現状の確認
オレ達は馬車を手に入れ街を後にした。
手に入れた馬車は、当然ながら幌馬車。
雨風を凌げるし、積載量も多いからね。
冒険と言えば、やっぱこれだよね!
しかも、本来なら体格の良い馬が二頭で引く馬車。
その広さも中々の物である。
更に当然ながら、御者はアン・ズーだ。
むしろ、アン・ズーしか手綱を引けない。
黒王号が、アン・ズーの言う事しか聞かない為である……。
「ふふふ、素晴らしい。実に素晴らしいですよ、黒王号」
まあ、アン・ズーはご機嫌だし問題ないか。
御者は彼女に任せておこう。
そして、オレとラザーちゃんは荷台部分に乗車している。
本来なら乗り心地は最悪らしい。
しかし、アン・ズーの魔法が効いている。
『浮遊』の魔法で重力が緩和され、揺れもかなり軽減されているのだ。
これなら、長時間の移動でも、酔ったり、体が痛くなったりしにくいだろう。
「そういえば、この先の予定を伝えておりませんでしたね。少し話しておきましょうか」
アン・ズーは黒王号を堪能し終えたらしい。
ようやく意識が帰って来てくれた。
一本道を真っ直ぐだからだろう。
アン・ズーは、こちらに振り向き説明を始める。
「途中の村や町で補給は行いますが、基本的には野宿中心で先を急ぎます。魔女狩りが横行しており、何が切っ掛けで事故が起きるかわからない為です」
「魔女狩り、ですか……」
ラザーちゃんは、青い顔で呟く。
彼女にとっては、馴染みが無い言葉だろう。
オレとしても、知識として知ってるだけ。
実際に見た事は無い訳だけどね。
「そして、この道中は魔法の使用を控えます。少なくとも、人前では隠す様にする必要があります。――まあ、この馬車の様に、見分けにく魔法は使いますが」
うん、『浮遊』は絶対に必要。
これ無しの旅は洒落にならない。
隣のラザーちゃんも、激しく首を振って同意している。
「ただ、自衛の為には使用します。この国の魔物は、スイスの傭兵団が対処しています。良い顔はされませんが、傭兵が魔法を使う事自体は黙認されていますので」
ん? スイスの傭兵団が?
自国の兵や傭兵は戦わないのかな?
オレの疑問を読み取ったらしい。
アン・ズーは自然な形で説明を続ける。
「ああ、ちなみにフランスは欧州の食糧庫。自国の戦力は殆ど持たず、経済力で周囲との関係を築いています。実質の所、ローマの属国と言えなくもない状況ですが……」
ローマの属国?
ローマって教会のある方? それとも帝国の方かな?
その疑問にも、アン・ズーは説明を繋げてくれた。
「そして、ワタクシ達が向かう先がローマ帝国です。この国は、ローマ皇帝、ローマ教皇、元老院の三つが睨み合っている状態。そして、天使教の総本山があり、欧州に絶大な影響力を持つ国です」
天使教か……。
この世界には天使が存在する。その為に、発展した宗教だろうな。
なら、この世界にはキリスト教が存在しない?
世界の宗教も大きく異なるのかな?
『補足すると、この世界には神という概念が存在しないですね』
……ん? んんん?
神という概念が存在しない?
アン・ズーの補足に混乱する。
そうすると、世界の宗教はどうなってるんだ?
『その辺りは、別の機会に詳しく説明しましょう』
うん、今はラザーちゃんもいるしね。
アン・ズーも説明しずらい状況だろう。
ラザーちゃんが寝ている時とか、二人でゆっくり話せる時に確認しよう。
「ワタクシ達はフランスを抜け、ローマ帝国を目指します。その後、更にローマ帝国を抜けて、海の先のアフリカへと渡ります」
「そんな遠くまで……。まったく、想像出来ないです……」
ラザーちゃんが、完全に呆けている。
理解が追い付かない状況みたいだ。
国の移動も大変みたいだし。
普通はそんな長旅、行わないだろうからね。
「まあ、その先もあるのですが、一旦の目標はその辺りでしょうか。アフリカに辿り着くだけでも、数か月は掛かるでしょうしね」
やっぱ、その位の時間は掛かってしまうのか。
飛行機も無いし仕方がないね。
となると、仲間を集めてからの魔王討伐。
達成するのに数年は掛かるのかな?
「まあ、ゆっくり前へ進みましょう。焦っても良い事など、ありませんからね」
確かにアン・ズーの言う通りだな。
ゆっくり確実に進めば良いのだ。
どうせ、オレの目的は急ぐ物じゃない。
元の世界に戻りたい訳でも無い。
一応、両親の事は少し気になる。
けど、両親は共働きで放任主義だった。
オレが居ないなら居ないで、すぐに慣れてくれるだろう。
『…………』
……ん? 何だろう?
アン・ズーの視線を感じた気がしたけど?
アン・ズーを見るが、彼女の顔は前を向いている。
こちらを見てはいない。
恐らくは気のせいだろうな。
オレは頭を振って、馬車からの景色を楽しむ。
こうしてオレ達は、のんびりと前へと進み続けた。
<蛇足な補足>
・本来、馬車は整備された道を走る物です。
そうでないと、車輪がは溝にはまったり、
最悪は壊れたりしてしまいます。
・ラノベの主人公が良くやるスプリング式の馬車。
あれが無いと揺れが酷くて馬車の乗り心地は最悪だとか。
それを魔法が解消してくれるアン・ズーさんなのです。