襲撃戦
日が昇る前の暗い時間。
オレ達は村の戦士達と移動を開始する。
向かう場所はポルトガルの要塞。
奴隷狩りの拠点の一つである。
そして、東の空が僅かに色付くと、トゥトゥさんが指示を出す。
「私とアン・ズー様で、敵の視界と音を遮る。皆は全ての敵を斬り殺すんだよ」
トゥトゥさんの元に、総勢で八十人もの戦士達が集まった。
各自、剣や槍を手にしている。
防具は殆どが魔物の素材だ。
彼等は全員、奴隷狩りの被害にあった近隣の村の戦士である。
そして、総大将がトゥトゥさん。
彼等の中で最高の魔法使いだからだ。
更に先陣を切るのがゾラ。
彼女もまた、この中で最高の戦士だからだ。
「一人残らず殺すんだよ? 私達が本気だってことを奴等に見せてやりな」
「「「…………」」」
襲撃前の為、彼等は声を上げない。
しかし、その瞳に高い戦意が感じられる。
トゥトゥさんが手を振る。
すると、アン・ズーとゾラが共に駆けて行く。
まずは門番の兵士を静かに暗殺する。
二人は隠密行動に長けているのだ。
そして、少しすると侵入したゾラが戻る。
手で来る様に合図をしていた。
――つまり、ここからはオレ達の出番という訳だ。
「さあ、行っといで。出来るだけ静かに、ギリギリまで敵を起こすんじゃないよ」
「「「…………」」」
八十人の戦士達が静かに駆ける。
砦の中へと侵入して行く。
彼等はいずれも、魔法や法力の使い手。
魔物を狩って暮らす戦士達である。
例え装備で劣っていようとも、砦の兵士達はなす術無く殺されるだろう。
「さあ、アルフ様。私達も向かいましょう」
オレは静かに頷いて返す。
そして、トゥトゥさんと並んで砦へ駆ける。
高齢のはずのトゥトゥさんは、不安を感じさせない足取りであった。
「ふぇっふぇっふぇっ、まだまだ走る程度は何てことありませんよ」
オレの視線に気付いたらしい。
トゥトゥさんが楽しそうに笑っていた。
過去には戦士長も務めたと聞く。
年を取っても流石と言う所なのだろう。
「ふむ、順調な様ですな……」
砦内へと侵入し、白人の死体を目にする。
こちらの被害は今の所ない。
それと同時に、胸がムカムカする。
やはり、人の死には慣れないみたいだ。
「ほほう。お若いのに、まったく動揺が見られませんな?」
トゥトゥさんは関心した様子だ。
けど、これは『偽装』スキルのお陰です。
実際は内心で動揺しまくり。
表情や動きから、読み取れなくしてるだけだ。
そして、アン・ズーの配置に感謝する。
オレを最後尾に配置した事に対し。
オレは未だ人殺しに抵抗がある。
いざという時に、斬れる自信が無いのだ。
だから、トゥトゥさんの護衛に付けた。
その確率が低くなる様にと……。
「おや、アン・ズー様? どうかされましたかな?」
砦内の大き目な部屋。
そこで、アン・ズーとゾラが立ち止まっていた。
二人は上へと続く階段を見つめている。
その先に、何かあるのだろうか?
「少々、不味いかもしれません。敵の大将は、想定外の強者の様です」
「……なるほど。これは、我々でやるしかありませんな」
アン・ズーの采配なのだろう。
部屋にはオレ達四人だけになっていた。
オレ、アン・ズー、トゥトゥさん、ゾラ。
現状の精鋭メンバーである。
そして、階段を見つめていると、足音と共に一人の男が下りて来た。
「あぁ、何だこりゃ? 敵の襲撃でも受けてんのか?」
降りて来たのは、ボサボサの金髪。
気だるげな青い瞳を持つ中年男だった。
彼はラフなシャツ姿で何も武装していない。
けれど、何か嫌な感じがした。
警戒するオレ達を目にし、男ははぁっと息を吐く。
「マジで襲撃かよ。それにしても、奇妙な組み合わせだな」
男はそう言って腕を振るう。
すると、その身を黄金のオーラが包み込んだ。
そのオーラは形を成し、黄金の鎧に変わる。
黄金のプレートアーマーとなった。
それに合わせ、黄金の剣を生み出してオレ達へと向ける。
「まあ、何でも良いさ。オレの城に手を出したんだ。どのみち皆殺しだからな」
殺意を込めた瞳。
男の雰囲気が剣呑な物へと変わる。
それに対して、アン・ズーが小さく指示を出す。
「トゥトゥと私で、奴の動きを制限します。その隙を付き、アルフ様とゾラは攻撃を。奴は魔人化の使い手。我々よりも格上とお考え下さい」
……マジでか!
あの黄金鎧も魔人化って事なのっ?!
イギリスの時の化け物とは違う。
魔法の装備を身に着けただけに見える。
だが、ビリビリと感じる殺気。
それは確かに、成り損ないとは桁が違う。
緊張と共にオレ達は身構える。
男の挙動に細心の注意を払って。
――しかし、男が急に剣を下ろした。
「あん? お前さん混血か? って事は、もしかしてオレの子か?」
「――は?」
唐突に向けられた質問。
ゾラは理解出来ずにポカンと口を開く。
そんなゾラに、男はおかしそうに笑いかける。
「はははっ、あれだよな? 十五年程前に逃がしたオモチャ。アレが妊娠してたはずだ。あん時のガキがお前さんって事だろ?」
状況がわからないオレ達に、男は構わず話し掛ける。
余裕の態度と言う事なのだろう。
男は腹を抱えて笑い出した。
「ふはははっ! お前らをオモチャにしよう何て酔狂は、オレくらいの者だからな! それしか考えられねぇ! あははっ! まさか、こんな所で感動の再会なんてよ!」
男の言葉で状況は分かってきた。
こいつが、どうしようもない屑であると。
奴隷として狩り、そして弄んだ。
そして、ゾラが生まれたという事なのだ。
ああ、こいつなら問題無い。
こいつが相手なら、オレも躊躇わず斬れそうだ。
――と、唐突に男の目の色が変わる。
「だが、良いねぇ。前のオモチャより、オレ好みじゃねぇか。実の子供ってのも良い。お前さんは、どんな声で鳴いてくれるのかねぇ?」
それは、実の子に向ける視線ではない。
相手を物色する目付きであった。
ゾラが娘とわかり、その上での視線だ。
余りの醜悪さに吐き気すら感じた。
しかし、次の瞬間に寒気を感じる。
ゾクゾクと背筋に悪寒が走ったのだ。
「……お前か。お前が我々を、母を弄んだ張本人か!」
見るとゾラの瞳が赤く染まっていた。
体の周囲に黒いオーラが渦巻いていた。
オレは思わず喉を鳴らす。
その禍々しい気配に、思わず感じてしまったのだ。
――ゾラがまるで悪魔みたいだと。
「殺す! 殺してやるっ! 我等を弄ぶ、白人は全てだっっっ!!!」
その黒いオーラがゾラを包む。
禍々しい力が彼女の全員を覆ってしまう。
そして、その力が姿を変える。
真っ黒な毛並みの、一匹の獣の姿へと……。
「ゾラ、落ち着きな! 怒りに飲み込まれるんじゃないよ!」
トゥトゥさんが叫ぶ。
しかし、その声はゾラに届いていなかった。
姿の変わったたゾラは、獣の様に四足歩行で男を睨みつけていた。
「グルアァァァッッッ……!!!」
細かったゾラの四肢は、筋肉質で強靭な姿へと変わってしまった。
それは猫科動物に似た姿。
鬣こそ無いが獅子を思わせる姿だった。
――そう、ゾラはその姿を、獅子の魔物へと変えてしまったのだ。
<蛇足な補足>
・トゥトゥのモチーフは、ラピュタのマ=ドーラ。
マ=ドーラは「40秒で支度しな!」で有名な人。