酒場の歌姫
こんばんは、夜神 衣千伽です。
今は宿の酒場で晩御飯です。
ちなみに、昨日と今日は、仕事に出かけてました。
領主から発行の魔狼狩りです。
家畜の被害が出てるとかで、懸賞金は三十万円程。
これにはアン・ズーもにっこり。
そのお祝いも兼ねて、ラザーちゃん、ドゥーヤ君も一緒に豪勢な食事を頂いています。
「ライラ姉ちゃん、このお肉もっと食べたい!」
「ドゥーヤ、食べすぎよ! 少しは遠慮しなさい!」
昨日も沢山食べ、ゆっくり休んだドゥーヤは元気一杯。
遠慮はまったく無い。
反対にラザーちゃんの顔色は真っ青。
支払いがどうなるか気になるみたいだ。
「ふふふ、遠慮はいりませんよ。そうですよね、アルフ様?」
オレは当然の様に頷いておく。
アン・ズーが良いと言うなら問題無いのだ。
懐も潤っているし、アン・ズーさんの財布も緩んでいるのだろう。
「で、でも……。唯でさえ、宿代に昨日の食事代まで……」
それでも、なお遠慮するラザーちゃん。
この子は本当に良い子だね。
弟なんて、遠慮なくオレの皿にも手を出してるっていうのにさ……。
「ふふふ、魔狼の賞金額に比べれば、些細な金額ですよ。何でしたら、フルーツ盛り合わせも頼みましょうか?」
「え……。宜しいのですか?」
一瞬だけ躊躇ったが、食欲に負けたご様子。
ラザーちゃんの目が輝いてる。
うんうん、そういうの子供らしくて良いと思う。
ラザーちゃんも遠慮なく!
なお、今日の二人はおニューの服を着ている。
安物だけど、綺麗な恰好だ。
オレとアン・ズーが留守の間、宿の主人にチップを渡して頼んでたらしい。
「あ、あの……。どうか、しましたか……?」
オレの視線に気付いたらしく、ラザーちゃんがオドオドと尋ねてくる。
灰色の瞳がオレを見上げる。
不安な様子で、オレをじっと見つめていた。
オレは軽く首を振る。
そして、ラザーちゃんの灰色の髪を撫でてあげる。
「あ……」
顔を赤らめて俯くが、嫌がる感じではなかった。
照れてる姿が可愛らしい。
そして、今日は体も綺麗にしている。
姉弟共に、汚れも臭いも落ちていた。
……こうしてラザーちゃん見ると、普通に可愛い町娘って感じだよな。
少々小柄で痩せているが、顔立ちは整っている。
それに、性格も良さそうだ。
もう数年したら、中々に美人さんになりそうな予感がするな……。
「アルフ様、ラザーちゃんが困っていますよ。程々にしてあげて下さいね」
「あ、いえ! そんな……」
気付くとずっと、頭を撫で続けていた。
そりゃあ、ラザーちゃんも困るよね。
オレは黙って手を引く。
こういう時に無言で良いので、呪いの設定が非常に便利!
そんな感じで、和気あいあいと食事を楽しむ。
すると、ぬっと眼鏡がやって来た。
「おお、アルフ殿にライラ殿! やはり、戻られていたのですね!」
「こんばんは、ジャック様。今日はお食事でしょうか?」
自然な動作で、イスを引くライラ。
眼鏡さんは、一礼して席に着く。
そして、にこやかに笑みを浮かべて、オレ達に話し掛けて来る。
「いやいや、話を聞きましたよ! お二人で魔狼の群れを討伐したとか! たった二人で旅するだけあり、やはり相当腕が立つのですね!」
「ふふふ、ご主人様の剣技のお陰ですわ」
さり気なく持ち上げるアン・ズー。
本当に、こういうヨイショを隙あらば挟む。
ただ、魔狼退治はオレの手柄では無い。
シミター先生とアン・ズーの魔法のお陰だ。
シミター先生は今更言う事もない。
だが、アン・ズーも集団戦を得意とするらしい。
魔猿も魔狼も、ボスが群れを制御する。
その制御を乱すので、相性が凄く良いのだ。
「ははは、流石としか言いようがありません! 通常は傭兵を雇うにも、十人単位で対策するものです。それが、たったのお二人! いや、お二人とお近付きになれて良かった!」
……おべっかが凄くない?
この人、何でこんなにゴマ擦ってんの?
眼鏡さんって、領主の代行だよね?
地位がある人じゃないのかな?
『領主代行だからこそですね。たった二人でアルビオンへ到達し、知識や教養も身に着けている。それだけでも、只者では無いと判断出来るでしょう』
でも、それって凄腕ってだけでしょ?
傭兵相手に、へりくだる必要があるの?
『この時点で、普通の傭兵ではありえません。自国でエリート教育を受けている。その者が、何らかの目的でやって来た。それも、堂々と目立つように行動を取っている、等と考えていますね』
ほうほう、それで眼鏡さんは、オレ達の事を何者だと考えているんでしょうか?
『王族か、それに近しい存在。そして、この国が手を組むに値するか、判断を行う為に送られた人物。――つまり、下手を打ったりすると、領主に斬首されかねない大物と判断したのです』
……マジで?
どうして、そんな判断になるの?
『詐欺師にしては、知識や腕が有り過ぎる。目立ったり、身元を確認されても困らない振る舞い。それはつまり、領主に対する何らかの切り札を持っている。――例えば、イングランド王国と条約を取り交わす為の、自国内の権限を持っている、等です』
それに該当するのが王族ってこと?
だから、ご機嫌をとってるの?
アン・ズーさんとのやり取りが高度過ぎて、付いて行けないです……。
何故か今も、眼鏡さんは小麦や胡椒の相場を語っていたりするし……。
そして、視線を隣へと移す。
話に付いて行けない姉弟は、黙々と食事に手を付けていた。
うん、これは聞いているフリだけで良さそうだね!
……等と心を決めた所でふと気付く。
周囲の客達から、熱い視線が集まっている事に。
「おや? どうやら、皆さまからご要望の様ですね……」
アン・ズーは話を打ち切り席を立った。
そして、カウンターの主人の元へ向かう。
主人はほっとした表情を浮かべ、アン・ズーへとギターに似た楽器を手渡す。
「それでは、今夜もお聞き下さい。我が故郷に伝わる物語を……」
アン・ズーの言葉で、酒場に拍手が巻き起こる。
全ての客が、彼女へ注目していた。
そして、アン・ズーが弾き語る物語に、その場の全員が引き込まれていく。
「ほう、これは素晴らしい……」
どうやら、眼鏡さんも虜になったみたい。
アン・ズーの美声に酔いしれている。
そして、アン・ズーの弾き語りは今夜が二回目。
一昨日の披露で噂を広めたらしい。
何せ、今日の酒場は満員御礼。
その視線が、ずっとアン・ズーに集まってたからね。
……そろそろ切れて、ジャックさんが袋叩きにならないか心配な位だったよ。
「ライラさんの声って綺麗……」
ラザーちゃんもメロメロみたい。
いや、酒場の全員がメロメロみたいだ。
全員が静かに聞き入る夜。
その日のチップは、五万円相当だったとか……。