貴族の実力
修道院の裏手に広場があります。
そこへルキウス兄様に呼び出されました。
今はジャケットを脱ぎ捨て白シャツ姿。
思ったよりもマッチョなんですね。
更に右手にはロングソードを持ち、木の枝みたいに軽々と素振りをしている。
……あれは本物の戦士だわ。オレみたいなエセ剣士が勝てる相手じゃないね!
「お兄様、お待たせしました!」
「む……?」
聖女モードのユリアさんがやって来る。
ジャンヌさんの手を引きながら。
そして、戸惑うジャンヌさんを離して置き、ルキウス兄様へと駆けよる。
そのまま、シャツを引いて屈ませると、その耳元に何かを囁く。
「むう、仕方がない……」
何やら渋い顔で頷くルキウス兄様。
ユリアさんはこちらにウインクして来る。
……何を企んでるんだろう?
こちらの支援である事を祈るばかりだ。
そして、オレはちらりと背後に目をやる。
そこには二人の従者の姿があった。
いつもの微笑みのアン・ズー。
心配そうにオレを見つめるラザーちゃん。
――と、アン・ズーからの声が届く。
『ご主人様、中々に面白い状況になっていますね』
いや、オレは全然面白くないよ!
この状況、何とかなりませんかねっ?!
『ルキウス殿も本気では無い様です。ローマ貴族の実力を知る良い機会です。ここは胸を借りると思って、全力でぶつかってみて下さい』
えぇ、そんな感じなんすか……。
まあ、相手が本気で無いって言うなら……。
てか、ルキウス兄様も嫌そうな表情なのは何で?
自分から誘ったのに……。
疑問に思いつつも、オレは前へ出る。
相手もこちらに向かって来たからだ。
そして、互いに程よい距離まで近寄ると、足を止めてルキウス兄様が口を開く。
「貴殿が妹に付いた、悪い虫で無い事はわかった。本気で叩き潰す事は止めておこう」
いや、いきなりおっかないな!
でも、変な誤解されるよりはマシだけどね!
内心で恐れ慄くオレを他所に、ルキウス兄様は溜息を吐いて首を振る。
「そして、男として気持ちはわかる。惚れた女に良い所を見せたいと言うのは……」
……惚れた女って誰のこと?
アン・ズーの事を誤解してる?
いや、誤解では無いのかな?
アン・ズーは相手にしてくれないけど……。
「だから、良い試合はしてやろう。まずは小手調べで、実力を知る為にもな」
ルキウス兄様は軽く剣を振る。
それだけで、強い風がここまで届く。
あの剣はマジでやばい。
まともに当たれば、絶対に一刀両断にされる。
「それと、貴殿は打倒魔王を目標に掲げていたな? その愚かさも教えてやろう」
ルキウス兄様は左手をくいくいと曲げる。
掛かって来いと言う事らしい。
オレは嫌々ながら剣を抜く。
――と、シミター先生が強襲を仕掛けた!
「ほう? 良い踏み込みだ」
相手を褒めつつも、不意打ちは軽く弾いてくる。
最小限の小さな動きだけで。
しかし、シミター先生も負けていない。
隙を付く様な小技を繰り出し続ける。
「言うだけあって技量は中々。魔物程度であれば、軽く屠れるだろうな……」
はい、路銀稼ぎに何度も屠ってます。
全てシミター先生のお陰ですけどね。
というか、この人は本当に強いな。
話しながら余裕で攻撃をさばいている。
「だが、一撃一撃が軽い。その程度では、魔王軍の将には傷も付けられまい」
マジかー。
魔王軍ってやっぱ強いんだね……。
オレからしたら、今のシミター先生でもかなりの強さだと思うんだけどね。
とはいえ、魔人化した時のシミター先生は、こんなものでは無かったしな。
「さて、そろそろオレも法力を使う。隠している手があるなら早く使う事だ」
「――っ?!」
弾かれた剣が、強引に体を持っていく。
とんでもない力が加わったのだ。
オレは内心で焦るが、そこは流石のシミター先生。
くるりと回って勢いを殺す。
そして、やって来た次の一撃まで、何とか受け流してくれる。
「む? 今のを凌ぐとは中々だ。少し侮っていたか?」
目の色が変わるルキウス兄様。
まさか、本気になったりしないよね……?
しかし、その攻撃は緩やかに加速する。
どこまで耐えられるか試されている!
「はははっ! ただの兵士ではここまで耐えれんぞ! 最下級の貴族程度は嗜むか!」
獰猛な笑みを浮かべるルキウス兄様。
その眼光は野獣の如しだ!
てか、そろそろヤバイ!
これではうっかり事故って死に兼ねない!
……仕方がない。
切り札を使うか。
シミター先生、タイミングは任せます!
欲しい時に、いつもの合図を!
「そろそろ、余裕が無くなって来たな! では、これで終わりにしよう!」
ルキウス兄様が上段に構える。
そして、全力の振り下ろしを行う。
――と、それに合わせ、シミター先生が震える。
どうやら、ここが切り札の使い所みたいだ!
「……武技・魔人化」
その囁きと共に力を解放する。
蓄えておいた、オレの魔力が消費される。
そして、その力がシミター先生を覆う。
かつて見た、黒い刃が姿を現す。
――交差する刃。
キンという軽い音が、静寂な広場に広がって行く。
「……見事だ」
振り下ろされた刃は、その剣先が消失した。
僅かな時間差で地面に刺さる。
ルキウス兄様は一歩引く。
そして、半分に折れた剣を鞘に納めた。
楽しそうな笑みを浮かべ、明るい声で審判を下す。
「この勝負、貴殿の勝ちだ」
その言葉を聞き、オレは魔人化を解除する。
シミター先生が元の姿へ戻る。
そして、遅れてやって来る疲労感。
オレの心臓が激しく脈打っている。
……うん、練習した技が成功して良かった。
タイミングが難しいが使えた!
オレは魔力が乏しく、全身の魔人化は出来ない。
部分的にしか維持出来ない。
それも、ごく短い時間のみ。
ここぞという時に、一瞬だけしか使えないのだ。
それでも、今回のこの経験で、実践でも使える事が証明された。
「ふっ、それでは飯にするか。なあ、兄弟?」
二っと笑みを浮かべ、背中を叩くルキウス兄様。
自然な動作で肩を抱かれる。
……てか、兄弟ってどういうこと?
いきなり気安くなりすぎじゃない?
疑問に思うオレの頭に、見守っていたアン・ズーの声が届く。
『ふふふ、上々の結果で御座いました。兄妹揃って、気に入られたご様子ですね』
あ、やっぱこれってそんな感じ?
喜んで良いって事だよね?
ぐいぐい引っ張るルキウス兄様。
力強さが半端ないんすけど……。
そして、そんな様子を笑って見守る一同。
オレ達について一緒に食堂へ向かう。
……のは良いんだけど、ジャンヌさんは大丈夫?
何故か顔が赤いんだけど?
何かあったか気になる所だけど、状況がそれを確認させてくれなかった……。