悪魔と契約
どうも、夜神 衣千伽です。
絶賛、ピエロと逃亡中です。
ちなみに、現在の格好はアラビアンナイト風。
白いズボンと赤いシャツで、腰にはシミターを下げている。
アン・ズーにこの服を手渡され、ちょっと嬉しくなった。
シンドバッドみたいに、主人公っぽくなると思ってさ。
――けど、実際は違っていた。
鏡で見せられた姿は、どこぞの商人か盗賊にしか見えない。
やっぱり、顔って大切なんだね……。
「それで、どこに向かってるんです?」
『まずは、落ち着いて話せる場所です』
裏口から抜け出したのだが、先ほどの建物はお城だった。
やはり、召喚したのは、この国の王様だろうか?
オレは疑問を胸に押し込め、アン・ズーの後を追う。
外は真っ暗だが、星明りで何とかその背中は終えた。
そして、人目を避ける様に、慎重に移動を続ける。
じっくり時間を掛け、倉庫の様な場所へとたどり着いた。
「ここは……?」
『とある商人の倉庫です。この時間なら、やって来る者もいないでしょう』
アン・ズーは担いだ袋からランタンを取り出す。
そして、指先に火を生み出して、ランタンに明かりを灯した。
そして、毛皮の様な物を床に敷き、オレをその場に座らせた。
『大変な状況でしたが、落ち着いていらっしゃいましたね。大人しく従って頂けましたので、穏便に脱出する事が出来ました』
「いや、まあ……。命が掛かってましたんで……」
騒いだって、自分の首を絞めるだけだ。
その位の分別なら誰でも付くよね?
アン・ズーは小さく頷くと、続いて袋から小瓶を取り出す。
そして、オレの体に軟膏らしき物を塗り始める。
『魔法では傷を癒せませんからね。多少の時間は掛かりますが、薬を使うとしましょう』
「……魔法では傷を癒せない?」
この世界には、回復魔法が存在しないのかな?
それとも、アン・ズーが使えないだけ?
疑問に思っていると、アン・ズーの手が止まる。
そして、何かを思案し始める。
『……なるほど、世界の常識が違うのですね。それでは、順序が変わりますが、先に契約の話を進める事にしましょう』
「け、契約……」
悪魔って言うと、やはり契約だよね。
この世界でも、その辺りは一緒という訳か。
オレは思わず身構えている。
すると、アン・ズーは安心させる様に、お道化た仕草で語り始める。
『悪魔は契約ごとで嘘をつきません。契約は必ず厳守します。そうしなければ、その存在を維持出来ない。悪魔とはその様な、悲しい存在なのです……』
「ふむ……」
どこかで聞いたことのある設定だ。
本当かは不明だが、今は一旦信じるとしよう。
『そして、悪魔は魔法を使いますが、自ら魔力を生み出せません。契約者から、無理ない範囲で魔力を供給して頂く必要があります。そうしなければ、魔力が尽きて、消滅してしまうのです』
「へえ……」
さっきのランタン以外で、魔法を使う様子は無かった。
今は契約が無いので、余り使えないのだろう。
『そして、悪魔にはそれぞれ、嗜好性があります。契約者の望みと、悪魔の望みが一致した場合のみ、契約を結ぶ事が出来るのです。契約は絶対の為、お互いに納得出来るかが重要となります』
「悪魔の、嗜好性?」
食べ物の好みとかの事だよね?
よくある設定では、負の感情を食べるとか?
『いえ、感情等は食べませよ。嗜好性とは存在する目的や願望等ですね。私の場合ですと、退屈が死ぬほど嫌いなのです。常に面白い刺激を得ていたい訳です』
「なるほど……」
悪魔の望みを叶える事で、こちらの望みを叶えてくれる。
つまり、今回で言えば、アン・ズーを楽しませるって事になるのかな?
『その通りで御座います。ワタクシを楽しませてくれるなら、貴方様の願いを叶えましょう。元の世界へ帰す等は、ワタクシの能力では出来ません。その他に、この世界でやりたい事はないでしょうか?』
「やりたい事か……」
元々、異世界には来たかったんだよな。
そして、チート能力で無双し、楽しい人生を過ごしたかった。
だけど、オレは大した能力を貰えなかった。
この世界では無双したり、楽しく冒険等も出来ないのだろう……。
『ふむ、無双というのは理解しかねますが……。勇者となり、人々から尊敬される、というのは如何ですか?』
「……って! 出来るんですか?!」
アン・ズーの提案に驚きを隠せない。
大した力は無いと言ったが、それは嘘なのだろうか?
そんな心が読まれたらしく、アン・ズーは少し不機嫌そうに説明を始める。
『ワタクシは嘘などついておりません。勇者とは魔王を倒した者に送られる称号。魔王さえ倒せれば、多くの人々から尊敬を集める事が出来るのです。――例えそれが、どの様な手段を使おうとも、です』
「……どの様な手段を使おうとも?」
何だか最後に、不穏な一言が付いたな。
言ってる事は間違ってなさそうだけど……。
そして、アン・ズーは小さく笑う。
とても楽しそうに、オレへと提案してきた。
『言葉で周囲を惹き付けるのです。力ある者達を集めるのです。最後の止めが貴方様で無くとも、その集団のリーダーが貴方様なら、その成果は貴方様の物となるでしょう』
なるほど、魔王を倒せるメンバーを集めるのか。
オレはそのリーダーになると。
……いや、本当にそんな事が出来るのだろうか?
『魔王さえ倒してしまえば、最後に貴方様は勇者となるのです。初めの言葉が嘘であろうと、魔王さえ倒せば真になるのです。その為の環境を、ワタクシでしたら整える事が出来ます』
言ってる事は詐欺師やペテン師だね。
ある意味では、悪魔らしい説明だと思う。
それだけに、どうしても警戒してしまう。
自分自身が騙されていないかと……。
『警戒する事は大切です。しかし、視野を広く持つ事も大切です。貴方様は言葉がわからず、常識もわからない異世界人。ワタクシと契約しなければ、より過酷な未来が待ち受ける事になります』
それも確かにその通りだね。
さっきだって、アン・ズーがいないと殺されていたのだし。
オレは言葉も常識もわからない。
今のオレには、一人で生き抜く能力なんて無いのだから……。
『だからこそ、最善の望みを考えて下さい。今の貴方様が何を必要とするか。その未来に何を望むのかと。――そう、このアン・ズーへ、貴方様の望みを告げて下さい』
結局の所、答えは一つしかないのだろう。
このアン・ズーの提案を飲むしかないのだ。
オレはアン・ズーの助けが必要。
そして、対価としてアン・ズーを楽しませる必要がある。
他にどうやって楽しませるか、オレにはその答えがわからないのだから。
「オレを勇者にして欲しい。その為に、アン・ズーを楽しませれるよう頑張るよ」
『承知いたしました。それでは、ここに契約を結ぶと致します……』
アン・ズーは優雅に一礼をして見せる。
そして、その体が眩く輝いた。
その眩しさに、思わず目を閉じてしまう。
暗い倉庫は、真昼の様に明るくなった。
「な、何がっ……?!」
やがて、その輝きも収まり始める。
何とか目を開けれる程度には落ち着いてきた。
そして、光の元を確かめて、オレは硬直してしまう。
想定外の、その姿を目撃して。
「ふふふ、それでは改めまして。悪魔アン・ズーです。本日より宜しくお願いします」
ピエロの姿に白い仮面の悪魔。
それがアン・ズーだったよね?
そのはずなのに、オレの目の前では一人の美女がほほ笑んでいた……。