職務質問
こんにちは、夜神 衣千伽です。
お巡りさんに職質されそうです。
部屋に踏み込んで来たのは、眼鏡さんと二人の兵士。
眼鏡さんは眼鏡をくいっとする。
「最近、スラム街を中心に、子供の誘拐事件が頻発していましてね。貴方達の身元を確認させて頂きます」
その様子を呆然と眺めるオレ。
勿論、『偽装』スキルは解除したりしない!
困ってアン・ズーに視線を送る。
しかし、アン・ズーも困った表情を浮かべている。
――と、そこで想定外の人物が動き出す。
「ジャックさん! この方々は違うんです!」
「ラザーちゃん? 違うとは、どういう事でしょう?」
どうやら、この二人は面識があるらしい。
ラザーちゃんが必死の表情で説明を行う。
「ドゥーヤが例の病気になったんです! それで、この方々が治療をしてくれたんです! だから、この方々は誘拐事件の犯人じゃありません!」
「病気の治療ですって……?」
眼鏡さんはベッドの上に視線を送る。
そして、ドゥーヤの姿に顔を顰める。
続いて窓際の机に視線を移す。
その上にあるオレンジの残骸に眉を寄せる。
「治療と言うのは、まさかオレンジを飲ませただけですか?」
「ええ、そうですよ。この子は壊血病ですからね」
眼鏡さんの問いに、アン・ズーが答える。
その返しに、彼は戸惑いの表情を浮かべる。
「壊血病? それは、どの様な病気なのですか?」
「新鮮な野菜や果実を口にせず、パンや肉だけを食べ続けると掛かる病気ですね」
「「え……?」」
眼鏡さんと、ラザーちゃんの声がハモる。
二人の表情は青ざめて行く。
……何やら、思い当たる点があるみたいだね。
『この方は慈善事業として、孤児にパンや干し肉を配布していますね。良かれと思った活動が、裏目に出て焦っているのですよ』
ほうほう、それは酒場で集めた情報か、この人の心を読んだって事かな?
それじゃあ、ラザーちゃんが青ざめている理由は?
『ゴミ拾いなどで稼いだお金で、彼女は甘い果実を購入していました。弟のドゥーヤは、肉を買っていた様です。それでまた、自分の責任だと感じたみたいですね』
いや、それはラザーちゃん悪くないよね?
知らなかった訳だしさ……。
オレがもどかしい思いをしていると、眼鏡さんは平静を装い再び尋ねる。
「そ、それは事実なんですか? この国の医者は、こんな症状は例が無いと……」
「東洋の医学書で齧った知識となります。長期間の軍事行動等で、保存食のみ食べた際に発見されたそうですよ」
流石はアン・ズーさん。
医学の知識まであるとはね。
イギリスでは知られてないみたいだけど、アジアの方が医学が発展してるのかな?
『いえいえ、これはご主人様の漫画の知識です。例の海賊漫画を読み、ビタミンという存在も調べさせて頂きました』
……え、今のってマンガの知識なの?!
確かに思い当たるマンガはある。
けど、それをパッと活用できるとは……。
てか、オレの記憶を読み漁ってるな。
きっと、オレが寝てる間だろうね……。
オレが内心複雑な気分でいると、眼鏡さんが眼鏡をくいっとさせる。
「……なるほど、その恰好からして、南方からいらした方々ですね。ならば、色々と説明が付きます」
「ふふふ、お褒めの言葉と取らせて頂きましょう」
何やら二人の間では話が付いたみたい。
二人揃って、意味ありげに微笑んでいる。
そして、眼鏡さんは自らの胸に手を当て、アン・ズーに頭を下げる。
「挨拶が遅くなりました。私は領主に使える者で、名はジャック=ラスクです。この度は、貴重な情報を頂く事ができ、非常に感謝しております」
「ワタクシの名はライラと申します。アルフ様の従者を務めさせて頂いております」
その説明で、眼鏡さんは目を見開く。
そして、オレへと向き直り、頭を下げる。
なお、さり気なく服装をチェックされた。
一瞬、アクセサリーに目が留まっていた。
「これは失礼致しました。お姿を確認させて頂く限り、高貴な身分の方とお見受けしますが?」
チラリと視線を上げ、オレへと問いかける。
どうも、オレの出方を伺っているみたい。
けど、オレって返事出来ないんだよね。
そもそも、高貴な身分では無い訳だしね……。
オレは困ってアン・ズーに視線を向ける。
彼女はいつだって何とかしてくれるからね!
案の定、アン・ズーは意を汲んで、オレの代わりに説明してくれる。
「身分については、故合ってご容赦下さい。そして、アルフ様は悪魔の呪いで、声を奪われております。我々の旅の目的は、その声を取り戻す事でもあるのです」
「なんと……」
その説明で色々と事情を察したらしい。
頭を上げて、再び眼鏡をくいっとする。
そして、眼鏡さんはまじめな表情で右手を差し出して来た。
「何かお困りの事があれば、領主様の館へお越し下さい。多少の便宜であれば、私でも取り計らう事が可能ですので」
何だか知らないが、握手を求められている。
友好的な感じだし、握っても良いんだよね?
『ええ、問題御座いません。彼は領主の業務代行者。ここは握っておくべきでしょう』
アン・ズーさんのお許しも出た。
なら、この握手は問題が無い奴みたいだ。
オレは眼鏡さんの手を握る。
そして、無言だけど頷いて見せた。
何故だかジャックさんは、ほっとした表情を浮かべていた……。
<蛇足な補足>
・壊血病はビタミンCの不足で発生します。
古代ギリシャにも似た事例の記述が見られますが、
17世紀の大航海時代に改めて再発見されたのだとか。
(例の海賊マンガは、ナ〇さんの加入時をご参照下さい)