死体安置所
現在、夜神 衣千伽は床に転がっております。
硬い石の床でも我慢し、死んだふりを継続中です。
ちなみに、膝やら背中やら色々と痛い。
それも辛いのだが、それ以上に辛いの匂いだ。
どうもここって、死体置き場みたい。
チラッと様子を伺うと、周りに沢山の死体が転がってるの。
……うう、臭いよう! 怖いよう! 誰か、早く助けに来てよぉ!
『ふふふ、お待たせしました。もう、起き上がって頂いて結構ですよ』
「あ、さっきの人っすか!」
オレは身を起こし、目の前の人物に声をかける。
そして、その姿に思わず硬直する。
暗い室内で、オレを見下ろすのはピエロだった。
カラフルな道化姿に、白い仮面を付けた道化師だ。
謎のピエロがずた袋を担いで、こちらを見下ろしてるんだけど……?
『ふふふ、驚かれているご様子で。とりあえず、大声はお控え下さい。状況を説明致しますので』
「は、はい。了解っす……」
確かに、さっきの兵士が戻って来たら大変だ。
オレは両手で口を塞いで見せる。
ピエロは小さく頷くと、その場に腰を屈めて説明を始める。
『ワタクシはアン・ズーと申します。こう見えて悪魔です。この姿も仮の姿ですがね』
お、おお! この世界には悪魔がいるって事か!
……って、喜んでる場合か?
頼りの綱が悪魔って状況なんだけど?
『そして、私は下位の悪魔で、大きな力は持ちません。勿論、ただの人間に負ける程は、弱くもありませんけどね』
「は、はあ……」
アン・ズーの説明は、反応に困る所だな。
味方であるなら強い方が嬉しく思う。
しかし、相手は悪魔らしい。
何かあった時に、身を守れないのも困りものである。
『そして、貴方様は勇者召喚で呼ばれました。ただし、彼等の持つ鑑定道具で、能力を見れなかった。貴方様は召喚失敗と判断された様です』
「し、失敗って……。そんな……」
オレは思わず肩を落とす。
異世界への転移や転生では、チート能力が付き物でしょ?
オレにはそれが無かったって事か……。
それじゃあ、異世界無双も出来ないのか……。
『ああ、貴方様にもスキルは存在していますよ。どうやら、「偽装」という、情報を隠す能力みたいですけどね』
「え……?」
偽装のスキル?
それに、情報を隠す能力?
それって、弱そうじゃない?
この能力で無双する事が出来るの?
『無双とは、圧倒的強者になる力です? 確かに貴方様の能力は、その様に強力な物ではありませんね』
「やっぱりか……。――って、もしかして、心を読まれてる?」
さっきから、心の声に返事してるよね?
そういう系の悪魔って事なの?
オレが身構えていると、アン・ズーは胸に手を当て頭を下げる。
『ええ、私は心を読む能力と、心を惑わす魔法を得意とする悪魔。――それ故に、貴方様とは相性が良いと考えております』
「それって、どういう意味っすか……?」
偽装の能力とって事かな?
それとも、オレ個人との相性かな?
相手の目的がわからないので、どう反応して良いか困るんだよね……。
『説明を行いたい所ですが、ここに長居するのもどうかと。まずは、服を着替えて場所を変えませんか?』
「着替えっすか……?」
長居したくないのには同意だ。
臭いもきついし、死体だらけってのもね……。
ただ、着替えるにしても、別の場所にして欲しい所なんだけど?
『ああ、そのお召し物は、適当な死体に着せておきます。そうしないと、貴方様の生存がばれてしまいますので』
「なるほど……」
偽装の為に、ジャージは捨てるって事ね。
愛着はあるが仕方がない。
マントさんも兵士も信用出来ない。
生存がばれて、追っ手を掛けられる方が困るからね。
『死体に着せるのは、ワタクシが行いましょう』
「あ、はい。助かります」
素直に頭を下げ、オレは服を脱いでアン・ズーへ手渡す。
そして、アン・ズーの手際よいサポートで、そそくさと着替えを済ませてしまう。
……うーん、悪魔ってのが信じられない位に親切だ。
いや、むしろ悪魔だからか親切なのかな?
オレは少々単純かもしれない。
しかし、アン・ズーの事を、ちょっと気に入り始めていた。
<蛇足な補足>
・ズーは、メソポタミア神話に登場する怪物。
現在ではアンズーがより正確な呼称であるとされる。
ライオンの頭を持つワシの姿で表されることがある。
ちなみに、ペルソナにもいるよ・・・。 (ぽそっ)