ジュネーブ
ランチが終わり、現在は小休憩中。
皆は思い思いに休んでいる。
そして、オレは山頂から麓を見下ろしていた。
先には大きな都市が見える。
あそこがこれから向かう先。
そして、目的地に近づいている事を意味する。
「ふふっ、とうとうローマなのですね……」
ジャンヌさんが声を掛ける。
そして、オレの隣に並んで立つ。
ジャンヌさんも、麓に見える都市を見つめる。
そして、寂しそうに呟いた。
「わかっていましたが、お別れの時も近付いていますね……」
ローマに入ってすぐお別れでは無い。
だが、旅の半分は終わったという事だ。
国境を超えるという事は一つの節目。
どうしても、旅の終わりを意識させた。
「皆様と一緒に旅をし、幸せな時間を過ごしました。何の不安や心配も無く、ただ穏やかに笑い合える時間でした……」
ジャンヌさんの大らかさもあり、オレ達は家族の様な時間を過ごした。
終わりある旅と解っていても、別れはやはり寂しくなるのだろうな……。
「まだ終わりではありません。ですが、改めて言わせて下さい。――救って下さり、ありがとう御座います。幸せな時間が再び得られました」
「――っ?!」
その言葉と共に、ジャンヌさんが身を寄せた。
そして、腕を絡めて来た。
オレは軽くパニックとなる。
これまでの関係で、完全に油断していたせいだ。
……しかし、状況はオレの思う物では無いみたいだった。
「申し訳ありません。少しだけ、アルフ様の温かさを分けて下さい。そうすれば、私はこの先もやって行けますので……」
その言葉でようやく気付く。
彼女の体が微かに震えている事に。
何かに怯えるその姿は、子供の様に弱々しく見えてしまった……。
「見知らぬ土地で、一人きりの生活となります。修道女として、今までとは違う生き方となるのです。そこに不安が無いといえば嘘になるでしょう。誓いを立てたとはいえ、やはり怖い物は怖いのです……」
それは当然の考えだろう。
オレが同じ状況でも、きっと怯えてしまう。
ジャンヌさんはそれを知り、その上でオレに気持ちを伝えようとしていた。
「ですが、アルフ様の想いに応えられないのは、それよりも辛いのです。生きる意味を与えてくれた、アルフ様の手となり役立ちたいのです……」
その言葉には、今でも胸が痛む。
それがアン・ズーの勇者道とわかっていても。
オレは立派な人間じゃない。
だけど、その心を救う為、痛みに耐える義務がある。
――そう考えるオレに、想定外の言葉が届く。
「ふふっ、本当を言えば、最初は疑っていました。アルフ様が喋れない事も、アン・ズーさんの言う、弱き者の救済という考え方も」
そんな素振りは見せなかったけどね。
とても真面目に働いてくれてたし。
余りの気遣いに、こちらが恐縮してしまうくらいだったんだけどな……。
「けれど、アルフ様の行動を見て、本当なのだと信じられたのです。私達に無体な事はせず、真摯に優しく振る舞われるそのお姿に……」
確かに無体な事なんてしてないよ?
けど、真摯で優しく振る舞ったっけ?
その言葉には疑問が残る。
内心で首を捻りつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。
「だから、私は新たな地でも頑張ります。けれど、そこに挑む為に勇気が欲しいのです。この幸せな時間を、少しでも胸に刻み付ける事で……」
ジャンヌさんの体は震えていた。
しかし、その目には力が宿っていた。
やはり、この人は強い人だ。
この先も決して、心が折れたりしないだろう。
けれど、辛い時は必ずある。
誰かに縋りたい時は必ず来るはずなのだ。
――だから、オレは青石のペンダントを外し、彼女の首へそっと掛けた。
「え……? ――いけません! この様な高価な品を、私なんかの為に!」
ジャンヌさんは、慌てて外そうとする。
しかし、その手をオレは握って止める。
驚き固まる彼女に、オレはゆっくり首を振る。
『偽装』を解いて笑みを見せる。
「……ありがとう御座います。これで私は、どんな苦難も乗り越えられるでしょう」
ジャンヌさんはぽろりと涙を零す。
オレはその浮かべる笑みを、美しいと感じた。
この先、ジャンヌさんと別れる事になる。
けれど、彼女には幸せであって欲しい。
それも、オレの願望なのかもしれない。
けれど、偽りの無い本心だと思えた。
ジャンヌさんは、オレの肩に頭を預ける。
オレはそっと、その頭を撫でてあげた。
<蛇足な補足>
・現在のジュネーブはスイスの領地となっている。
しかし、ローマ帝国時代は、ローマに支配されていた。