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姉弟との別れ

 こんにちは、夜神やがみ 衣千伽いちかです。

 とうとう、別れの日がやって来ました。


 ラザーちゃん、ドゥーヤと出会って六日。

 彼もすっかり元気になった。


 オレとアン・ズーは、宿の外まで見送りに出る。

 そして、ドゥーヤは俯き小さく呟く。


「姉ちゃん……。オレ、兄ちゃん達と一緒にいたい……」


「ドゥーヤ、わがままを言わないの。わかってた事でしょ?」


 小さく叱責するラザーちゃん。

 しかし、その表情は言葉に反して悲し気だ。


 たった六日間の人間らしい生活。

 それを失いたくないのは、ラザーちゃんも同じはず。


 ……けれど、ラザーちゃんは、オレ達に頭を下げる。


「ドゥーヤの治療、ありがとうございました。私まで良くして頂き、感謝しています」


「当然の事をしたまでです。それに、ワタクシ達が行えるのは、ここまでですしね」


 アン・ズーは、いつも通りに微笑む。

 別れを惜しむ様子も感じさせず。


 ラザーちゃんも頭を上げ、笑みを返した。

 どこかスッキリした表情で。


「ここまでだって、十分過ぎるくらいです。唯一の家族を、失わずに済みました!」


 その言葉に、嘘は無いのだろう。

 何故かこちらも、別れを惜しむ様子が無い。


 オレはモヤモヤした気持ちを抱く。

 二人は何故、平然としていられるのか……。


 そんなオレの気持ちに同調するかの様に、ドゥーヤがオレを見つめていた。


「兄ちゃん……」


 その縋る瞳に、オレの胸がズキリと痛む。

 見捨てる事に躊躇いが生まれる。


 ――しかし、その気持ちをアン・ズーが断ち切る。


「ドゥーヤ、強くなりなさい。姉を守れるくらいに。その環境から、抜け出せるくらいに」


「ライラ姉ちゃん……」


 アン・ズーの言葉に、ドゥーヤが戸惑う。

 そのまっすぐな言葉に心を揺らす。


「アルフ様みたいに、なりたいのでしょう? ならば、貴方も守る側になるのです」


 その言葉が、オレの心を軽く抉る。

 何せオレは、アン・ズーに守れる側だ。


 ドゥーヤが憧れる存在では無い。

 彼の瞳に、オレの胸が激しく痛む……。


「心と体を鍛えるのです。強くなり、決して驕る事なく、成長し続けるのです」


「心と体を鍛える……」


 アン・ズーの言葉を噛み締める様に、その言葉を反芻する。

 その手を握りしめ、瞳には強い決意を宿す。


「そうすれば、道は開けるでしょう。ワタクシ達は、貴方の成長を期待しています」


「うん、わかった。オレは強くなる。兄ちゃんみたいに、強くて優しい男になる!」


 ドゥーヤはにっと笑みを浮かべる。

 先程までの悲しみが嘘みたいだ。


 しかし、オレの心は未だに晴れない。

 このモヤモヤは何なのだろう?


「では、お二人に最後の贈り物です。ちょっとした、お守りとなります」


「「あっ……」」


 アン・ズーは二人に手を差し出す。

 その両手に、一つずつの贈り物を載せて。


 それは、黒曜石だろうか?

 艶のある小さな黒石を、紐で通した物だった。


「高価な物では無いのでご安心を。ですが、きっとお二人の身を守ってくれる事でしょう」


 二人はそれを嬉しそうに受け取る。

 そして、そのペンダントを首に掛けた。


 二人は揃って、オレとアン・ズーに頭を下げた。


「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


「ありがとう! 次に会う時は、きっと強くなってるから!」


 二人は揃って頭を上げる。

 そして、大きく手を振り、オレ達の元を去って行った。


 オレは手を振り返し、二人の事を見送る。

 その姿が、見えなくなるまで……。


「アルフ様、それでは部屋へ戻りましょう」


「……なんでだ? 何でそんなに、あっさりしてるんだ?」


 そう、オレには理解出来なかった。

 最後までずっと意味不明だった。


 ドゥーヤの病気は治った。

 命が救われたのは確かなのだろう。


 けど、彼等の生活は変わらない。

 また、元の苦しい生活が始まるのだ。


 こんな悲しい思いをするなら。

 一時しのぎの救済をするくらいなら……。


「――いっそ、助けなければ良かった、と?」


 アン・ズーが悲しそうな声で問う。

 その声に、オレは思わず唇を噛む。


 自分でも嫌な考えだとわかっている。

 それでも、やはり思ってしまったのだ。


 この行動に、どれ程の意味があったのだろうかと……。


「まず、一つ目の意味です。彼等を救う事で、我々にとって良い噂が広がった」


 それは確かにその通りだ。

 アン・ズーも、以前から言っていた事である。


 やらないよりは、やった方が良かったのは間違いない。


「次に、二つ目の意味です。領主代行のジャック様と、繋がりを得られました」


 眼鏡さんがやって来たのも、ドゥーヤを連れて来たからだった。


 それも計算の内なら意味はあった。

 きっと、そうなのだろうな。


「そして、最後の意味です。あの姉弟に、切っ掛けを与える事が出来ました」


 切っ掛け?

 切っ掛けとは何の事だろうか?


 オレは内心で戸惑う。

 そして、アン・ズーの言葉に耳を傾ける。


「外に目を向けねば、違う道がある事を知らねば、今を変える事など出来ないのです。あのままでは、例え命が助かったとしても、彼等の生活は変わらなかったでしょう」


 外に目を向ける?

 違う道がある事を知る?


 それが切っ掛けだと言うのか?

 彼等にとって、意味があったと言うのか?


「あの二人は、憧れを得たのです。自らもそうなりたいと、アルフ様や私を見つめていました」


 ドゥーヤの憧れは知っている。

 ラザーちゃんが、アン・ズーに憧れていた事も。


 そうアン・ズーが仕向けたから。

 だけど、それに何の意味があると言うのだ?


「その存在に近づく為、努力を始めるのです。既に彼等は未来に向け、その目を輝かせていました」


 そんな事で変われるだろうか?

 あの環境から、抜け出せるのだろうか?


 いや、出来るんだろうな。

 アン・ズーが言うなら、きっとそうなのだろう。


「……オレには、理解出来ないけど」


 オレは首を振って宿へと戻る。

 モヤモヤした気持ちを抱えたままで。


 そして、アン・ズーの気配を背中に感じる。

 小さく、息を吐く音と共に……。

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