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心の力

 アン・ズーを先頭に、オレ達はスラム街を走る。

 ドゥーヤの行方を追い掛けて。


 そして、行方はアン・ズーが調べてくれた。

 その手掛かりは、彼女が贈ったペンダントだ。


『あのペンダントには、ワタクシの魔力を込めてあります。ワタクシであれば、その魔力を容易に辿れます』


 アン・ズーはそう告げた。

 その言葉を信じ、ラザーちゃんも必死に付いて来る。


 内心の不安を押し殺し、泣き言の一つも零さずにね……。


「どうやら、この建物みたいですね」


「ここって……」


 アン・ズーは右手のランタンで闇を照らす。

 その建物がぼんやりと姿を見せた。


 それは教会だった。今は使われていないのだろう。

 所々の壁は朽ち果てている。


 そして、オレ達は扉の壊れた入口へ向かう。

 様子を伺いながら中へと踏み込む。


 しかし、中はがらんとした空き部屋だった。

 荷物の一つも見つからなかった。


「ドゥーヤが、居ません……」


 不安そうに呟くラザーちゃん。

 しかし、アン・ズーは気にせず室内を進む。


 ゆっくりと床を観察しながら足を進め、壁際でぴたりと足を止めた。


「ここみたいですね」


 アン・ズーは身を屈め、床に手を当てる。

 そして、力を籠めると床が浮いた。


 床の一部が蓋になっていたらしい。

 その下には、地下へ続く階段が存在した。


「では、先へ進みます」


 臆する事無く進むアン・ズー。

 オレとラザーちゃんも、続いて階段を降りる。


 しかし、少し降りた所でアン・ズーが足を止めた。

 そして、小さく呟いた……。


「しくじった……。まさか、この様な事態になっていたとは……」


 オレには辛うじて届く声。

 その背後のラザーちゃんへは届いていないだろう。


 アン・ズーは振り返り、手のランタンをラザーちゃんへ差し出した。


「入り口へ戻り、ジャック様を待って下さい。恐らくすぐに、付近へ来られるはずです」


「え、お二人は……?」


 ランタンを手渡すと、アン・ズーは魔法を使う。

 その左手に、魔法の明かりが生まれる。


 そして、階段の下へ視線を移し、硬い声でこう告げた。


「アルフ様と下へ向かいます。街の皆様の、安全を守る為に……」


 その言葉で、ラザーちゃんは察する。

 泣きそうな表情を一瞬浮かべた。


 しかし、オレ達に背を向け、俯きながら小さく呟いた。


「はい、お気を付けて……」


 そのやり取りで、流石のオレも気付く。

 アン・ズーの言葉の意味が……。


 そして、ラザーちゃんの姿が見えなくなると、アン・ズーから声が届く。


「ご主人様、剣を抜いておいて下さい」


「ああ、わかった……」


 アン・ズーの指示に従い、オレはシミター先生を手に取る。


 つまり、この先には危険が待っている。

 先生の力が必要な状況と言う事だ。


 言いたい言葉はいくつもある。

 しかし、今はそういう状況でも無いのだろう。


 オレは無言のまま、アン・ズーに続いて階段を下りて行く。


「――っ」


 鼻を突くのは、異様な腐臭だった。

 死体安置所を思い出す、酷い臭いだった。


 そして、聞こえてくるのは咀嚼音。

 オレの胸にムカムカした物が込み上がる。


「ご主人様の心をガードします。けれど、厳しければ下がって下さい……」


「わかった……」


 何らかの力を使ったのだろう。

 胸のムカムカが、すっと収まった。


 勿論、それは物理的な吐き気の話だ。

 感情まで収まった訳では無い。


 ……目の前の光景を見れば、それは余計に酷くなる。


「アァ! 何ダ、貴様等ハ?!」


 広々とした地下室に、一人の男が座っていた。

 屈強そうな肉体の中年男性だ。


 しかし、男は普通ではなかった。

 灰色の体と、節くれだった異様に長い手足。


 そして何より、その右腕は一本の剣と一体化していた。


「成り損ないが……。貴様の様な者が潜んでいようとは……」


 アン・ズーが凍える様な声を漏らす。

 初めて聞く、忌々しそうな声だった。


 そして、首を振って男に冷たく告げる。


「既にそこまで落ちたか。ならば、このアン・ズーが直々に手を下してやろう」


「アァ? 女ト子供カ? クハハッ! 貴様等モ、旨ソウダナ!」


 その言葉で、オレの頭がスッと冷える。

 怒り過ぎて、逆に思考がクリアになる。


 そして、部屋の様子を改めて観察する。

 奴の犯した罪を数える。


「どれだけの子供を喰った……? どれだけの命を弄んだ……!」


 奴の足元には見覚えのあるペンダント。

 それは既に、手遅れという現実を意味する。


 そして、奴の背後に積み重なる人骨の山。

 それが、過去の罪を物語っていた。


「アァ? 何ヲ言ッテイル? テメェモ、俺ノ仲間カ?」


 オレの言葉が通じていない。

 オレの怒りが奴には伝わっていない。


 その事に苛立ちが増す。

 剣を持つ手に力を籠め、奴に向かって一歩踏み出す。


「ご主人様、いけません! 奴は魔人化しています! 今はまだ、敵う相手では……」


「うるさい! そんな事、知った事かよ……!」


 オレはアン・ズーを睨み付ける。

 彼女に対して反発する。


 アン・ズーの言葉はいつも正しいのだろう。

 だけど、納得出来ない事もある。


 オレの苛立ちは、オレの怒りは、既に限界に達しているのだから……。

 そんなオレに態度に、アン・ズーは諦めた様に息を吐く。


「……わかりました。それでは、奴の倒し方を説明しましょう」


「奴の、倒し方……?」


 奴はこちらを観察していた。

 ニヤニヤしながら、ただ待っていた。


 その様子に苛立ちつつも、オレはアン・ズーの言葉に耳を傾ける。


「欲望の力が魔の源。欲望に飲まれた者が魔物と化すのです。奴は自らの欲に溺れた。それ故に、魔化した人――魔人へと落ちたのです」


「魔人……」


 その姿を見ればわかる。

 奴が既に、人を止めた身である事は。


 奴の目が、自分を強者と語っている。

 人を超えたとでも思っているのだろう。


「魔人は魔物より強い。知恵でその力を使いこなすからです。そして、その魔力は魔物より高い。より強い魔力でしか、倒せない存在なのです」


「より強い魔力……?」


 オレは魔法を使えない。

 だから、アン・ズーが直々に戦うと言っていたのか?


 しかし、倒し方を説明すると言った。

 ならば、何らかの手があるのだろうか?


「この世界は、心の強さが全て。奴を倒したいと、心の底から望むのです。その心の力を、ワタクシが制御してみせましょう」


「心の強さが全て……」


 アン・ズーと初めて出会った日。

 確かにそんな事を言っていた。


 願望を強く持つと、それだけ強い魔法が使えると。

 確かにそう言っていた。


「ご主人様の望みは何ですか? その怒りは、何によって起こるのですか?」


「奴はドゥーヤを殺した。ドゥーヤを喰った。それが、オレには許せない!」


 ドゥーヤはオレに憧れていた。

 オレの事を慕ってくれたのだ。


 そして、ラザーちゃんはオレを頼った。

 オレは必ず見つけると誓ったのだ。


 ……なのに、オレはどうする事も出来なかった!


「ならば、心を燃やしなさい! その怒りで、奴を焼き尽くすのです!」


「――ああ、奴を絶対に許さない! この手で奴を、必ず殺してやる!」


 正義を振り翳すつもりなんてない。

 この想いは、オレ個人の私怨だから。


 だが、それでも構わない。

 それが奴を倒す力になるならば……。


「では、行きます。――『疑似・魔人化』!」


 アン・ズーがオレの腕に触れる。

 そして、僅かに力の抜ける感覚を覚える。


 しかし、続いてオレの身に力が漲る。

 オレの体を包み込む力を感じる。


『では、奴を倒しますよ!』


 アン・ズーの姿が無い。

 しかし、オレの中にその存在を感じる事が出来た。


 つまり、オレとアン・ズーは一体化したのだ。

 奴を倒す力を得る為に。


「――ああ、やるぞ!」


 そして、オレの怒りが形となる。

 オレの身を包む力と化す。


 そう、黒と赤の入り混じる、光沢の無い鎧の姿となって……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心を燃やす。 熱い展開になって来ましたね。 うむ、やはり精神力は大事ですね。 次回も熱い展開になりそう♪
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