謎の異邦人
おはようございます、夜神 衣千伽です。
今朝は夜明けと共に剣の稽古です。
眼鏡さんの許可で、広場を利用しています。
人の少ない明け方ならOKとの事です。
逆に夜中はやめて欲しいと言われました。
夜の街中で、剣を振り回すのは危ないからね。
そんな訳で、朝早くからシミター先生と剣の稽古。
今日はオマケもセットだけど……。
「へへっ! 兄ちゃん、上手く出来てる?」
少し離れて、ドーゥヤがオレに尋ねて来る。
木の枝を手に、クルクルと回りながら。
どうやら、オレの真似をしているみたい。
傍目には遊んでいる様にしか見えないけどね。
とはいえ、そんな大人げない事は伝えない。
オレは同意する様に、大きく頷いてみせた。
「しししっ! オレも強くなりたいんだ!」
嬉しそうに笑うドゥーヤ。
十歳の子供だけあり、とっても無邪気な笑顔だね。
この位の子供って、こんなもんだよね?
オレも木の枝とか振り回してたよ。
……等と頭の片隅で考えつつ、オレはチラリと視線を逸らす。
「あ、こっち見た……」
「やっぱ、聞いた通りだね……」
視線の先から反応が返って来る。
建物の影から、こちらを伺う女性陣からだ。
彼女達はいずれも、十代のうら若き乙女。
それが、十人程度は集まっている。
彼女達は何者なんでしょうか?
ずっと、遠くから見守ってるんだけど……。
その疑問に、アン・ズーが応えてくれる。
少し離れたベンチに座った状態で。
『彼女達は、この町の住人です。そして、玉の輿狙いの独身女性ですね』
……玉の輿狙い?
そのターゲットって、もしかしてオレなの?
『ええ、その通りですよ。異国の王子らしき人物が、お忍びで街に来ている。――そういう噂を、酒場で流しておきました』
何でそんな噂を流してるの?
ってか、本当に裏で色々してるね!
『ふふふ、将来に向けた布石ですよ。もう少ししたら、この街を去りますから。今の内に良い噂を広めておこうと思いましてね』
ん? オレが王子と言う嘘情報が、将来の布石になるの?
『謎の異邦人。スラムの子供を助けた人物。たった二人での魔狼討伐。果たして、彼等は何者だったのだろうと、街では噂が広がるでしょうね』
そうかもしれないけど、それと王子情報がどう繋がるのかな?
『女性の方々には、夢が広がる噂でしょう? それに、この国の統治者と異国の王子様。同じ高貴な身分でも、こうも態度が違うのか……、と人々は思うでしょうね』
そういう物なのかね?
アン・ズーさんがそう言うなら、そうなのだろうけど。
まあ、オレとアン・ズーさんの目的は、オレが勇者となる事である。
良い事をして、それが噂になるのはプラスだろう。
王子の噂は尾ひれって所かね?
そんな感じで、自分なりに納得する。
そして、ふとアン・ズーの視線に気付く。
……また、眼鏡さんがアン・ズーの元へやって来た。
「アルフ殿にライラ殿! 朝から精が出ますね!」
「これはジャック様。こんな早朝にどうされました?」
アン・ズーが笑みを浮かべ、眼鏡さんに対応する。
眼鏡さんも満面の笑みだ。
どうも、眼鏡さんは仕事を持ってきたらしい。
聞こえる内容は魔猿退治っぽい。
それ自体は良い。
アン・ズーとしても、懐が潤ってにっこりだろうしね。
……ただ、毎日来すぎじゃね?
四十代の中年に見えるが、アン・ズー狙いか?
『ふふふ、ご安心下さい。彼は既婚者で子持ちです。アルフ様に取り入る為に、ワタクシの興味を引こうとしているだけですよ』
なるほど、それは安心した。
アン・ズーは美人だから、色々と狙われそうだしね。
……いや、安心して良い所かな?
下心で近づいてるのに変わりないよね?
オレはモヤモヤした気持ちを抱える。
そして、ふとオレを見上げる視線に気付く。
「兄ちゃん、どうしたんだ? 剣の練習はもう終わり?」
眼鏡さんの話を聞く為に、練習の手を止めていた。
それで、ドゥーヤも休憩してたらしい。
その無邪気な顔に、オレは何となくスッキリする。
モヤモヤ考えても仕方ないよな!
オレはドゥーヤの頭をくしゃりと撫でる。
そして、再び距離を取って剣を振るう。
「へへへ! やっぱ、兄ちゃんの剣ってカッコいいな!」
嬉しそうに、再び真似るドゥーヤ。
剣技と呼ぶには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
それでも、将来は強くなれると良いよね。
ラザー姉ちゃんを守れる位にはさ。
オレは再び剣の鍛錬へ戻る。
黄色い声援も気にならない程に集中しながら……。