い髪の少女が蹲っている。
ただし、その姿は五歳児程だった。
膝を抱いて頭を埋めている。
呼び掛けには答えてくれなかった。
「何をしてるの? こんな所からは早く出ようよ?」
「きらい……。みんな、きらい……」
それを返事と呼んで良いのだろうか?
ゾラからの呟きが耳に届く。
状況が良くわからない。
オレは首を傾げ、ゾラへと尋ねる。
「みんなって誰のこと? どうして嫌いなの?」
「みんなはみんな……。きらいなものはきらい……」
これは本当に困った。
まったく会話にならないんですけど……。
とはいえ、どうにか話をしないとな。
失敗するとオレも死亡らしいし……。
――と、そこで周囲の光景が変わる。
『ねえ、どうして遊んでくれないの……?』
『気持ち悪いんだよ! こっちに来るな!』
幼き日のゾラが闇に浮かび上がる。
その目の前には、離れて行く子供達の姿。
ゾラは追い掛けようとする。
しかし、子供の一人がゾラへと石を投げて来た。
『髪の色が変! 目の色も変なんだよ!』
『パパが言ってた。呪われてるんだって』
ゾラは俯いて涙を流す。
子供達はゾラを無視して行ってしまう。
そして、ゾラは一人で家へと戻る。
そこにはトゥトゥさんの姿があった。
『族長、どうして私は嫌われてるの?』
『その髪と目は、村では受け入れられないだろうね……』
トゥトゥさんはハッキリ告げる。
その言葉に同情の色は無かった。
ゾラは俯いて手を握り締める。
そんな彼女に、トゥトゥさんは言葉を続ける。
『あんたの姿は異端なのさ。受け入れられたきゃ、力を示すんだね』
『力を示す……?』
顔を上げるゾラ。
見つめるトゥトゥさんの眼差しは厳しい物だった。
その瞳に怯むゾラ。
それでも、トゥトゥさんの言葉に耳を傾けていた。
『あんたもアシャンティの女だろ? なら、力を示して仲間と認めさせな』
『力を示すと、仲間と認めて貰えるの?』
その問いに、トゥトゥさんは頷く。
厳しい口調でゾラへと告げる。
『強い魔法を使える様になるのさ。そうすりゃ、私みたいに尊敬されるよ』
『私も族長みたいに、みんなから尊敬されるの?』
その問いに、トゥトゥさんは再び頷く。
そして、厳しい視線をゾラへと向ける。
『この村で生きるなら、それしかないね。あんたも魔法を覚えてみるかい?』
『うん、覚える。みんなが仲間と認めてくれるなら』
力強く答えるゾラ。
そんな彼女に、トゥトゥさんは二っと笑う。
そして、闇に浮かんだ映像が、そこで消えてしまった。
……今のはゾラの思い出? どうしてそれが?
オレが戸惑っていると、次の映像が浮かぶ。
次は十歳程のゾラだった。
槍を手に持ち、頭は白い布で覆っている。
足元には仕留めた獲物の姿。
しかし、ゾラはその獲物を一人で捌く。
仲間達は手伝わないみたいだ。
『ふん、腕は確かなんだがな……』
男の一人が呟く。
しかし、その言葉に返事を返す者はいない。
更に処理を終えた獲物をゾラが担ぐ。
一人で持ち帰るらしい。
そして、別の仲間達が会話を始める。
『また、隣の村でやられたってよ』
『ちっ、白人共は好き放題か……』
そして、彼等の視線がゾラに向く。
その視線には憎悪が滲んでいた。
しかし、ゾラはそれを無視する。
ただ一人で村へ向けて歩き出す。
そして、仲間達は別の方向へ進む。
彼等は別に狩りを続けるらしい。
『これで何人目だよ……』
『あいつらの仲間が……』
その呟きが届いたのだろう。
ゾラは頭の布に手を当てる。
その顔を隠す様にして、一人で村へと歩き続けた。
そして、彼等の姿が見えなくなる頃、ぽつりと声を漏らす。
『あんな奴らがいなければ……』
その声は震えていた。
涙は無くとも、その心は泣いていた。
その姿を最後に再び映像が消える。
元の暗闇へと戻ってしまう。
オレは足元に座るゾラを見る。
もしかしたら、この光景は……。
オレは状況を理解し始める。
そして、次の映像へ視線を向ける。
『勝者ゾラ! これにより、戦士長はゾラへと引き継ぐ!』
今度のゾラは見覚えのある姿だった。
現在の年齢と同程度である。
そして、手には武器を持っていない。
代わりに手足が獣の姿だった。
アレはもしかして魔人化だろうか?
全身ではなく、手足だけの……。
『くそっ……。混じり物のくせに……!』
ゾラの足元に倒れる男。
屈強な肉体を持つ戦士が悪態をついていた。
それを睨み付けるトゥトゥさん。
先程の勝利宣言も彼女の物だった。
『アシャンティ族の掟はわかってるね? 強者を敬えないなら去って貰うよ』
『くっ……。掟に逆らうつもりはありません……』
男は悔しそうに頭を下げる。
その態度から、心では認めていないとわかる。
そして、それは周囲も同じ。
見守っていた人々の顔も失望に染まっていた。
『ゾラ! これからは、あんたが戦士長だ! この村を守ってくんだよ!』
『はい、族長の言葉に従います』
ゾラは無感情な言葉で頭を下げる。
その頭には、白い布が巻かれている。
そして、トゥトゥさんは宣言する。
その場の村人全員に向かって。
『あんたらもだよ! ゾラの事を認めるんだよ!』
トゥトゥさんの言葉に全員が頷く。
だが、その目を見ればわかる。
誰もゾラを認めていない。
彼女は今でも独りぼっちなんだ……。
その光景が最後なのだろう。
しばらく待つが、次の映像は無かった。
――と、そこでゾラから声を掛けられる。
「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
ゾラが顔を上げていた。
オレの事を不思議そうに見上げていた。
オレは膝を付いて身を屈める。
ゾラと視線を合わせ、彼女へ告げる。
「独りぼっちは寂しいよね。認められないって辛いよね……」
「うん、独りぼっちは寂しい……」
幼いゾラは素直に頷く。
泣きそうなのを我慢しながら。
その表情に、オレの心が締め付けられる。
思わずゾラを抱きしめてしまう。
「ゾラは悪くない。何も悪い事なんてしていない。こんなの間違ってるよ」
「うん、でも仕方ないんだ。私の見た目は、みんなと違って醜いから……」
そんな言葉、やめてくれよ。
涙が止まらなくなるだろ……。
オレはゾラから身を離す。
そして、彼女の頬を両手で包む。
「そんな事無い。ゾラの髪も目も、凄く綺麗だよ。ゾラは醜くなんてない」
「本当に? 私は醜くないの? 醜いから嫌われてたんじゃないの?」
ゾラの問いにオレは頷く。
そして、彼女の求める言葉を、彼女へ伝える。
「ゾラは悪くない。ゾラは醜くない。ゾラはゾラのままで良いんだよ?」
「そっか……。じゃあ、もう無理しなくて良いんだね……」
ゾラはポロポロと涙を流す。
嬉しそうに笑みを浮かべて。
そんなゾラを優しく抱きしめる。
安心させる様に背中を撫でる。
「もう、嫌な事は忘れようよ。これからは、楽しい事を一杯しよう」
「嫌な事を忘れられるの? 私は楽しい事をして良いの?」
ゾラの背中をポンポンと叩く。
そして、彼女に誘いの言葉を掛ける。
「オレ達と一緒に行こう。きっと、今より楽しい事が沢山あるから」
「うん、一緒に行きたい! 私に楽しい事を、一杯教えて欲しい!」
ゾラがオレの体を抱き返す。
嬉しそうに身を摺り寄せる。
そして、今の言葉が彼女の答え。
彼女の心の救済だったのだろう。
暗闇が薄れて行く。
――そして、この空間は消え去ってしまった。