ラザーの挑戦
街道沿いの空きスペース。
そこでオレ達は野営をする事になった。
枯れ枝を拾い集め、焚火を起こす。
夕暮れ時には夕食の準備を始める。
そして、今日はラザーちゃんが料理する。
生まれて初めての料理だそうだ。
オレは祈りながら剣の稽古を行う。
料理の成否はアン・ズー先生次第だ……。
「ライラ様、こうやって切れば良いでしょうか?」
「あらあら、それでは指まで切れてしまいますよ」
聞こえてくる会話に不安が増す。
ラザーちゃんの指は料理に入れないでね……。
そして、チラリとその横に視線を移す。
彼女等の傍には、黒王号が控えていた。
何人も通さんと周囲に睨みを利かせている。
まるで、アン・ズーの騎士の如くだ。
まあ、ちょくちょく道草喰ってるし、案外ただ立ってるだけかもしれないけど。
「ライラ様、これを沢山入れると、美味しくなりますか?」
「それは胡椒です。少々値が張るので分量にお気を付けて」
のんびりとしたラザーちゃんの質問。
アン・ズーの口調は厳しめだった。
やっぱ、ここでも胡椒は高価なんだね。
歴史の授業で習った気がするよ!
あと、余りスパイシー過ぎるのは、勘弁して下さいね……。
「ライラ様、この果実を入れると、美味しくなりますか?」
「ふふふ、それはとても……未知の味になりそうですね?」
……ちょっ!
何を入れようとしてるの?!
未知の味って何なのさ!
悪魔の実でも入れるつもり?!
こんな感じで、剣の稽古に身が入らない。
とても、緊張続きの時間でした。
そして、とうとう審判の時が訪れる。
ラザーちゃんの料理が完成したのだ。
「アルフ様、お食事の用意が出来ました! どうぞ、こちらへ!」
呼ばれてしまっては仕方がない。
オレは泣く泣く、シミター先生を鞘に納める。
そして、ラザーちゃんの待つ、折り畳みテーブルへと足を進めた。
不安と期待が混ざるラザーちゃんの笑顔。
オレはその笑顔に覚悟を決める。
席につき、テーブルの上を眺める。
そこにはパンと野菜のスープが並んでいた。
ホッと胸を撫で下ろす。
調理したのはスープのみ。見た目も全然普通だった。
「あ、あの、冷めない内に召しあがって下さい!」
ぐぐっと前のめりなラザーちゃん。
オレは、置かれた匙に手を伸ばす。
そして、内心の不安を抑え込み、静かにスープを口へ運ぶ。
「ど、どうでしょうか……?」
――っ?! しょっっぱっ!!!
いや、舌が痛いし、塩の味しかしないけど?!
どんだけ塩入れたの!
オレは慌ててアン・ズーを見る。
彼女は良い笑顔を浮かべていた。
『ご主人様、男を見せる場面ですね』
マジでっ?!
今日は助けてくれないの!
アカン、視線を避けられる。
これ、どうしようもなかった奴や……。
オレは再び視線を戻す。
涙目となり始めるラザーちゃんへと。
もはや援軍は無い。
退路も断たれた。ならば、出来る事は一つ……。
――覚悟を決めろ、オレ!
オレは匙をテーブルへ置く。
両手でスープの皿を持ち、そのまま口元へ運ぶ。
「ア、アルフ様……!!」
アン・ズーの驚く声が聞こえた。
オレはそれに、ふっと内心で笑って返す。
そして、スープを胃へと流し込む。
ごっごっと一気に飲み干した。
――心を無にして、塩の辛さに耐えながら。
「お、美味しかったでしょうか……?」
期待と不安が混じる声。
ラザーちゃんが手を握りしめ、オレを見つめている。
オレは皿を置き、その灰色の頭を撫でる。
手の震えは、何とか抑えられた。
「よ、よかったですね。アルフ様は、満足されたそうです」
「本当ですか! 初めての料理、上手く出来て良かった!」
無邪気にはしゃぐラザーちゃん。
その笑顔に、オレの心が満たされていく。
口元を手で覆うアン・ズー。
そっと、水入りのグラスを差し出してくれた。
――と、そこでラザーちゃんから一言。
「ライラ様! それでは、私達も頂きましょう!」
「…………え?」
驚いた様子で固まるアン・ズー。
その言葉は想定外だったらしい。
……いや、わかるよね?
どうして、そこに考えが及ばなかった?
嬉しそうに準備を始めるラザーちゃん。
二人分の料理もテーブルに並ぶ。
「それでは、私も頂きますね!」
ラザーちゃんは、躊躇なく行った。
自らのスープを口に運んでしまった。
そして、見る見る涙目となる。
救いを求める様にアン・ズーを見つめた。
「あ、その……。これから、覚えて行きましょうね?」
慌てて慰めるアン・ズー。
今日の彼女は絶不調みたいだな……。
ラザーちゃんは涙目で頷く。
そして、辛そうにスープを飲み続けた……。
<蛇足な補足>
・ラザーちゃんは分量を量るとか良くわかりません。
とりあえず、ばさっと入れちゃった感じです。
・子育て経験はないアン・ズーさんでは、
ラザーちゃんの扱い方が良くわからなかったのです。