ル・アーブル
第三章が始まります。
フランスの旅もお楽しみ下さい!
どうも、夜神 衣千伽です。
そろそろ、挨拶も不要かな?
船に揺られて数時間。
オレ達はさくっと、フランスに到着しました。
イギリスとフランスって近いんだね。
何だかちょっと拍子抜けしたよ……。
そして、船を降りて街の様子を観察する。
そこそこ賑わっている様子だった。
しかし、この街では宿を取らないそうだ。
すぐにこの街を出発する予定らしい。
――その前に、ちょっとした買い物があるんだけどね。
「さて、到着しましたね」
「ここが目的の場所ですか?」
アン・ズーの言葉に、ラザーちゃんが驚く。
ポカンと口を開けている。
目的の場所は町はずれの一角。
そこは馬達が駆け周る牧場だった。
……そういえば、ラザーちゃんに目的を伝えてなかった気が。
「ふふふ、旅と言えば馬車です。特に我々は長旅になりますからね」
「えぇっ! まさか、馬車を購入するんですか!?」
わかるよ。
オレも船の中で聞かされて驚いたからね。
とはいえ、これは必要経費だ。
この先の旅を、徒歩で続けるのは無理がある。
当然ながら、旅の途中に雨に降られる事もある。
体調を崩す事だってある訳だ。
それで、誰かが背負う訳にいかない。
そもそも、荷物だって背負ってるのに。
……特に、ラザーちゃんが加わった事で、その必要性は増したと言えるだろう。
「ジャック様より資金を頂けましたからね。それなりの物が選べそうです」
「はあぁ……。そんなに沢山のお金が貰えたんですね……」
どうも、眼鏡さんもそれを踏まえて、大金を急いで工面してくれたらしいんだよね。
そして、その使い道を船内で相談された。
その結果、オレとしても必要と判断した。
「では、牧場の方へ交渉しに参りましょう」
そう言って、アン・ズーは先を進む。
事務所らしき建物へと入って行った。
そして、カウンターのおばちゃんとアン・ズーは、楽しそうに会話を始める。
バシバシと肩を叩かれてるけど大丈夫か?
あれは気に入られたって奴かな?
そして、オレとラザーちゃんは待機だ。
勿論、頭をなでなでして時間を潰した。
――と、二人で和んでいると、アン・ズーが満面の笑みで戻って来た。
「良い買い物をする事が出来ました。馬車についても、良い物を紹介して頂けそうです」
「それは良かったですね! それで、どんなお馬さんなんですか?」
ラザーちゃんが笑顔で尋ねる。
アン・ズーの笑顔に釣られたのだろう。
何せ、アン・ズーの笑顔が凄まじい。
ここまで嬉しそうなのは初めて見た。
「ふふふ、それでは案内して頂きましょう」
アン・ズーと共に、おばちゃんも牧場へ向かう。
馬の元へ案内してくれるらしい。
そして、やたら話し掛けるおばちゃん。
アン・ズーも満面の笑みで話に付き合う。
そんな様子を眺めつつ、しばらく歩くと目的の場所へと到着した。
「ほら、この子が話してたじゃじゃ馬だよ」
「ほう! これはまた、素晴らしい名馬!」
案内されたのは大きな樹の下だった。
そこに一匹の馬が寝そべっていた。
黒い毛並みで、とても大きな体を持つ。
いや、本当に巨大なんだけど……。
こちらに気付き、その黒馬は立ち上がる。
そして、威圧的にこちらを見下ろす。
「こいつは、今まで誰にも懐かなくてね! 連れてけるんなら、安くしとくよ!」
「ふふふ、その辺りはお任せ下さい」
自信満々な様子のアン・ズー。
ウキウキしながら、黒馬に近づいていく。
……え? 本当に大丈夫なんだよね?
他の馬の二倍はでかいんだけど?
現に黒馬もアン・ズーを睨みつけている。
すっごく好戦的な目なんだけど……。
――しかし、アン・ズーの言葉で状況が一変する。
「我が名はアン・ズー。これより、貴方の主となる者です」
「「え……?」」
アン・ズーの言葉で、黒馬が膝を折った。
そして、彼女へと頭を下げたのだ。
オレ達はその様子を呆然と見つめる。
アン・ズーが黒馬の頭を撫でる様子を……。
「良い子ですね。これから宜しくお願いしますよ」
アン・ズーの言葉に返事をする様に、その頭を彼女に擦り付ける。
……どう見てもこれ、アン・ズーに服従しているよね?
「はあ、驚いたね……。本当に懐いちまうなんて……」
おばちゃんも驚いた様子を見せる。
本当に懐くとは、思っていなかったらしい。
だが、次の瞬間には豪快に笑う。
アン・ズーの肩をバシバシと叩く。
「まあ、約束はちゃんと守るよ! 馬車の方も、任せておきな!」
「ええ、よろしくお願いします」
これ程に巨大な馬なのだ。
どんな馬車でも平気で引く事が出来るだろう。
そういう意味では、サイズだけなら選び放題と言える。
けど、この黒馬って普通じゃないよね?
もしかして、この馬って……。
『正解です。この子は魔化しています。自らに相応しい主を求めてね』
なるほど、それでアン・ズーに懐いたのか。
こいつは、その正体に気付いたのだろう。
悪魔であるアン・ズーが、自分より格上の存在であると……。
オレは内心で腕を組んで頷く。
とりあえず、良い馬が手に入ったと納得しておく。
すると、隣でラザーちゃんが首を傾げて疑問を口にする。
「そういえば、この子の名前って何なんでしょう?」
ラザーちゃんの声に、おばちゃんが振り向く。
そして、満面の笑みを浮かべ口を開く。
「ああ、この子の名前はね……」
「――黒王号です」
おばちゃんの言葉が遮られる。
アン・ズーの鋭い割り込みによって。
そして、皆の視線がアン・ズーへと集まる。
彼女は胸を張って宣言する。
「これ程に黒く逞しいのです。黒王号以外の名は考えられません」
「ま、まあ、アンタがそれで良いなら、別に良いんだけどね……」
自信満々なアン・ズーの態度に、おばちゃんも何も言えなかったらしい。
というか、黒王号?
どこかで聞いた気がするけど、どこだったかな……?
オレは記憶を探るが思い出せない。
とても古い記憶な気がするけど……。
「ふふふ、黒王号。貴方の名前は黒王号です」
アン・ズーが黒馬に、新たな名を教え込んでいる。
黒馬もコクコクと頷く。
どうやら、黒馬本人も了承したらしい。
なら、もうその名で良いのだろう。
「ああ、実に素晴らしい名馬です……」
何やら、うっとりした様子のアン・ズー。
こんな姿は初めて見るんだけど……。
嬉しそうなアン・ズーの姿を眺め、オレは記憶の捜索を諦めるのだった。
<蛇足な補足>
・黒王号がわからない人は「世紀末覇者拳王」を検索!
アン・ズーさん、着々とマンガ知識を蓄積中♪