本物の魔女
どうも、こんばんわ。
現在は夜の村内を、こっそりと移動中です。
目的地はとある民家。
月明かりの下、アン・ズーの後ろを付いて歩きます。
『ご主人様、ここが例の民家です。それでは、中へ踏み込みます』
見た目は一見普通の民家。
しかし、とある問題があって忍び込みます。
そして、アン・ズーは扉を開く。
木製の扉は鍵も掛かっていなかった。
「『照明』……』
扉を閉めたアン・ズーが魔法を使う。
その光で室内が照らされる。
そして、目的の人物はすぐ見つかる。
部屋の中央で縛られた姿で……。
「マジで縛られてるね……。正直、嘘であって欲しかったけど……」
その人物は三十前後の女性。
見える素肌には、多くの傷跡が見えた。
アン・ズーはナイフを取り出す。
そして、素早く女性を解放した。
「大丈夫ですか? 意識は御座いますか?」
「う……。あ……」
その女性は意識が朦朧としていた。
まともな返事は期待出来そうにない。
アン・ズーは傷の状態を確認する。
そして、オレに向かって視線を向ける。
「恐らく骨折はありません。しかし、ゆっくりと運んで下さい」
「了解。それじゃあ、馬車に向かいますかね」
打ち合わせ通り、オレは女性を背負う。
そのまま足音を殺して部屋を出る。
アン・ズーは魔法の明かりを消す。
そして、オレを馬車まで先導してくれる。
『見つかる前に、早めに離れましょう』
アン・ズーの声に、オレは内心で頷き返す。
ここからはサイレントモードだ。
……状況を説明すると、この女性は虐待を受けていた。
魔女の疑惑を掛けられて。
村人の前で、偶然魔法が発動したみたい。
それで、村人からリンチにあったのだ。
天使教が災いの象徴と指定する魔女。
彼女が村に、災いを齎すと理由を付けられ。
『まったく、天使教の司祭どもは、ろくな事をしない……』
珍しくアン・ズーの愚痴が零れる。
彼女としても、良い印象を持たないみたいだ。
天使と悪魔だし、相性は良く無いんだろうね。
どっちが悪かは言いたくないけど……。
――と、そこでアン・ズーから声が零れる。
「……皆が寝静まった隙に、彼女へ不埒な行為に及ぼうとしたゲスが居た様です」
「マジかー……」
アン・ズーさんがマジで怖い。
めっちゃ怒っていらっしゃる。
目が爛々と輝いてる。
真っ赤な瞳で、本物の悪魔って感じなんだけど……。
「おい、みんな起きろ! 魔女が逃げたぞ! 魔女を探せ!」
男性の叫び声が聞こえる。
恐らくは彼が、不埒者のゲス野郎なんだろうね。
そして、その声に村人達が反応する。
幾人もの村人が手を武器に姿を現す。
「客人が居無くなってるそうだ! まずは馬車を見に行け!」
「あの疫病神めが! また村に、厄介ごとを持ち込む気か!」
数人の村人が松明を手にしている。
そして、オレ達の馬車へと向っている。
馬車にはお眠のラザーちゃんを置いて来た。
このままだと不味いのでは……?
「黒王号が居るので、村人程度は蹴散らしてくれるでしょう。しかし、死傷者が出るのは不味いですね……」
そっか、魔化した黒馬が居たね。
彼ならば、村人から馬車を守ってくれる。
というか、死傷者の心配?
それって、黒王号がやり過ぎるって事ですかね?
うん、村人を誘拐して、ついでに殺害は不味い。
完全に指名手配されてしまう……。
――等と内心で冷や汗を掻いていると、アン・ズーが不意に足を止めた。
「仕方がありません。彼等に本物の魔女の姿を、お見せするとしましょう……」
うっすらと酷薄な笑みを浮かべるアン・ズー。
どうやら、彼女は本気らしい。
オレはその背で状況を見守る。
手が塞がっているので、手助けも出来ないしね。
アン・ズーは左手に魔法の明かりを生む。
村人の視線が集まると、大声で告げた。
「――脆弱なる羊どもよ! 魔女に手を出す愚かさを教えてやろう!」
一定の距離を置き、状況を見守る村人達。
距離を詰める事を躊躇っていた。
その理由は、オレ達の腕を知っているから。
魔狼を簡単に蹴散らしているからね。
彼等は群がり相談を始める。
しかし、その結論をアン・ズーは待ちはしなかった。
「『混乱』」
村人達に両手を翳す。
そして、その魔法が彼等の数人に掛かったらしい。
その変化は顕著だった。
彼等は怯えた表情で、周囲の仲間へ攻撃を開始した。
「ば、化け物が! オレから離れろ!」
「魔女の手先か! くたばりやがれ!」
手にした棍棒や鍬を振り回す。
これには周りの村人達も慌てだす。
そして、数人がかりで抑え込む。
魔法の犠牲者が暴れない様にと。
「やめろ! オレ達は仲間だろうが!」
「おい、誰か! 武器を取り上げろ!」
一つの魔法で混乱が起きる。
村人達の半数が、パニックになっていた。
残りの半数にも不安が広がる。
彼等は仲間達から距離を取りだしていた。
「心を乱しましたね? それではお帰り下さい。――『恐怖』」
その魔法により、アン・ズーに変化が起きる。
体がメキメキと膨れ上がる。
その体長は三メートル以上。
頭は獅子に、体は鷲へと姿を変えてしまった。
その変化に、村人達の顔が引き攣る。
余りの恐怖に全員が硬直してしまう。
『さあ覚悟するが良い! 貴様等すべて、ズタズタに引き裂いてやろう!』
アン・ズーの叫びは凄まじかった。
全身がビリビリ痺れる大音響である。
その声に、村人達が恐れおののく。
我先にと自らの家へと逃げ帰っていく。
「ひ、ひぃぃぃ……!!!」
「ば、化け物だ! 本物の化け物だっ!」
彼等からするとアンズーは化け物に見えただろう。
その恐怖は疑い様がない。
しかし、こちらからは半透明の幻影。
アン・ズーの姿は変わらず見えていた。
アン・ズーはくるりと振り返る。
そして、いつもの笑みでこう告げた。
「さて、これで静かになりましたね。それでは、ゆっくりと旅立ちましょう」
どうやら、スッキリしたらしい。
その赤かった目も元に戻っている。
オレはこくりと頷く。
そして、歩き出したアン・ズーの背を追う。
「……うん、あれは怒らしたら駄目なタイプだな」
オレはアン・ズーの機嫌を損ねまいと、改めて心に誓ったのだった。
<蛇足な補足>
・魔女狩り
魔女とされた被疑者に対する訴追、裁判、刑罰、
あるいは法的手続を経ない私刑等の一連の迫害を指す。
魔術を使ったと疑われる者を裁いたり制裁を加えたりすることは
古代から行われていた。
初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも
呼ばれる魔女裁判の最盛期が到来した。
「魔女」とされた者の大半は女性であるが、その一部には男性も含んでおり、
例えばセイラム魔女裁判やベナンダンティ弾圧が挙げられる。
魔女狩りとは必ずしも過去の出来事ではなく、現代でもアジアやアフリカを
中心に行われている。
例えば、インドでは2000年から2019年までに少なくとも2975人が殺害された他、
多くの女性が「魔女」として暴行や追放を受けているという。
(Wikipediaより一部抜粋)