【幕間】ラザーの物語
私の名前はラザー。
生まれた時は、シェヘドという家名があった。
家名を持つのは王侯貴族。
それと、認められた上級市民だけである。
そう、私の父は代々領主様に仕える、上級市民の生まれだったのだ。
――しかし、その名は私が五歳の時に奪われた。
詳しくはわからない。
けれど、父は何かの罪を犯したらしいのだ。
その結果、父は犯罪者として戦地に送られ、戦地で死んだらしい。
母は一人で必死に働いた。
けど、それが原因で過労で倒れてしまった。
六歳になる頃、母も亡くなった。
私とドゥーヤの事を残して逝った。
けど、死ぬ前にこの言葉を贈ってくれた。
『嘘をつかず、素直に生きなさい。そうすれば、天使様が助けてくれるから』
小さな私はその言葉を信じた。
その言葉以外に、縋る物が無かったのだ。
いつか幸せになれる。
そう信じなければ、生きて行く事が出来なかった。
……そして、天使様では無いけど、助けてくれる人は現れた。
それはジャックさん。
父に代わり、領主様のお仕事をする事になった人。
ジャックさんは、私達に食べ物をくれた。
そして、よくこう呟くのだ。
『すまないね。こんな事しかしてあげられなくて……』
私にはよくわからかった。
どうして、ジャックさんが謝っているのか。
けれど、ジャックさんも時々、私達に天使様の話をしてくれた。
……もしかしたら、お母さんと知り合いだったのかもしれない。
スラムの生活は苦しかった。
けれど、何とか生きて行く事は出来た。
お母さんの言葉があった。
そして、私を慕うドゥーヤの存在があった。
だから、私は生きて行く事が出来たのだ。
――けれど、あの方々との出会いで、運命が大きく変わってしまった。
黒い髪を持つ、美しい女性のライラさん。
彼女は色々な事を知っている。
ジャックさんと難しい話も出来る。
歌を歌ってお金を稼ぐ事も出来る。
しかし、その能力を自分の為に使わない。
ご主人様の為に使っている。
その事が不思議だった。
これ程の能力があっても人に仕えている事が。
……けれど、それ以上に不思議なのがアルフ様だ。
まだ若いのにいつも堂々としている。
けれど、決して威張ったりしない。
高貴な身分とみんなが噂している。
けれど、決して遊び回ったりしない。
ただ淡々と、やるべき事をやる。
ただ淡々と、剣の稽古を続ける。
どこか浮世離れしている人。
だけど、私達に優しく接してくれる人。
気が付くとドゥーヤも私も、そんなアルフ様が好きになっていた。
言葉も話さず、無表情なのに、アルフ様の周囲は優しい空気が感じられた。
ずっとこの時間が続けば良いのに。
その想いを、私は必死で押さえ続けた。
何故ならこれは、天使様がくれた、ほんの一時のご褒美なのだから……。
そして、心を殺してアルフ様達と別れた。
泣きそうな気持に嘘をついた。
――だから、私に罰が当たった。
スラム街のいつもの場所に戻る。
そして、気付くとドゥーヤが居なかった。
私は不安になって探し回った。
日が暮れるまで、必死に街を走り回った。
それでもドゥーヤが見つからない。
我慢出来ず、アルフ様に縋ってしまった。
当然の様にドゥーヤを探してくれた。
不安な私を強く抱きしめてくれた。
けれど、ドゥーヤを救う事は出来なかった……。
これは嘘をついた罰。
母からの言いつけを守れなかった私への罰だと思った。
心が壊れかけ、生きる意味を失った。
もう全てが、どうでも良くなった……。
そして、ライラさんに言われるまま、眠れもせず宿のベッドで横になった。
――そこで、アルフ様の叫びを聞いた。
それは悲痛な叫びだった。
ただ感情を吐き出すだけの雄たけびにも聞こえた。
言葉の意味はわからない。
けどアルフ様が喋れないのが本当だと理解出来た。
そして、アルフ様だけは本当に、ドゥーヤの死を悲しんでいると理解出来た。
その心に触れ、私の心が蘇った。
私はまだ、人の心を持っていると気付いた。
私は家畜でも獣でもなく人なのだ。
肉親の死を悲しむ事が出来る人間なのだ。
だからもう、全てを諦めたくない。
本当の気持ちを伝えようと決心した……。
――翌朝、目覚めるとライラさんが待っていた。
全てを悟った様に、私を見つめていた。
だから、私は自分の気持ちを伝えた。
ライラさんはただ頷き、新しい服をくれた。
そして、先の道を示してくれた。
そして、ライラさんの言う通り、アルフ様は私の事を受け入れてくれた……。
『嘘をつかず、素直に生きなさい。そうすれば、天使様が助けてくれるから』
母の言葉は本当だった。
嘘をつかず、素直に生きたら、天使様が現れたのだ。
私の事を救ってくれ、本当の幸せを与えてくれる。
そんな御方に巡り合えた。
母の話した人々を救う天使様。
それがきっと、アルフ様の事だったのだ。
アルフ様は多くの人を助ける人。
そういう存在なのだと、私は信じている。
だから私は、この御方の傍にお仕えし、そのお役に立ちたいと心から願う……。