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NPCにお任せください  作者: 沙谷星持
第一章
3/18

2話 聞いて無駄なお話

 外はいい天気だった。あくまで外の天気は良かった。晴れた青空が開かれ、暖かい日差しが校庭を撫でる外とは違って、エバンと本社のサービス・ケア管理者がしかめっ面を向き合っている応接室の中は鬱陶しい空気でいっぱいだった。


 エリアが茶菓を用意しておいたけど誰も手を出さなくて、茶碗のお湯が寂しく冷めていた。サービス・ケア管理者は驕慢に足を組んで座って、木材の箱をテーブルの上に置いてからエバンに聞いた。


 「現場職NPCエバン・プルートーさん。これが何かご存知ですか?」


 管理者がテーブルに置いた箱は雌鳥(めんどり)一匹くらい入れそうな大きさで、郵便箱とか鳥箱とかに見えた。


 「知りません。」


 エバンは箱をちゃんと見ないまま適当に答えた。


 「これは月食(ルナカリプス)学院の学生たちが学院に対する建議案などを自由に書いて述べる≪みんなの声≫というものです。普段は生徒会で定期的にアンケートを行っていたので学生たちがこの≪みんなの声≫を使う必要がなかったんですが…貴方が来てからこうなりました。」


 管理者が箱のふたを開けてその内容物をテーブルに注ぐと沢山の手紙が箱から溢れ出した。管理者は積み上げられた手紙の中で一枚をとって読んだ。


 「この学院にNPC如きは要りません。立派な指導員たちがいるのに履歴も、過去も、正体も不明な男を雇うなんて理解できません。」


 「ふぅ……。」


 管理者はまた他の手紙をとってエバンの前で朗読しつづけた。


 「印象も暗いのにいつも渋い顔をしているから気持ち悪いです。」


 「これって私が悪いわけ?単に個人的な気持ちの問題だろう?」


 「話し方の矯正が必要だと見られます。とくに敬語を使うように指導すべきです。任された仕事を大事にするつもりもない人なら働かせる理由も価値もないと思います。」


 「それユリアのやつが書いたんだな。頭の中にあいつの声が再生される気がする。」


「学院のために働く矜持と使命感は指導員の最も基本的な志です。生徒たちに挨拶もしない新入りのNPCにはそんな基本的な志さえも備えられてない様です。」


 「挨拶したら嫌がるくせに。」


 「たまにNPCが挨拶してくるんですけど、キモいからやめて欲しいんです。」


 「だろう?!一体どうすりゃあ良いのかよ、ちくしょう!」


 「悪口をするのが耳に障ります。」


 「………。」


 「NPCって'Namaikina Ponkotsu Charao'っという意味なんですか?」


 「なにぃぃいいい?!!」


 「家はないけど家に帰りたい。本社のクソ野郎ども、勝手に奪った私の休み、返す時はちゃんと利子つけておけ……何だこれは?」


 「あぁ、それは私が書いたものですね。」


 「先ほどこの箱が何か聞いた時は知らないと答えたのに、この知らない箱に建議案を書いて入れたということですか?」


 「何気なく入れたってことにしておきましょう。だって≪みんなの声≫なんですよね?だったら私の声も含むんですよね?。」


 「とにかく…貴方宛のこの黒いラブレターを全部読むほど暇ではありません。でも考えると素人ではなくS級を相手に教育なんて意味ない筈なんでしょう?S級前でマニュアル読む様なバカなことしたくありませんので、これは省きましょう。」


 管理者はまだ初ページも開いてない≪NPC行動改善教育マニュアル≫をかばんに入れた。


 「良いですね。じゃあ、私は先に失礼しても良いんですよね?」


 「勿論ダメです。」


 「ちぇ!」


 「結論だけで速く話を進めましょう。貴方には一ヶ月の期限が与えられています。もし貴方が一ヶ月の期限内にシリウス様とこの月食学院を満足させないと、本社では学院に全額賠償と無償交換を行うことになります。それが本社と学院の契約であります。」


 「っんな契約必要ありますか?今すぐ交換したら良いのに。」

 

 「まだ分かってないですね。企業は金を食べますが、その前に信頼で呼吸をします。一度信頼を損なってしまった以上、シリウス理事長は本社でどんなNPCを送っても拒絶するはずです。だからこの契約の本質は貴方が本気をだせば信頼を取り戻せるかどうかの問題なんです。もう分かりますか?」


 「面倒くせぇな。」


 「貴方一人のせいで月食(ルナカリプス)学院からの信頼を完全に失ってしまったら、その企業イメージ損傷による営業的損失を数字にしたら天文学的。シリウス理事長という大物を顧客と迎えた天祐(てんゆう)が貴方のせいで天災になってしまったら責任とれますか?」


 「はぁ……」


 「もう少しはご自分の行動が持つ重さを理解しましたか?」


 管理者はお湯をもって紅茶を入れながら言った。茶わんの紅茶に映るエバンの顔が渋い表情をつくっていた。


 「あの≪みんなの声≫を見れば分かりますが、一ヶ月の期限内に貴方が覆すべきの世論は非常に否定的なんです。けれど…まあ、S級の腕前ならこれくらいは難関でもないでしょう?」


 管理者は揶揄うように笑いながら紅茶の香りを吟味した。お菓子を添える必要はなかった。目の前の有能な現場職NPCを笑い物にすることより美味しいおやつはないから。


 「言いたいことがあれば今のうちにご自由に話してみなさい。S級に対する礼遇として特別に貴方の声を本社にお届しますから。」

 

 管理者が偉ぶる態度でそう言った。エバンはそんな管理者に答えた。


 「言いたいことなら……ふざけんじゃねぇよ、クズどもが。」

 

 「……?!?!!」


 「これを全部私の責任だと押し付けるつもりか?良心は煙霧戦争の時に戦死して葬っておいたか?そもそも私は本社で強行した新型血清投与のせいで休暇を取った。なのにここに派遣されたこと自体が問題だとは思わない?まぁ…お前ら管理職が現場職の立場なんか考えるわけないだろう。」


 「………。」


 茶わんを持った管理者の手がぶるぶるした。ぼうとしていた管理者がはっと気がついて言い出した。


 「エバン・プルートーさん。貴方が今回の派遣協約に不満があることは分かりました。だが、個人的な不満を理由として派遣先の顧客様たちに不便を及ばすのはプロらしくありません。」


 「プロ?私が何でプロかは分かってる?」


パッ!! するする…… 応接室の中が急に暗くなって、暗闇の帳から飛び出した鋭い影がその鋭気を誇った。その影はエバンに逆らうものがあれば爪のように、牙のように、刃のようになって一気に相手の命を断ち切る備えをしていた。


 「どうして…?! 血清の効力でしばらくは力が使えないはずなのに!」


 「そう、おかげさまで一日中体がこって腹たつからさ。けどよ、いくら私が力を使えないとしても…お前を料理するくらいは簡単だと思わなかった?」


 「あ…貴方!余計なことしたらただでは済まない!」


 「そんな言い方するなんて、脅かしすぎたかな?]

 

 管理者は影に触れないようにじっとして、身動きが取れずにおどおどしていた。エバンはそんな管理者の手で茶わんを取って、まだ彼が飲んでいない紅茶を彼の代わりに飲んだ。さすがは名門学院の寮の応接室か、かなり高級の紅茶で香りが凄く香ばしかった。


 「これだからお前みたいな本社の管理職の連中が嫌いなんだ。お前ら管理職は現場職NPCを手足のように扱うけど、現場職NPCたちが何者か全然分かってない。」


 エバンが影の帳を取り納めると管理者が落ち着かない呼吸を整えようとしながら言った。


 「エバン・プルートー!貴方の不適切な振る舞いは全部本社に報告されます!」

 

 「あっ、そう。」


 「ふぅ…貴方のこういう非協力的な態度も全て想定内です。だから会長が私にこれをお貸しになりました。」


 管理者が本物の遺物を保管する特殊な容器を出した。


 「貴方に対面するとき必要だと聞いたんですが、よく分からないけどきっと素晴らしい力を持っている遺物に違いないでしょう。」


 管理者が容器を開いてみたらその中には宝石で飾られた正六面体の石のような何かがあった。ふたがないから箱ではないし、なんだかの道具と思うには使い方が全く分からなかった。


 「見た目だけで言うとそう強そうなものには見えませんが…一体どうやって使うのでしょうか?」


 「私を相手するために持ってきたものの使い方を私に聞いてどうする……って?!ちょっと、それ女帝石じゃん?!おい、さっさと離れ!!触っちゃダメ!!」


 「女帝石?それってどんな遺物……くぁああああ?!!」


 管理者が女帝石という名の遺物に手を出すと、取り戻せないことになってしまった。有機物との接触に反応した女帝石から不思議な力が溢れだし、目が眩むほど強烈な閃光を発した。すさまじい勢いで殺到する魔力に応接室の中の家具が燃え上がった。


 やがてこの古代の力は自分を目覚めさせた愚かな人間を支配してしまった。気を失った管理者の目に焦点が戻ってきた時にはもう他の存在の人格が彼に憑いていた。


 『プルートー』


 管理者が、正確にいうと管理者を器とした誰かがエバンの名前を呼んだ。その呼び声は人の声を借りただけではなく、自分の意志に支配された空間全体、その世界の欠片が一声のように合唱しているものだった。


 『プルートー』


 「ったく…… まさか会長お自らここまでいらっしゃるとはな。」


 エバンがそう呟いた。管理者の肉体を媒介体として物質世界に顕現したその存在がエバンにしか聞こえない声で話した。


 『やっと… やっと君の声を耳にする』


 「お前、耳ねぇじゃん。」


 『なんで私を避けるの?なんで君は逃げている?』


 「お前がストーカーだからさ。」


 『主君に仕える態度は水の底に置いたようね。』


 「そう、今更すくい上げるのはできないからお前が大目にみてくれよ。あぁ、それは無理かな?だってお前、目ねぇじゃん。」


 ふざけているように見えてもエバンは反撃の備えを身にまとっていた。いつもやる気ない顔にも少しだけ緊張感が浮いていた。


 『敵意?プルートー、私の爪牙である君が私に爪を立て、牙を向くのか?』


 「勘違いするな。お前はもう偉大な帝国の最後の女帝なんかじゃない。お前の帝国はもうどこにもない。今のお前は石に封印された悪霊……思念体に過ぎない。」


 「そう、私は思念体。だから私の思念が折れてない限り、私の帝国も決して滅びない。どんなに深い水の底に葬られたとしても。」


 紫色の炎で燃え上がる瞳から黒い何かが漏れて管理者の顔を色染めた。


 「話はこの辺にしとけ。お前のその思念のせいでくたばるぞ、こいつ。」


 『その通りね。次にはもっと丈夫な管理職を用意しないと。』


 「次なんかはねぇよ。さっさと消えろ。二度とここに来るな。」


 エバンは古代の存在が発する力から学院を守るために結界を展開していた。そんなエバンに古代の存在が告げるように言った。


 『契約の話は管理者から聞いたよね?ここで勤勉に働き、良い評判とシリウス・アクルンの信任を得てよ。』


 「なんで?シリウスを器にするつもりか?」


 『水の上の民には興味ない。軟弱で不完全だ。』


 「じゃあ、この学院で何を手にするお企み?」


 『君には関係ない。君は君の仕事に励まして君の分を報酬にして。』


 「はぁ……冗談するんじゃねぇよ。」


 エバンが飽きた顔と腹立った声をした。


 「名門学院とか何とかしてもさ、こんな学院の補助指導員はB級NPCで十分さ。名門にB級はさすがに面子がきかないとしたらA級で良いし。なのにわざわざS級の私を派遣したのはどう考えても理由があるからだろう?その理由は教えないながら'勤勉に仕事に励ませ'って?バカにするんじゃねぇよ。」


 『私は君のことを絶対バカにしないよ。ただ君が愚かに振る舞っているだけ。』


 「それを水の上の世界では'バカにする'っと言うんだよ。」


 『契約の期限は一ヶ月だから急いでよ。』


 「それで私に得るものがある?」


 『また会いたくない?ラビナと。』


 「……」


 ラビナの名前を聞いた瞬間エバンが歯を食いしばって感情を押さえた。そのつらがまえがお見事だったか古代の存在が笑い声をした。


 「うるさい、腹立つから笑うな。お前の言いなりには絶対にならないから。」


 『どうやら動機付けが必要そうね。君が期限内に月食学院を満足させないと交換NPCにはS級NPCアーダレイを指名する予定よ。』


 「はぁ…頭痛い……」


 『アーダレイが君の代わりにこの学院の指導員になったら、彼女がどんな'指導'を行うか気になるんだよね?』


 「やはりお前は悪霊よ。」


 『そう呼ばれたのは君も同じだろ?』


 古代の存在の力が薄くなってきた。


 『話はここまでしよう。これ以上時間が経つとこの軟弱な器が壊れてしまうから。君の個人的な話は聞けないよ。残念。』


 「最初から期待もしてないさ。そもそもお前と喋る個人的な話なんかねぇし。」


 『次には誉めるために会おう。私、ご褒美ははっきりとする性格だから。』


 「いらねぇよ。次はないと言っただろう?二度とここに来るな。」


 古代の存在は管理者の精神から離れ去った。紫色の閃光を発していた女帝石も力を納めてただの正六面体の石になった。正気に戻った管理者の目が覚めた時、応接室の中はもう消し炭のようになっていた。


 「な、なんだこれは?!部屋が…!いったい何があったんだ?!」


 「なんでもなかったんです。」


 「嘘にも程があります!」


 「それはたいした事でありません。部屋が燃えてしまうのは珍しいもんでもないでしょう?たいした事は私が反省して今回の契約に責任を痛感しているということです。」

 

 「はぁ…??」


 消し炭になった応接室よりも急に変わったエバンの態度の方が管理者を混乱させた。


 「とにかく期限内に信頼を回復させるから心配いらないんです。」


 「自信ありそうで何よりですが、この学院は学生も先生もプライドが高いです。一ヶ月内に認められるのは無理かもしれません。」


 「S級NPCならばできます。」


 「なんだ、まるで別人になったようなこの態度は?遺物の力を借りるとこうなるのか?」


 「S級遺物ならばできます。この部屋を燃し尽くすほど熱く反省しました。」


 「そ、そんなのできるのか?」


 「S級反省ならばできます。」


 「恐ろしいな…S級。」


 「もう話は済んだから帰りましょう。部屋がこうなってしまたのを舎監が見たら大変……」


 言った途端ドアの引手の音がした。もうボロボロになったドアは正常的に開けず、そのまま前に倒れてしまった。抜かれた引手だけを握っているエリアが全焼した応接室に座っている二人を見た。


 エリアは表情の変化がほどんどない天然ポーカーフェースだけど、微妙に震えている眉が彼女は今動揺していると表した。


 エバンは音を立てずに溜め息つきながらこの状況をごまかすS級言い訳を考えてみた。



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