魔法の授業
欲求不満が限界です!
もうそろそろ暴発します!
そうアン・ズーへ告げました。
そしてら、魔法の授業が開始されました。
うん、何言ってんだろうね。
言っといて、自分でもよくわからないや……。
「それでは、ご主人様はこちらへどうぞ」
今は夕食後の時間。
オレとアン・ズーは、少し離れたスペースへ移動した。
なお、ラザーちゃんとジャンヌさんは焚火のそば。
簡易テーブルで勉強中。
二人も読み書き出来た方が良いだろうと、アン・ズーが課題を出している。
彼女等を残して、オレとアン・ズーは向かい合う。
「以前にもお伝えした通り、魔力の源は欲望です。ご主人様も、魔力が溜まって来たご様子。今なら少しは魔法が使えるでしょう」
……ん?
魔力が溜まって来た?
溜まっているのは欲求不満だ。
いや、魔力の源ってまさか……。
「ご想像の通りです。性欲もまた欲望。魔力の源に成りえるのです」
やっぱりか!
オレの魔力って、性欲で作られたの?!
なんか凄く嫌なんだけど!
性欲で魔法使うのって!
オレが頭を抱えていると、アン・ズーが息を吐く。
どこか疲れた様子だった。
「何と申しますか、ご主人様は欲が少ないんですよ……。放っておいたら、微弱な魔力しか生成されないのです……」
え、そうなの?
他の人なら、もっと欲が強いのかな?
でも、微弱な魔力は作れてるんだよね?
それを使って練習出来ないの?
「普段からワタクシが、どれだけ節約してるかご存じですか? ご主人様からの魔力をコツコツと蓄え、それを少しずつ少しずつ使っているのです。悪魔が魔力を生み出せない話は、出会った時に行いましたよね? これまで使って来た魔法は、ご主人様から供給された微弱な魔力の貯金なのですよ?」
ヤッベ……。
めっちゃ、淡々と語られてるんですけど……。
苦労掛けてるみたいですみません。
状況は概ね理解しました。
「そういう訳で、苦労して魔力を貯めました。魔人化を物にする為に、魔力の制御は必須ですので」
確か魔人化は魔法の奥義って言ってたな。
その為にまず魔法を覚える訳か。
魔力の源はアレだけど、魔法を覚えるのは楽しみだ。
少しワクワクして来たよ!
「とはいえ、魔法はイメージで発動出来ます。上達するには使い慣れること。呼吸するかの様に、自然に使えれば達人と言えるでしょう」
魔法はイメージ……。
それって、火が出ろって念じれば発動する感じかな?
「それ程に簡単ではありませんね。まず何よりも、強く願う必要があります。自らの願望を叶える為に、その魔法が必要だと信じるのです。そのイメージが明確である程、魔法は大きな効果を発揮するのです」
……願望を叶える?
オレの魔力って性欲だよね?
それを叶える為に、魔法が必要と信じる?
かなり限定的にしか使えないね……。
「いえ、そうではありません。魔力の生成は、複数の願望から少しずつ行われます。しかし、生み出された魔力に区別はありません。その時に、叶えたいと思った願望に使えるのです」
なるほど。
つまり、生成は性欲でも、用途は別の願望で構わないのか。
とすると、今の願望は何だろう?
魔法を使いたいってことだろうか?
「それでも構いませんが、それ程に強い願望でしょうか? 願望そのものが弱ければ、魔法の効果も弱くなりますので」
願望の強さって聞かれるとな……。
ちょっと、憧れはするんだけど……。
願望でしょ?
今の自分が凄く欲しいって思う物だよね?
食事は日本に居た時より美味しい。
手作りの料理ってのが良いからね。
ゲームや漫画も未練はある。
けど、今の旅の方が楽しいと感じている。
恋人なんかも、アン・ズーとラザーちゃんがいれば別にって感じだし。
他に願望って何かあるかな?
確かに欲が無いって言われる訳だ……。
「――ありますよね? かつて強く想った事が……」
「え……?」
唐突に声のトーンが変わった。
その顔も完全に表情が抜けてしまっている。
急な変化に戸惑っていると、アン・ズーが右手をすっと差し出す。
開いたその手中から、黒曜石のペンダントが姿を現した。
「あ……」
アン・ズーはペンダントを差し出す。
オレはそれをそっと受け取る。
そして、思い出す胸の痛み。
かつて感じた、あの悔しい想い……。
そう、オレはあの時に感じたはずだ。
この世界が不平等であると。
力ある者に価値があり、力無き者には価値の無い世界……。
――そんな価値観を認めたくないと!
「――っ?!」
オレの右手が熱を帯びる。
握ったペンダントが燃える様だった。
握る右手に力が宿る。
オレの右手は、黒いガントレットに包まれていた。
「これも、魔法の力……?」
右手だけかもしれない。
しかし、感じる力はあの時と同じだった。
しかも、今回は一人で行えた。
アン・ズーの力を借りずに出来た。
「そのペンダントは、ご主人様がお持ち下さい」
オレは呆然と手を開く。
その手には、彼のペンダントが握られている。
これはオレの誓い。
ドゥーヤを救えなかった、自分への戒めなのだ。
「う……」
集中力が途切れたのだろう。
ガントレットはすっと消えてしまった。
その後に残る激しい疲労感。
やはりまだ、上手く力を扱えないみたいだ。
「しかし、一発で成功させるとはお見事です。その想いは、確かに本物なのでしょう」
なるほどね。
これは先が長そうだな……。
今日はもう、魔力が尽きたと理解出来た。
本当に少しずつしか練習出来なさそうだ。
この力は、いずれ必要になる。
オレの願望を叶える為、必ず習得しないといけない。
オレは新たに決意を固め、ドゥーヤのペンダントを首に掛けた。