初魔物退治
こんにちわ、夜神 衣千伽です。
今日は初めての魔物退治となります。
正直、始まるまでは、わくわくする気持ちが強かった。
これぞ異世界って感じがするからね!
……ただ、現実の戦闘は、そんな良い物ではなかったです。
「こわっ! サルこわっ!」
体長で言えば一メートル程度だろう。
栗毛色の動物園に居そうなサルが群れている。
十匹以上のサルに囲まれ、その全てが牙をむき出しにしている。
更に言えば、何匹かは刃物持ってんだけど。
後ろから石を投げる奴も居るしさ……。
『彼等の武器は、倒した傭兵から奪った物でしょう。しかし、身体能力は普通の猿と同じです。何も恐れる必要はありませんよ』
頭に届くアン・ズーの声。
魔法で姿を消しているので、どこに居るかはわからない。
……って、武器持ったサルの群れって時点で、既に脅威だと思うのですけど?!
「――っと!」
一匹の猿がナイフを構え、突っ込んでくる。
まるで、どこぞの鉄砲玉みたいだ……。
しかし、その攻撃は寸での所で回避する。
シミター先生に、オレの体をぶん回して貰う事で。
そして、返す刃で反撃まで加えてくれる。
サルの頭がぽーんと簡単に飛んだ……。
「「「キキッ……?!」」」
動揺を見せる仲間のサル達。
オレがこんなに強いと思わなかったらしい。
うん、気持ちはわかるよ。
オレも、本気のシミター先生に、驚きを隠せないからさ……。
『ふふふ、連携等させませんよ。本物の魔法を見せてあげましょう』
楽しそうなアン・ズーの声が聞こえる。
どうやら、彼女も行動を開始したらしい。
その証拠に、サル達に異変が起きる。
数匹の猿が、仲間に攻撃を開始したのだ。
『「混乱」を使いました。一部の者達は、敵味方の区別が付かなくなっております』
「おお、流石はアン・ズーさん……!」
多数のサルの群れが、数匹の以上で混乱状態に。
こちらへ向かうサルは数える程しかいない。
そして、数匹程度のサルなら、シミター先生の敵ではない。
ぽんぽんと首を跳ねて行く。
「やっべ……。シミター先生、マジ強いわ……」
『ふふふ、剣技だけでなく、切れ味も一味違います。魔剣というのは、それだけ特別な物なのですよ』
うん、そうだよね。
普通の剣じゃ、こんな簡単に首なんて斬れないよね。
オレはシミター先生をしっかり握り、その凄さに恐れ慄く。
てか、シミター先生は荒ぶり過ぎじゃない?
さっきから、しがみ付くのに必死なんだけど!
『ああ、決して手を離さないで下さい。シミターが動けるのは、ご主人様が握っている間だけ。手を離せば、瞬く間に魔猿に袋叩きですので』
「何それ?! そういう事は、もっと早く言って!」
オレは全力でシミター先生を握りしめる。
決して手を放すまいと心に誓う。
しかし、今日のシミター先生は全力だ。
全然、オレに合わせてはくれない。
……ってか、これはアカン。
日課の訓練を本気で挑まないと、どこかで死ぬ気がする。
『ふふふ、良い心がけです。これは、勇者への道が、また一歩近づきましたかね?』
「そうですね! 全然、嬉しくは無いけどね!!」
そんな感じで、必死で戦い続ける。
サルの数が三割程度減った辺りだろうか?
――一匹だけ、様子の違うサルが姿を見せる。
他のサルより一回り大きな体。
そして、頭部には目立つ、真っ赤なたてがみ。
『おや、レッドハットが現れましたか。あれが魔猿のボスです。必ず仕留めて下さい』
「あれが、ボスか……!」
あれを倒したら戦闘終了だよね?
そろそろ、握力がしんどいんだけど!
そんなオレの気持ちを察してか、シミター先生が道を切り開いてくれる。
やる気満々なシミター先生は、ボス目掛けて一直線に進もうとする。
「キキッ……!」
ボス猿は仲間に指示を出したのだろう。
複数のサルが、ボスの元へと集まる。
しかし、集まったサル達は正常では無かった。
数匹がボスに掴みかかる。
『ふふふ、逃がしませんよ? しっかりと稼がせて頂きます』
アン・ズーさんの魔法みたいだ。
ボスサルもすっかり取り乱している。
……てか、結構お金に執着してるよね。
もしかして、所持金が少ないのかな?
『ええ、正直な所、贅沢を出来る程の余裕は御座いません……』
おっと、アン・ズーから切実そうな声が。
これは、本気で本気のやつでは?
これまで、宿も食事もアン・ズーさん持ちだった。
その彼女の切実な声……。
「……やっべ。あのボスサルは、絶対に狩り取っておかないと!」
あれ一匹で十万円らしい。
それだけあれば、しばらくは大丈夫だよね?
アン・ズーさん、外では野草や肉を調達してくれる。
普段はお金を使っていない。
使うのは、時々立ち寄る町や村だけ。
宿に泊まるお金位は大丈夫だよね?!
『ふふふ。期待しておりますよ、ご主人様』
まかせとけ!
……ってか、お願いします、シミター先生!!
オレの期待に、シミター先生が応えてくれる。
そして、ボスサルの頭がポーンと飛んだ。
取り巻きに捉えられ、逃げる事も出来なかったしね。
最後はちょっと涙目だったしね。
『残りも、倒せるだけ倒しましょう。いくばくかのお金になりますので』
「了解! 一食分の夕食代にはなるからね!」
ボスを倒され、混乱を見せるサル達。
しかも、一部のサルは仲間にしがみ付く。
アン・ズーさんの支援が続いている。
彼女の本気を、この辺りからも感じられる。
……と、雑魚狩りの開始直前に、その異変が唐突に起きた。
『……しまった! 奴が来ます!』
慌てた声が頭に響く。
そして、アン・ズーが唐突に姿を現した。
アン・ズーはボスサルの頭を掴む。
その頭を、オレに向かって放り投げた。
「え? 急にどうしたの?」
『その頭を抱えて、急いで森の外へ逃げて下さい! 間もなく、熊がやって来ます!』
熊がやって来る?
森の頂点って言ってた奴だっけ?
……って、アン・ズーの慌て方が尋常じゃない。
これは、本気でヤバイやつでは?
オレは背後を気にしつつ、森の外へと駆けて行く。
アン・ズーの様子を気にしつつ。
アン・ズーはサル達を森の奥へ送り込んでいた。
熊へのバリケードだろうか?
「……ん?」
頭上から何か降って来た。
視線を地面に向けると、何かの肉片が落ちている。
そして、視界の隅には猿の頭部も見えた。
つまり、この肉片っていうのは……。
「マジかよ! どうやったら、こういう事になるの?!」
オレは慌てて足を止める。
そして、背後の様子を確認する。
――オレは森の奥から姿を見せる、その姿を目撃した。
「…………でっか」
五メートルはあろうかという巨体。
銀色の毛並みを持つ熊が聳え立っていた。
その手の爪は血に染まり、その凶刃が振るわれたのだと理解した。
『何をしているのです! 急いで走って下さい! あれは、この森の主です!』
「森の主……?」
アン・ズーは頭部の無いサル達に魔法を掛ける。
彼等は起き上がって、ノロノロと動き出した。
それらを囮に、アン・ズーは駆けだす。
オレの元へと急いでやって来た。
オレはアン・ズーと並走しながら、その説明に耳を傾けた。
「森の頂点となった動物は、森の守護者となります! その者は法力を身に着け、身体能力が飛躍的に向上するのです! そして、法力の使い手には魔法が効きにくい! 魔法を使う者にとっては、天敵とも呼べる存在なのです!」
「魔法使いの、天敵……?!」
全然、普通の野生動物じゃなかった!
聖獣とか、神獣とかの類じゃん!
熊はヤバイ!
はっきりと理解しました!
そして、オレが恐れ戦いていると、ぽつりと小さな呟きが聞こえた。
「五個しか、回収出来なかった……。実に、口惜しい……」
見るとアン・ズーは、見覚えのあるずた袋を担いでいた。
その袋は僅かに膨らんでいる。
……え?
あの状況でも、サルの頭を回収してたの?
オレはアン・ズーのその胆力に、別の意味で恐れ戦いたのだった。
<蛇足な補足>
・ゴブリンの強さと、刃物持った猿は同程度では?
これより強いと、初級冒険者では倒せないと思うのですよ。
・現実の世界でも、かつて狩人を殺す巨大な熊がいたとか。
森の主みたいなユニーク個体が、きっと本当のボスなんでしょう。