癒しの巫女
オレは兄妹と対面して座る。
話を進めるのは妹のユリアさんみたいだ。
「それではアルフ様。ジャンヌさんをお連れした、経緯をお聞かせ頂けないでしょうか?」
なるほどね。
ジャンヌさんだけでなく、オレの目的も確認する訳か。
他国から来た傭兵だし当然の事だろう。
スパイとかだと厄介だしね。
さて、今回もアン・ズー任せかな?
そう考えている所に声が届く。
『ご主人様、『偽装』スキルを今すぐ解いて下さい。相手が鑑定道具を使う様です』
……は?
鑑定道具を使うのに、『偽装』スキルを解くの?
疑問に思う所ではある。
しかし、その声に余裕が無い為、大人しく指示に従う。
そして、ルキウスさんが動揺を浮かべた。
手元の古い本を見つめながら。
「ふふふ、その前に聖女様へは、お伝えせねばならぬ事が御座います」
「それは、どの様なお話でしょうか?」
首を傾げて尋ねるユリアさん。
とても優しそうな笑みを浮かべている。
しかし、その視線がチラチラと兄に向かう。
兄の動揺が気になるのだろう。
「ご主人様は、偽名を使っております。本当の名前は、『ヤガミ・イチカ』と申します」
「……何ですって?」
ユリアさんの表情が僅かに崩れる。
オレも驚いてアン・ズーを凝視する。
『偽装』スキルを解いているので、オレの動揺も相手にバレたはずだ。
「そして、ご主人様は異世界からの転移者です。――そう、ユリア様と同郷である『日本』の生まれなのです」
「そんな、まさか……! いえ、しかしその顔は……」
ユリアさんは慌てて兄の方を向く。
そして、手元の本を奪い取った。
そして、しばらく本を凝視する。
中身を読み終えたのか、本を閉じて目を閉ざす。
「どうやら、本当みたいですね……」
ユリアさんが黙考する様に固まっている。
ルキウスさんも妹の出方を伺っていた。
そして、オレは再びアン・ズーを見る。
出来れば状況を教えて頂きたいけど……?
『こちらも鑑定をし返しました。そして、ユリア様の正体を看破出来たのです。彼女は「日本」からの転生者。「癒しの巫女」というスキルを持った、ローマの聖女なのです』
ちょっと待って。情報量が多すぎて、付いて行けない……。
まずは、日本からの転生者って所を説明頂けますか?
『詳しくはわかりません。しかし、「日本」で死んだ後に、この世界で生まれ変わった様です。元老院でも有力貴族であるテレンティウス家。その長女として……』
……とりあえず、オレの知る聖女への転生という事で脳内補完しとくね!
それじゃあ、「癒しの巫女」ってスキルはどういう物なのかな?
『欧州の貴族は法力の使い手。自らの身体能力を高める事が可能です。しかし、「癒しの巫女」は、他者への干渉を行えます。その能力は――あらゆる怪我と病気の治療です』
法力って詳しく聞いてなかったね。
でも、自分の能力強化を行う物なんだね。
それに対して、「癒しの巫女」が他者の治療。
法力とは別物って事ですね。
……そういや、出会った時にアン・ズーが言ってた言葉を思い出した。
魔法で傷は治せないって言ってたけど、アレはどういう意味なのかな?
『魔法は世界の法則を歪める力。無理に傷口を塞ぐ事は出来ても、それは傷口を焼く行為に等しいのです。魔法を使った個所は、その後正常な回復機能を失うでしょう』
なにそれ、怖っ!
確かにそれは、回復魔法とは言えないね……。
じゃあ、最後にローマの聖女って何なの?
『天使の落とした奇跡の子。天使教が認める聖人。そして、次期ローマ皇帝が求愛する女性。――慈悲に溢れる振る舞いと、規格外の発想力で、ローマで注目を集める人物となります』
めっちゃ重要人物じゃないですか!
なんで、サラッと登場してるのっ?!
あ、でも振る舞いや発想力は、聖女への転生物にありそうな話だね!
『彼女はローマ皇帝、ローマ教皇、元老院からの板挟み状態にある様です。それらの権力から距離を置き、慈善活動に勤しむ為に、この修道院を拠点としているみたいですね』
思ったより苦労してる感じですかね?
わざわざ、こんな山の中で生活するなんて……。
とはいえ、慈善活動に勤しんでるんだね。
そういう事が好きな人って事かな?
――等と二人で話し合っていると、ユリアさんが目を開き、オレへと問い掛ける。
「それでは改めて質問します。ヤガミさんは、どの様な経緯でこの修道院へ参られたのですか?」
『ご主人様の口からご説明を。――ただし、ワタクシが悪魔である事は伏せて下さい』
いつも通りアン・ズーさん頼みと思ったら、まさかのキラーパスがやって来た。
ただ、相手は同じ日本人だ。
オレに振るって事は、日本語で良いって事だよね?
「あー、この世界の言葉って聞く事は出来るけど、まだ喋る事は出来ないんだよね……。悪いんだけど、日本語で話させて貰って良いかな?」
オレの言葉に、ユリアさんは目を丸くする。
しかし、すぐに優しい笑みを浮かべた。
そして、ゆっくりと頷いて許可をくれた。
「ええ、構いませんよ。お兄様には、後ほど私からお伝えしますので」
よし、日本語が通じた!
これでようやく、まともな会話が出来るぞ!
ルキウスさんと、ラザーちゃんは固まっていた。
だが、今は無視する!
そして、オレはこれまでの経緯を話し始めた。