掬い上げた命
こんにちは、良いお天気だね。
あれから三日が経ち、今は木陰で休憩中です。
そして、ようやく女性の意識が戻りました。
ラザーちゃんの看病のお陰です。
オレ達が戻り、目覚めたラザーちゃんはビックリ。
パッチリ目覚めたご様子。
そして、ずっと付き添っていた。
薬を塗ったり、果実水を飲ませたりしてね。
その甲斐あって、ようやく話せるまでに回復したという訳なのです。
「あの……。ここは、どこなのでしょうか……?」
何とか体を起こす女性。
その背中を、さっとラザーちゃんが支えていた。
オレ達三人に囲まれ戸惑った様子だ。
そこへアン・ズーが身を乗り出す。
「ここまでの事情は、ワタクシからご説明致しましょう」
ここはアン・ズーの出番だ。
オレは話せず、ラザーちゃんは事情が不明。
実質的に、アン・ズーしか説明出来ないとも言う……。
「我々は旅の傭兵です。貴女の村に立ち寄った際に、瀕死の貴女を見つけました。そして、見捨てる事が出来ずに連れ出したのです」
「連れ出した……」
その言葉に呆然となる女性。
周囲の状況や、自分の体をゆっくり見つめて行く。
そんな彼女へ、アン・ズーが優しく自己紹介を始める。
「ワタクシの名はライラ。貴方の背を支えているのがラザー。そして、こちらのお方が、我々の主人であるアルフ様です」
「あ……。私はジャンヌと申します……」
ジャンヌ? フランスでジャンヌ?
この人ってジャンヌ=ダルクなの?
確かジャンヌって勝利の女神的なのだよね?
若くして死んだんじゃないの?
でも、この人は三十前後だ。
村娘と呼ぶにも、少し年が上過ぎる気が……。
『この方は別人です。そもそも、ジャンヌと言う名は、割と沢山いますからね』
へえ、ジャンヌって沢山いるんだね。
男性で言うとジャック的な感じかな?
まあ、こちらのジャンヌさんはおっとり系。
戦争とか参加しなさそうだしね。
「まだ傷も癒えておりません。体力が戻るまでは、我々と同行すると良いでしょう」
アン・ズーが優しく語り掛ける。
ジャンヌさんを安心させる様にと。
しかし、ジャンヌさんの表情は暗い。
怯えた様子で、アン・ズーへ問う。
「わ、私はこれから、奴隷として売られるのでしょうか……?」
「いえ、その様な事は致しません。貴女は自由に生きて良いのですよ」
どうやら、人攫いと勘違いされたみたい。
というか、攫ったのは事実だけどね……。
そして、アン・ズーの言葉に、ジャンヌさんは表情が引き攣って行く。
「……自由に生きる? どうやって、生きると言うのでしょう? もう、村に戻る事も出来ません。私には、何の才能も能力も無いのですよ?」
ジャンヌさんは、ぽつぽつと呟く。
険しい表情でアン・ズーを睨み付ける。
そして、震える手でアン・ズーの肩を掴んだ。
「子供と夫が、魔物に殺されました。その時に、怒りで魔法が使える様になり、村では魔女と蔑まれる様になったのです。全てを失った私に、どの様な生き方が残っていると言うのですか?」
かなりハードな人生を歩んでいるね……。
そりゃ、自由も何も無いか……。
助けた手前どうするべきかな?
アン・ズーはどうするつもりだろうか?
「我々は余計な事をしたでしょうか? 助けなければ、貴方は死んでいました……」
静かに問うアン・ズー。
その表情には、相手への気遣いが感じられた。
対して、苦悶の表情を浮かべるジャンヌさん。
ポロリと涙が零れ落ちる。
「恩人である事はわかっています……。ですが、それでも死ぬのが遅くなっただけ……。私に未来なんて、元から無いのですから……」
俯いて涙を流すジャンヌさん。
力が抜け、アン・ズーの肩から手がすべり落ちる。
しかし、その手をアン・ズーが受け止める。
その手をギュッと握りしめた。
「生き方がわからないのですね? 自分では、命の使い方がわからないのですね?」
「え……?」
ジャンヌさんは驚きの表情で顔を上げる。
アン・ズーへと戸惑いの視線を向ける。
そんなジャンヌさんに、アン・ズーはとんでもない提案を行う。
「ならば、その命をアルフ様に捧げなさい。アルフ様の為に、人生を費やすのです」
また、アン・ズーさんが、何らかの計画を練っていらっしゃる様子。
魔法が使えるって言ってたし、旅の仲間に加えるつもりなのかな?
「アルフ様は弱き者の味方。弱者を見捨てる事を、何よりも嫌うお方なのです。しかし、全てをアルフ様一人では救済出来ません。貴女もアルフ様の手となり、救済の手助けを行うのです」
「私が、救済の手助けを……?」
アン・ズーの言葉に戸惑うジャンヌさん。
勿論、オレも戸惑っている。
これってどういう流れなの?
旅の仲間に加わる流れで合ってるのかな?
「貴方と同様に虐げられた人々。家族を失い、失意の底にいる人々。それらを貴女が救うのです」
「どうやって、その様な事を……?」
そう、そのやり方が問題だ。
そんな事が、ジャンヌさんに出来るのだろうか?
言っちゃ悪いけど、彼女は普通の村人だ。
特別な力は無さそうにみえる……。
そんな、オレ達の疑問に対し、アン・ズーはその答えを口にする。
「ローマで修道女におなりなさい。天使教の教徒として、その使命を全うするのです」
「私が修道女に? そもそも、魔女である私が成れるのでしょうか?」
まさかの天使教と来たか。
アン・ズーさん、馬鹿にしてなかったっけ?
それに、天使教は魔女を厄災の元凶って指定してる訳だよね?
「少数ではありますが、事例は確かにあります。その身の汚れを落とす為、修道女として修業を積む方々がいます」
「その様な生き方が、あったのですね……」
呆然とした様子のジャンヌさん。
だが、その表情は先ほどより明るかった。
そして、そんなジャンヌさんに、ラザーちゃんが唐突に抱き着いた。
驚くジャンヌさんに、ラザーちゃんが優しく語り掛ける。
「私は幼くして両親を亡くし、スラムで生活していました。唯一残された弟も、少し前に殺人鬼に殺されてしまいました」
「え、貴女の様な子が……?」
今のラザーちゃんは身なりも綺麗だ。
スラムの子とは思えないだろう。
戸惑った様子のジャンヌさんに、ラザーちゃんは想いを伝える。
「けど、アルフ様は弟の死に涙を流し、私を従者に引き立ててくれました。私はその優しさに救われたのです。――だから、ジャンヌさんも信じて頂けませんか?」
ジャンヌさんは、ゆっくりと身を捩る。
そして、ラザーちゃんの顔を見つめる。
ラザーちゃんもジャンヌさんを見上げる。
真剣な眼差しを真っ直ぐ向ける。
「ああ、亡くしたあの子と、同じ様な歳なのに……」
ジャンヌさんは、ラザーちゃんと向かい合う。
そして、その体を抱きしめた。
それに対し、ラザーちゃんも抱きしめ返す。
互いに気持ちを交わし合う様に。
「そうですね……。一度は諦めた、この命です……」
ジャンヌさんはその手を解く。
それに合わせ、ラザーちゃんも手を解いた。
そして、ジャンヌさんはオレに向かい、そっと床に額を付けた。
「私は修道女となります。そして、残りの人生をアルフ様の為に捧げます」
「その誓い、確かに聞き届けました。貴女を必ず、ローマへとお届しましょう」
オレに代わって応えるアン・ズー。
オレは返事が返せないからね。
しかし、ジャンヌさんは頭を上げない。
オレの言葉を待っている様だった。
……え? これって、どうすれば良いんだ?
対応に困ったオレは、ふとラザーちゃんと目が合う。
彼女はにこっと微笑んだ。
うん、なんかこの対応で良いやって思えて来た。
まあ、どうにかなるよね?
「あ……」
ジャンヌさんは驚いて頭を上げる。
オレが頭を撫でた為だ。
オレが頷いて見せると、ジャンヌさんは頬を染めて笑顔を見せてくれた。
……年下に撫でられて照れたんだよね?
変なフラグとかじゃないよね?
若干の不安を抱えつつも、どうにか場を乗り切る事が出来たのだった。
<蛇足な補足>
・ジャンヌのモチーフは「ジャンヌ=ダルク」。
ただし、決して本当のジャンヌ=ダルクではない。
・オルレアンはジャンヌ・ダルクが戦争で活躍した地。
ジャンヌ・ダルクは「オルレアンの乙女」と呼ばれている。
・(余談)ジャンヌ=ダルクは魔女裁判で火炙りの刑となる。
その後、時代が経ってから判決が覆り聖人認定されました。