サウサンプトン
おはよう御座います。夜神 衣千伽です。
ようやく、港町へ到着です。
この世界に召喚され、二週間が経ちます。
道中は色々ありましたがそれは割愛します。
何故なら、今日はアン・ズーとデートだから。
朝から市場で買い物中なのです!
今日はアン・ズーからアクセサリーを貰いました。
いつもより、装いがオシャレなのです!
青石のペンダントに黄金の腕輪。
とても、リッチな装いになりましたよ!
なお、アン・ズーは果実を購入している。
デレデレしたオジサンがオマケしてる。
わかるよ。アン・ズーは美人だからね。
つい、オマケしたくなるよね?
『ご主人様、表情にお気を付け下さい』
アン・ズーから注意の声が届く。
どうやら、考えている事が顔に出ていたらしい。
オレは意識して無表情を装う。
そして、『偽装』スキルを発動させる。
『ええ、その調子です。それなら、腕の立つ剣士に見えますよ』
アン・ズーから優し気な声が届いた。
どうやら、スキルが無事に発動したらしい。
……ちなみに、表情も情報の一つらしい。
そう意識すれば、偽装出来ると教わったのだ。
オレは考えが顔に出やすいらしい。
それもあり、アン・ズーに指導を受ける事になった。
まあ、無愛想に見えるけど仕方がない。
どうせ、会話は全てアン・ズーが行うんだしね!
「では、アルフ様。そろそろ目的地へ向かいましょう」
オレはアン・ズーに頷いて見せる。
しかし、内心では首を捻る。
目的地って何処だろう?
買い物をするだけじゃないのかな?
優し気に微笑むだけのアン・ズー。
しかし、目的地は教えてくれないらしい。
まあ、それならそれで良いか。
そう思いながら、アン・ズーの姿を観察する。
うーん、やはり素晴らしい。
清楚で優しいのに、仕草の一つ一つに色気がある。
悪魔でも、元ピエロでも、どうでも良いと思う。
そんな事は些細な事だからね。
――と、ぼんやり眺めていたが、ふと周りの風景が変わった事に気付く。
市場から完全に離れ、薄汚れた街並みに変わっている。
ここって、もしかして……。
『ええ、ここはスラム街ですね』
……スラム街?
何故、デートでスラム街に?
『デートでは御座いません。目的の孤児を見つけますので、少々お待ち下さい』
目的の孤児?
なにそれ、どういう事なの?
デートじゃないってのも、どういう事かな?
地味にショックなんだけど……。
「……ふむ、あの子ですね。アルフ様、こちらへどうぞ」
オレは再び頷いて見せる。
勿論、行先も目的もわかってはいない。
しかし、アン・ズーがそう言うのだ。
きっと、意味があるのだろう。
アン・ズーは汚い路地をつき進む。
そして、木箱に掛けられた布に手を掛ける。
木箱の中には、十歳程の寝ている男の子と、付き添う年上の少女の姿があった。
「だ、誰……? な、何なんですか……?」
女の子が不安そうに質問する。
オレもその疑問には同意するよ。
しかし、アン・ズーは気にしない。
男の子の様子を観察していた。
「血がにじみ出ている……。この子は病気ですね?」
女の子は答えない。
オレ達を、不安げに見つめるだけだった。
そんな女の子に、アン・ズーは視線を合わせ、優しく語り掛ける。
「ワタクシには、多少の医学知識があります。この子の病気を、治す事が可能です」
「え……」
女の子は驚いた表情を浮かべる。
そして、寝ている男の子に視線を落とす。
改めて見てみると、男の子は苦しそうに呻いている。
本当に病気なんだろう。
「治療の為に、宿へと運ばせて下さい。ワタクシ達の事を、信用して頂けますか?」
アン・ズーは優しい声で問い掛ける。
戸惑う女の子の、その返事を静かに待つ。
そして、女の子も決心が付いたらしい。
両手を握りしめ、アン・ズーへ頭を下げる。
「は、はい! ドゥーヤの事を、お願いします!」
「承知致しました。それではアルフ様、その子の事をお願いします」
……え、お願いします?
オレが抱えて行くって事なの?
よくよく見ると、この子は凄く汚れてて、臭いも酷いのだけど……。
『ふふふ、ご主人様? まさか、ワタクシに抱えさせるおつもりで? 勇者を目指している方が、その様な汚れ仕事を、率先して出来ないなんて事は……』
いえ、やらせて頂きます!
勿論それは、オレの仕事ですとも!
オレは慌てて男の子を抱き上げる。
そして、必死で臭いを我慢する。
いや、『偽装』スキル有って良かった。
これ、スキル無いと表情出てたわ……。
そして、オレは垢に血に塗れた男の子を抱え、ゆっくり宿へと駆けだした。
<蛇足な補足>
・サウサンプトン
イギリス南部の都市。
ローマ人が最初に港町として移住してきた後、サクソン人に引き継がれる。
11世紀頃ノルマン人に征服され、貿易港として栄えた。
12世紀にはサウサンプトン・キャッスルが建設され、
13世紀までにはサウサンプトンは主要な港となった。
特にイングランド製の布と綿をフランス産のワインと取り引きされた。