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命の重さ

 目が覚めるといつもの天井が見える。

 暗闇の中、宿のベッドに寝かされていた。


 そして、隣のベッドに目を向ける。

 そこには想定外の人物が横たわっていた。


 それはラザーちゃんだ。

 ぐっすり眠っており、その顔には涙の跡が残っている。


「おや、お目覚めですか?」


 声の方へと視線を向ける。

 その声は月明かりの入り込む、窓際からだった。


 勿論、声の主はアン・ズーだ。

 椅子に腰かけ、いつもの笑みを浮かべている。


「まだ、数刻しか眠っておりません。朝までゆっくりお休み下さい」


 気遣う様なアン・ズーの言葉。

 しかし、オレはその声を無視する。


 そして、オレはベッドを下りて、アン・ズーの元へと歩み寄る。


「……何故、黙っていた?」


「ドゥーヤの境遇ですか? 知らない方が良いと思ったのですがね……」


 アン・ズーは視線を逸らす。

 そして、ぼんやりと夜空の月を眺める。


 確かにそれもある。

 だが、それ以上に、聞かねばならない事がある。


「ドゥーヤが攫われる。その可能性がある事を、知っていたんだろ?」


「……確かに、その可能性は考慮しておりました」


 それはそうだろう。

 そうでなければ、あのペンダントを贈るはずが無い。


 攫われる事を想定していた。

 その上で、ドゥーヤの事を囮に使ったのだ。


「何故、そんな真似をしたんだ?」


「勿論、名声を得る為です。犯人を捕縛出来ればと、考えておりました……」


 アン・ズーはそっと目を伏せる。

 そこに僅かばかりの後悔を滲ませながら。


 しかし、その反応に苛立ちを覚える。

 アン・ズーの態度に怒りを覚える。


「危険があると、わかっていたはず。それなのに、どうしてドゥーヤを使った!」


「そこは私の判断ミスです。せいぜいが人攫いだと、甘く見ておりました……」


 人攫いだと思っていた? 人攫いが相手なら、問題無いと思っていたのか?


 ドゥーヤの事を何だと思っている?

 多少の危険なら、構わないと言うのか?


 一緒に寝食を共にしたのだ。

 あれ程無邪気に、オレ達の事を信じていたのだ。


 ――それを、こんな簡単に裏切ると言うのか!


「たった数日を共にしただけ。それでも、ご主人様には他人では無いのですね」


「何を当たり前の事を言ってるんだ? そんな事は当然だろうが!」


 アン・ズーの言葉にカチンと来る。

 オレの事を薄情者とでも思っていたのか?


 確かにオレは、アン・ズーに頼りっぱなし。

 頼りない立場だとはわかっている。


 だからと言って、オレは弟の様な存在を、平気で切り捨てる人間ではない。


「その優しさ、ワタクシは嫌いではありませんよ」


 アン・ズーはすっと立ち上がる。

 僅かに高い目線で、オレの事を見下ろす。


 そして、アン・ズーは悲しそうな笑みを浮かべ、オレの頬に右手を添えた。


「しかし、この世界は優しくありません。我々は勇者ではないし、全てを救う事も出来ません」


「何を、言ってるんだ……?」


 そんな事はわかっている。

 オレ達は最終的に、勇者となる道を目指すだけ。


 本当の勇者では無いし、万能な存在でない事だってわかっている。


「その優しさで、世界を包めますか? その覚悟が、ご主人様にはお有りですか?」


「……アン・ズー、さっきから何の話をしているんだ?」


 話がまったく噛み合わない。

 オレの質問に、まったく答えようとしない。


 はぐらかされているのか?

 アン・ズーは話術で煙に巻く気なのか?


 ――しかし、アン・ズーが急に、表情を険しくする。


「以前にお伝えした通り、この世界は魔法や法力の使い手が支配しています。力ある者のみが、価値ある存在と見なされるのです」


「価値ある存在……?」


 価値あるとはどういう意味だ?

 誰にとっての、何の価値なのだろう?


 しかし、アン・ズーはただ自分の言葉を述べる。


「力無き者に価値はありません。この街の市民だとて、ただの家畜と変わりが無いのです」


「人と家畜が、同じだなんて……」


 アン・ズーの言葉に衝撃を受ける。

 その心無い言葉が信じられず。


 何故、そんな事を言うんだ?

 お前はそういう事を言う奴じゃないだろ?


「それがこの世界の常識。この世界のルールです。ご主人様と、この街の人々では、命の重さが違うのです」


「……ふざ、けるなよ。命の重さって何だよ! 人を何だと思っている!」


 思わず出た手をアン・ズーが跳ねのける。

 そして、厳しい視線をオレに向ける。


 アン・ズーはオレの手に何かを握らせ、冷たい言葉を吐き捨てた。


「その事を、決して忘れないで下さい……」


 そう言い残すと、アン・ズーは部屋から出て行く。

 オレはその背中を呆然と眺める。


 そして、ふと視線を落とす。

 その手に握らされたのは、黒石のペンダントだった。


「ドゥーヤ……」


 オレはその場に崩れ落ちる。

 ドゥーヤのペンダントを、そっと胸に抱きよせる。


 そして、気付くと涙が溢れて来た。

 悔しくて、涙が止まらなかった。


「ドゥーヤに、価値が無いって言うのかよ……。だから、死んで良いって言うのかよ……」


 そんな訳がない。

 ドゥーヤもオレも、同じ命じゃないか。


 命の重さに違い何て無い。

 ドゥーヤにだって、幸せになる権利があるはずなのだ。


「ちくしょう……。何だよそれは……。何なんだよ、それは……!」


 オレは嗚咽を漏らしながら、床を殴りつける。

 その悔しさを叩きつける。


 ただボロボロと涙を零しながら、やりきれない気持ちを吐き出し続けた。


 ――と、そこでオレの体に何かが触れた。


 何だと思って背後に顔を向ける。

 すると、そこにはラザーちゃんの姿があった。


 肩を震わせながら、オレの背中に額を押し付けていた。


「アルフ様、ありがとうございます……」


「え……?」


 何故、ラザーちゃんがお礼を言う?

 オレはドゥーヤを助けられなかったのだ。


 恨み言を言われるならわかる。

 だが、お礼を言われる事なんて何も無いはずだ。


「ドゥーヤのために、泣いてくれて……。ありがとうございます……」


「ドゥーヤのために、泣いてくれて……?」


 何故、オレはお礼を言われている?

 それはお礼を言われる事じゃないだろ?


 亡くなった人の為に泣く。

 そんな事は、当たり前の事じゃないか……。


「最後まで、人として扱ってくれて……。あの子もきっと、喜んでいます……」


「人として……。扱ってくれて……」


 そこでオレは理解した。

 今になって、ようやく理解してしまった。


 オレの価値観は決定的にずれている。

 この世界からは、異端な存在なのだと。


 だからアン・ズーは、厳しい言葉で伝えたのだ。

 この世界の価値観について。


「ありがとうございます……。本当に、ありがとうございます……」


「あ、あぁ……」


 オレは振り返り、ラザーちゃんを抱きしめる。

 彼女の体を強く抱きしめた。


 言葉に出来ない思いを伝える為に。

 やりきれない気持ちを吐き出すために。


「違うんだ……。オレは、本当は……!」


「アルフ様……。ありがとうございます……」


 オレの胸で、ラザーちゃんは涙を流す。

 そっと悲しみを押し殺しながら。


 ラザーちゃんの言葉に、オレは胸が痛んだ。

 彼女を騙している罪悪感から。


 ――と、そこで気付く。


 どうしてオレは、ラザーちゃんの言葉がわかる?


「……そういう、事かよ」


 部屋の扉に視線を向ける。

 その先に居るだろう人物を思い浮かべながら。


 つまり、アン・ズーは気付いていたのだ。

 ラザーちゃんが起きている事に。


 その上で、ラザーちゃんにも話を聞かせたのだろう……。


「はあ……。あの悪魔め……」


 つまり、この状況もアン・ズーの計算通り。

 そういう事なんだろうな。


 胸は痛むが仕方がない。

 これで、ラザーちゃんの心が救われるなら……。


 オレは少し理解出来た。

 アン・ズーの行う勇者道が、どういう物なのかと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、アルフ熱い感じなってきた! やはりこういう王道展開は燃えますね!! しかし熱いだけではやっていけない。 そういう意味でもアン・ズーの立ち位置は絶妙ですね♪
[良い点] アン・ズーさんが、とっても魅力的です。でも彼女(?)にはまだ、いろいろな秘密がありそうですね……。 [一言] ドゥーヤくんが~(泣)。なかなかショッキングな展開でしたが、これを切っ掛けに主…
[一言] あれ?主人公喋って良かったんですか?
2021/11/09 15:25 退会済み
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